偽者


本当は全部知っていた。名前が敵であることも、敵の集団が水面下でずっと動いていることも。

正確に言えば、ちょうど1年ほど前にわかった。きっかけは偶然で、上鳴や爆豪、瀬呂たちと飲んでいるとき、気分がよくなってついうっかり名前の話をしてしまった。

名前は本当に可愛いから、俺だけの秘密にしておきたかったし、名前もそれを望んでくれていた。だから、あえて言うことはない。見られたらその時に説明すればいいと思っていた。

爆豪は相変わらずだったけど、瀬呂と特に上鳴は食いついてきた。そのとき、どの事件のときに、どうやって助けたのか聞かれて答えられなかった。

どれだけ思い返しても、どの事件や事故を思い出してもそこに名前の姿は全くといっていいほどなかった。

後日、俺の関わった事件や事故をまとめたファイルをパラパラと捲っていた。覚えていないだけで、書類には残っていると思ったからだ。

ヒーローデビューしてから、できる限り小さな事件や事故も残しておくようにしていた。それは同じ失敗をしないためだとか、まだまだ新米の相棒たちに勉強してもらうためだとかだったのだが、思わぬところで役にたった。

しかし、どれだけ捲っても名前が出てくる事件も事故も無かった。あれだけ感謝されて名前の記憶に残っていたのなら、必ず残していると思ったのだが、ひとつも見当たらなかった。

他にもまとめたものは無かったかと書類棚を漁っていると、昔追っていて迷宮入りになってしまった事件のファイルが出てきた。

それは、ある1人の女敵が言葉巧みに次々と男を落としていき、命を奪っていくというものだった。当時、必死の聞き込みや調査を続けて、女敵の姿がようやく浮かび上がってきた。結局その女敵はこちらが情報を掴むとほぼ同時に事件を起こさなくなってしまい、水面下へともぐってしまったので逮捕には至らなかった。

その女敵の特徴が、名前に酷似していたのだ。

それから、現在も追っている敵集団の情報がヒーローに共有され、点となっていた疑問や疑念はやがて1本の糸になっていった。

多分、名前は俺のところへスパイとして送り込まれたのだろう。時々見せる悲しげな表情はそれが原因だ。

ヒーローとはすごいもので、一度情報を掴めば、どんどん敵集団の情報が手に入ってくる。その中には名前の情報もほんの僅かにあって、敵集団のリーダー格の人物との関係も耳に入った。

恐らく名前は望んで敵になったわけじゃない。なら、俺がこちら側へ繋ぎ止めておけば助けることも出来るんじゃないだろうか。


名前自身は無個性だと言っていたから、敵としての名前の個性は詳細がわからなかった。
ただ、なんとなく俺が名前に抱いている気持ちは個性に操られたようなものではないと確信があった。

絶対に助けるから、どこにも行かないでくれ。

敵だとか、ヒーローだとか、もはや関係ないほど俺は名前に惚れ込んでしまっていた。

名前がスパイとして俺の前に現れてから、今まで育んできた愛に、嘘も偽りもなにもなかった。

少なくとも俺はそう感じていた。

愛してる、名前。

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