鈍器で打たれたのは心臓


自宅にて、チョロ松兄さんに怒鳴られる。
どうしてこうなったのか。始まりは数週間前まで遡る。





チョロ松兄さんがおかしいのはもともとだ。救いようのないドルオタ、拗らせた童貞。兄弟でNo.1を誇るチェリーだ。そんな兄さんが最近いつにも増しておかしい。というか気持ち悪い。ツッコミにキレはなく「マジでドライモンスターだな!!!」なんて言われるのも少なくなった。というかなくなった。兄弟の言葉をスルーする事が増えたのだ。いつも上の空で本を抱えている。前なら土曜日に「うっしゃァァァ休み!!!」なんて言ってた人が「はぁ、早く学校行きたい。」なんて言うようになったのだ。最早ホラーだ。

まぁ、僕達兄弟はこうしてチョロ松兄さんがおかしくなる過程を見てきたのだが、原因もバッチリ見たのだ。




とある昼休み。「松野が上級生と追いかけっこしてる。」と耳に入った。また喧嘩してるか他の兄弟のとばっちりか。どちらにせよ傍観するにはおもしろいため廊下に出た。キョロキョロとすると他の4人も廊下でフラフラとしていた。考えることはみんな一緒のようで「あれ、トド松が追いかけられてんじゃなかったのかよー。高みの見物したかったなー。」とおそ松兄さんは僕を見つけるなりボヤいた。兄弟揃ってクズだなぁと改めて思った。

ここに居るのは5人。ということは自動的に追いかけられている人は一人に絞られる。


「フッ……追いかけられているのはチョロ松か……。しかし、俺も罪な男だ。俺の犯した過ちが、刃となって愛する兄弟に突き刺さる……。」
「ホント兄さんいったいよね!!“俺のせいです”って普通に言えないわけ?!」
「俺のせいです。」
「あ〜はいはい、トド松もカラ松も落ち着けって。……やることは1つだろ?」


カラ松兄さんと僕の間におそ松兄さんは割り込むと、ニヤリと悪童のように笑って言葉を発した。僕らもそれに答えるようにニヤリと笑ってから一斉に走り出した。

ここで勘違いしないでいただきたいのは助けに向かっている訳ではないということだ。僕たちはあくまでも傍観して楽しみたいのだ。なんて言ったってクズだから。
この狭い狭い学校内。チョロ松兄さんは案外早く見つかった。昔から足の速かったチョロ松兄さん。焦ってはいるようだが余裕そうだ。時折「ふざけんなカラ松マジ許さねぇ」って声を出している。少し怖い。カラ松兄さんも冷や汗を拭っていた。チョロ松兄さんは廊下の角を曲がってすぐそこにある図書室に入った。何とか撒いたようだ。僕たちもチョロ松兄さんに気づかれないように中に入る。図書室のなかにいる人は皆びっくりして目をまん丸にしていたけど知らないふりをした。

奥まで進むとチョロ松兄さんの背中を見つけた。声をかけようとすると一松兄さんにぎゅっと腕を掴まれる。「やめてよ!」と声を出そうとするとおそ松兄さんに口をおさえられた。十四松兄さんは既にカラ松兄さんに押さえ込まれている。訳がわからずおそ松兄さんを睨むように見ると、おそ松兄さんはチョロ松兄さんのさらに奥を指さした。
よく見ると女の子が座っている。チョロ松兄さんの動きも若干たどたどしい。一松兄さんとおそ松兄さんに離してもらったあと、僕らはひたすらチョロ松兄さんを見ていた。詳しいことは覚えてない。なぜかって?チョロ松兄さんが一抜けとか許せなくて怒りで震えてたから。

「おそ松兄さん……。」
「いや、トド松死にそうな顔してっけどさ、有り得なくね?俺らやばい噂流れてる不良だよ?初めて会ったのにあんなに親しく話せる?絶対どっかの不良の回し者だろ。」
「……ブラザーを貶めるつもりというわけか。ここは、俺の」
「うるせぇ黙ってろクソ松。」
「えっ。」

