ピグマリオン
数日前、私の勤める頼雄斗事務所の代表、烈怒頼雄斗こと切島鋭児郎さんに告白をされた。
叶わぬ恋だと密かに想いを寄せていた私は、突然の出来事に動揺して夜勤のお供にと持っていた人形を落としてしまった。
幸い、個性を既に発動させていた人形は上手に着地をして足元をぐるぐると走り回っている。
動きを止めてしまった私を、切島さんは悩んでいると受け止めてしまったのか、返事はすぐじゃなくていい、どんな答えでも受け入れる、と言い残して事務所を後にしてしまった。
人形師(パペッター)、それが私の個性。その個性の関係上、常に私の周囲には人形があふれていた。戦闘用のサポート会社に作ってもらった、少しリアルすぎる人形から雑貨屋で買った癒し用の人形まで様々だ。
普段の任務で右腕として活躍しているときとのギャップが好きなんだと、言ってもらえた。
どうして私は固まってしまったんだろうか。おかげで切島さんに誤解をさせてしまって、私も同じ気持ちです、と伝えるタイミングを完全に失ってしまった。
どうにかして伝えようとするも、顔を合わせるだけであの日の敵に向けるものとはまた違う真剣な眼差しを思い出してしまって、二人きりになるどころか目を見ることさえ出来なかった。
それが、なんだか避けているような雰囲気を醸し出してしまって、他の相棒たちにも伝わるほど切島さんは日に日に落ち込んでいく。
私がいつも定刻になれば一目散に帰宅してしまうことも、相棒たちは気付いているようで私たち二人の関係が悪化してしまって相棒解消となるんじゃないかと噂している。
「どんどん言いにくくなってきた……。」
はぁ、とため息をついたら、布を割った針で指を突き刺してしまった。ぷくりと溢れる血を拭って消毒し、絆創膏を巻いた。仕事中はグローブをしているから見えないけれど、指先はすでにいくつか絆創膏が巻かれている。
久しぶりの人形作りは困難を極めていた。時間がないのは元より、作っているのが大好きな切島さんということもあって、少しの狂いも許したくなかった。
一針一針心を込めて繋いでいく。
明日は切島さんの単独夜勤だったはずだ。なんとしても今日中に仕上げて、こっそりこの子に伝えてもらおう。
そうすれば、切島さんの前でテンパって余計傷つけずにすむし、みんなに変に思われずに伝えることが出来る。
*
夜中までかかってなんとか仕上げた切島さん人形を大切に鞄に仕舞って出勤した。最近は平和な日ばかりで、鍛錬続きだ。
鍛錬している間は、切島さんが近くにいても意識しすぎることがなくていい。
鍛錬で流した汗を拭いながら、ロッカーに鎮座している切島さん人形を見て、少しそわそわする。
今日の定刻は過ぎている。いつもと違ってロッカー室からそそくさと出て行かない私が不思議だったのか、数人の相棒が体調でも悪いのか、と声をかけてくれた。
大丈夫です、と何度か返したあと勇気を振り絞って切島さん人形に口付けた。
これで個性が発動した。私の手からぴょんっと飛び降りた切島さん人形が、可動域を確かめるように動き回っている。
「いいですか、これを私が帰ったあとに切島さんに届けてくださいね。」
二つに折りたたんだ小さな紙を切島さん人形に持たせて言い聞かせるようにお願いする。
こくんと頷いたのを確認すれば、鞄を持って切島さん人形と一緒にロッカールームを出ると、もう事務所には切島さんしかいなかった。
お疲れ様です、と誰に向けるでもなく空間へ放てば急ぎ足で事務所を出て行く。ドキドキと早鐘を打つ心臓がうるさい。明日の朝はぎりぎりに出勤しよう。万が一、二人きりなんてことになったら恥ずかしくて顔から火が出てしまいそうだ。
月が顔を出して、もう高くまで昇っている。そんな時間にもなれば住宅街は静まり返っていて、コツコツと足音だけが響き渡る。
それはいつものことなのに、数分もしないうちにいつもと違う、私以外の足音が聞こえてくる。
ばたばたと走っているように聞こえるそれは、まさか敵だろうか。護身用としていつも持ち歩いている鉄製の人形を片手に握り締めていつでも戦えるように身構える。
ただ帰路を急いでいる人ならいい。だが、その足音は確実にこちらに近付いていて少しだけ不安が襲ってくる。
一度振り返って、確かめよう。そう思ったものの時既に遅し。背後で走っていた人物が私の腕を掴んで後ろへと引っ張った。
そのままぐいぐいと引っ張られて来た道を戻らされる。街灯がその人を照らして正体を暴いた。
「えっ、切島さん……!?」
私のあげた声など意にも介さないようで、ぐいぐいと引っ張られる。その足は事務所へと向かっているようで、理由もわからずパニックが襲う。
人形師でありながら、人形を操るのをミスしてしまったのだろうか。
切島さんの走る速度は速くて、事務所につく頃には息が切れていた。ぜいぜいと呼吸を吐き出しながら何事だと顔をあげれば、そのまま引き寄せられる。
なにが起きているのかわからない。わからないけれど、今私は切島さんの腕の中にいる。
「最近早く帰ってると思ったら、あれ作ってたんだな。」
「あ、はい……そう、です。」
「嫌われてたわけじゃなくて、よかった。」
心底安心したような声音が耳元で聞こえる。ぎゅっと、私を抱きしめる腕が力を増したような気がした。
「なぁ、一つワガママ言ってもいいか。」
「なんですか……?」
「手紙じゃなくて、ちゃんと苗字の言葉で聞きたい。」
既に顔から火が出そうなほど恥ずかしいのに、そこに油を注ぐような要求をされる。
私の心を感知したのか、まだ活動時間のある切島さん人形が足にくっついている。勇気を込めて送り出した人形に、勇気を返してもらったような気がして、意を決して顔をあげた。
「……私も、切島さんのことが……好き、です。」
きっと、今の私の顔は切島さんの髪に負けず劣らず真っ赤に染まりきっているだろう。
一度でも口を動かすことを止めたら、もう声が出なくなってしまうかもしれない。あと少し、勇気を私にください。
「だから、私と……」
「そこから先は、俺に言わせてくれ。」
もう、心臓が破裂してしまいそうだ。最後の勇気を振り絞って口を開いたら、切島さんに阻止されてしまった。あぁ、もう恥ずかしくて声が出そうに無い。
「苗字、好きだ。俺と付き合って欲しい。」
抱きしめられていた力が緩められて、真っ直ぐに私を見つめる視線が突き刺さる。その視線から逃げるようにこくんと頷いた。
叶わないと思っていた。ヒーローと相棒の恋人関係は珍しくない。でも、人気ヒーローともなればいろいろな人との出会いがあって、とても綺麗な人だってたくさんいる。
そんななかで、私を見てもらえるなんて思っていなかった。
傍で支えていられるだけでよかったのに。
「切島さん、大好きです。」
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