Sweet Illusion


爆豪勝己――

ヒーロー科1-A在籍、個性は爆破。性格は怒りっぽくて、同じクラスの緑谷くんと幼馴染。

すぐキレて怒鳴っているのが常で、特に緑谷くんには怒鳴っているの以外ほとんど見たことがない。

相手が女の子でも敵でもその態度は変わらなくて、正直言って関わりたくない怖い人。

それが、今までの私の認識。

偶然にも今までの授業でペアになったことはない。複数人でのチームにはなったことはあるが、切島くんだったり、梅雨ちゃんだったり、いろんな人が間に挟まってくれて直接話をすることはなかった。

席も離れているし、寮に入る前は帰る方向も真逆だったこともあって本当に、クラスメイトだというのに驚くほど会話というものをしたことがなかった。

それが、今までの私と爆豪くんの関係。


だというのに、どうして今私の目の前にはほくほくと湯気がたつ甘い香りが鼻腔をくすぐるココアがあって、斜め前のソファには爆豪くんがいるのだろうか。

ことの発端は数時間前。絶賛女の子の日で、薬も飲んだというのに非常にお腹が痛かった。

なんとか一日授業を乗り切って、心配してくれるクラスメイトに強がって、這うように寮に戻ってきた。

けれど、部屋まで戻る気力が無くって談話スペースのソファにうずくまっていた。

テストも明けたところで、各々自室で自由に過ごしているらしく、談話スペースに誰もいなかったのも理由の一つだ。

けれど、平穏な時間はそう長く続かなくて、爆豪くんがやってきた。しばらく背中に視線を受けたかと思えば、共同キッチンへ向かった彼は、今目の前にあるココアを作って持ってきてくれた。

ご丁寧にカップは私のものだ。


「爆豪くん……これは……」


「あ?見りゃわかんだろ。ココア。」


恐る恐る問いかければ、じろりと見られて肩が跳ね上がった。何度か敵と対峙して、臆病な性格も少しはマシになったと思ったのだが、そんなことはなかったらしい。


「な、なんで私のカップ……?」


「テメーが飲むのに、テメー以外のカップ使うんか。」


当然だと言わんばかりの口調で言われて、なおさらクエスチョンマークが飛び交う。

聞きたいことは山ほどあった。どうしてココアを入れてくれたのか。どうして私のカップがこれだと知っていたのか。どうしてソファに座って見守られているのか。だけど、腹痛がそれを許してくれなかった。

とりあえず、どうやら私のために入れてくれたらしいココアを口に含んだ。甘い味が口いっぱいに広がって、体を少し温めてくれたような気がする。

爆豪くんは、私が飲み始めたのを見れば視線を逸らして外を眺めている。見られている緊張から開放されれば、一口、また一口とココアを味わう。

どくどくと下腹部を痛めつけていた鼓動が落ち着いてくる。半分ほど飲み終えたところで、ほっと一息ついた。

心なしか腹痛も和らいでいる気がする。少し冷たくなり始めたココアをぐっと飲み干せば、汚れてしまったカップを洗おうとソファを立つ。

しかし、カップはすぐに爆豪くんに取り上げられてしまって、肩を押されてソファへと戻されてしまった。


「そこでじっとしてろ。これ洗ったら部屋まで連れてく。」


投げられた言葉に、目をぱちくりさせる。思っていなかったわけではないが、どこかおかしい。もしかしなくても、他の科の子の個性事故にでも巻き込まれたのだろうか。

私の知っている爆豪くんは、こんなに変じゃない。

水が流れる音を聞いていれば、女子棟に繋がるエレベーターが開いて麗日さんが現れた。一瞬にして部屋を満たす甘い香りに気付いたのだろう。キッチンにいる爆豪くんのもとへ一直線だ。


「んなもん自分で作れや!!」


突然の大声にびっくりしてキッチンへと振り向けば、どうやら余りはないのかと麗日さんが爆豪くんに迫ったらしい。

その形相と振る舞いは、まさしくいつもの爆豪くんで、さっきまでの変な爆豪くんはいなかった。

動物でも追い払うかのように手を振っている爆豪くんに、麗日さんはぷりぷりしながらもともとランニングをするつもりで降りてきたらしく、寮を出て行った。


「……苗字、いくぞ。」


ぼーっとやりとりを見ていたらカップと作る際に使ったお鍋を洗い終わったらしい爆豪くんが目の前にいた。手を差し出されているが、どうしていいかわからない。

麗日さんといるときは、いつもの爆豪くんだったのに、また変な爆豪くんになってる。

もしや個性事故に巻き込まれたのは私なのだろうかとさえ思えてくる。


ぐるぐると思考をかき混ぜていたら、爆豪くんが舌打ちをひとつ鳴らして私を抱えあげた。

なにが起きたのかわからなくて、体が硬直する。そのままエレベーターに乗り込んで、5階のボタンが光る。

状況が理解出来ない。恐怖なのか、羞恥なのか、心臓がばくばくとうるさい。熱もあったのだろうか。部屋につく頃には顔まで熱くなってしまって頭がうまくまわらない。

扉の前で降ろされて、くらくらするまま部屋の鍵を開ける。さすがに爆豪くんが部屋の中まで入ってくることはなかったが、倒れたりしないようになのかじっと見られている。


「あの……ありがと。」


返事はなかった。ぺこりと頭を下げれば私の髪をぐしゃぐしゃにして爆豪くんはエレベーターへと戻っていった。

結局なんだったのかわからないまま、ベッドに潜り込む。小さく丸まって、痛みも忘れるほどの優しさを思い出しながら、甘い唇を舐めた。

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