未来
敵集団がなにか大きな動きを見せようとしていた。ヒーローたちの緊張も高まっていく。
それに反比例するように、名前の表情は落ち込んでいった。
それはすなわち、大きな動きを迎える日は確かに近くて、名前が俺の前からいなくなってしまう日が近いことを示しているようだった。
「名前?……おーい、おい、名前?」
今日は俺がオフだったので、家に名前が来ている。一度だけ同棲を持ちかけたこともあったが、やんわりと断られてしまった。
「えっ、あっ、どうしたの?」
「いや、呼んでも返事ねーから。大丈夫か?」
慌てた名前の様子はやはりどこかいつもと違って、俺は不安に押しつぶされそうだった。不安を振り払うように名前の言葉に乗って笑っていれば、名前も笑ってくれた。可愛い。この一瞬がずっと続けばいいのにと願いながら、名前の頬をつついた。
「そうやって笑っててくれよ。俺、名前の笑ってる顔すげー好き。守ってやらなきゃって思うんだよな。」
こんな言葉ならいくらでも言ってやる。だから、どこにも行かないでくれ。名前の笑顔をずっと見ていたいんだ。
名前の表情は、いろいろなものが混ざったなんともいえないものだった。時々ぼーっとしたり遠くを見つめたりしながら作ってくれた昼飯は、ちょっとだけしょっぱかった気がする。
昼飯を食って、好きな子と一緒にいて、それだけで幸せだった。そのうち、名前がこっくりこっくりと船を漕ぎ出した。
もう目が眠そうにとろんとしてる。頑張って起きていようとする心意気が時々見えるのがたまらなく愛しい。じっと見ていたら、名前にばれた。
「ん……、なに?」
「眠そうな名前も可愛いなって思って。ちょっと寝るか?」
「一緒にお昼寝……しよ?」
ばれたんならと頬に手を伸ばした腕が掴まれて、ベッドに倒れこむ名前に引っ張られた。
名前が俺のベッドで寝るのはもちろん初めてではないが、ベッドで寝ているときの8割は所謂そういうコトをした後なワケで。さっきまでの不安を一気に吹き飛ばすような甘えた声を出して、眠そうなとろんとした瞳は事情後のソレを思い出させる。
ごくりと生唾が喉を通っていく音がする。据え膳食わぬはなんとやらと言うが、今の名前はただ眠いだけで、たぶんそういうつもりは一切無い。むしろ早く一緒に寝ようという視線が向けられている。
仕方ない。眠れば湧き上がる欲はどこかへいってくれるだろう。名前の隣に寝転がれば、俺とは違うシャンプーの香りを感じた。優しく抱きしめていれば、いつの間にか腕の中からは小さな寝息が聞こえてきていた。俺はそれにつられるように、そっと目を閉じた。
夢を、見た。
何度も何度も謝る名前。俺が伸ばした手は名前を通り抜けてしまって、抱きしめることは叶わない。
まるで俺が見えていないかのように、ごめんなさいと繰り返す名前。
こんな夢を見るほど、俺は不安だったのか。そのうち、名前は立ち上がって俺に気付かないまま背中を向けてどんどんと小さくなっていく。
やめろ、行くな。俺が全部守ってやるから。全て受け入れて、ずっと隣にいるから!!
どれだけ声を上げても、空気を振るわせることは叶わなかった。
はっと気付いたら、まだ名前は俺の腕の中で気持ちよさそうに眠っていた。夢が現実になるのを恐れて起こさないように抱きしめる。夢を見ながら泣いていたのか、枕が少し湿っていた。
「……っ、名前」
小さく呟いたつもりが、起こしてしまったようだ。名前が小さく身じろいで、俺の名を呼ぶ声が聞こえた。名前の背中に回した腕に自然と力が篭った。
「どうしたの、鋭児郎。」
「悪い……。名前がいなくなっちまう夢を、見て。」
「大丈夫、どこにも行かないよ。」
あぁ、これは嘘だ。夢が現実のものとなる。それがわかった瞬間に、無性に名前を俺のものにしたくなった。眠る前に感じた欲が、更なる激情の炎を灯して俺を襲った。
お願いだから、どこにも行かないでくれ。全部全部、俺は受け入れるから。
- 126 -
←→
(
戻る)