「じゃあー、あの女の子倒したら、んんんもがもが」
「じゅうしまーつ?静かにするんだ。少し声が大きい…。静かに、だ。」
「わかった!」
「ノンノンノン……わかってない。」


これだけ騒いでいればバレそうなもんだけど、幸いあちらはあちらでなにやらあたふたしているようでこっちなんて一度も見なかった。まぁ、でも僕も少し冷静さが欠けていたのかもしれない。おそ松兄さんの言う通りやばい不良だと言われている僕らに女の子があんな笑顔見せるわけないんだから。

僕は静かにスマホを開いて面白そうな情報を探した。




その日の夕方。家に帰ると既にチョロ松兄さんは居間にいた。嬉しそうに本を読んで笑っている。普段ならばマジキモイって言って終わりだけど今回は少し心配だった。あの後女の子が誰の回し者か調べてみても全然分かんなかったし、逆にいい子だよって情報しか入ってこなかった。ここまで徹底された悪女が居るものなのかと僕が唇を噛み締めた程だ。
あのおそ松兄さんも珍しく忠告した。ライジング兄さんの事だから少しでもリスキーな事を避けるために「ま、僕もそんなところだと思ってたけど。」なんて言って彼女から離れると思ってた。
でも、そんな予想はすぐに壊されて、チョロ松兄さんは僕たちを睨んで大声で邪魔すんなって叫んだ。チョロ松兄さんは僕の告白をこの前邪魔したばっかりだしすごく説得力なかったけど、僕はびっくりして何も言い返せなかった。
自意識ライジングはどこに行ってしまったのだろうか。



「ねえ、おそ松兄さん。チョロ松兄さんやばいよ。」
「だな〜。本格的に入れ込んでるなぁ。」


おそ松兄さんの声はほんとにいつも通りひょうひょうとした感じだった。でも、その目は何を見てるかよくわからなくてすごく怖かった。
「あっちのボロが出るまで待つか〜」っておそ松兄さんは笑いながら言った。僕に向けて言ったわけじゃないのに、何故か背筋が凍っていくがわかった。








今日は体育だった。
僕のクラスの体育はあの子と同じ。カラ松兄さんの機嫌は当然ながらすこぶる悪かった。その証拠にあの子が見えた瞬間にまるでヤクザのような視線をあの子に延々と浴びせ始めたのだ。

「……カラ松兄さん。いくらなんでもやめときなよ。」
「止めるなトッティ。」
「トッティ言うな!!!」

僕の忠告を半暴走状態のカラ松兄さんが聞くはずもなく、またあの子をじっと突き刺すように見ていた。やめときなよ、なんて言った僕だったが、僕は僕で彼女のことをじっと見てしまった。いわゆる値踏みというやつだ。
どんな女の子に聞いても彼女はいい人って話しか聞けなかったし、男の子に聞いてもまた同じ回答だった。ついには彼女に気がある男まで現れる始末だ。

僕達が見ているのに気づいているのか、彼女の動きは悪いようだった。友達に体調が悪いのかと気を遣ってもらって体育は見学することになったらしい。

「もぉ〜、カラ松兄さん見すぎだったんじゃないの?」
「フッ……俺はブラザーもあのガールに熱視線を送っていたことを知ってるぜ?」
「うるさい、僕はそんな見てないよ。」
「……ま、あのガールのことなど知ったことではないさ。」
「うっわぁ、ほんとそういうところサイコパスだよね。」
「褒め言葉か?」
「ちげーよ。」

くだらない会話を繰り返しているうちに、体育終了のチャイムが鳴った。ちょっと悪いことしたかなぁとあの女の子の方を見ると、少し怯えたようにそそくさと校内に入ってしまっていた。

「怖がるくらいなら、手出さなきゃいいのに。」

ボロをまだ出してないのに何が怖いんだか。……いずれは出させるつもりだけどね。
彼女の行動がイマイチ理解出来なくて僕は小首をかしげた。








始まりはおそ松兄さんだった。

「めんどくせーからもう拉致ったらよくね?」
「さすが兄貴、いい考えだ。」
「……いや、バッカじゃねーの?!」

とある放課後、おそ松兄さんが教室まで来てチョロ松兄さん以外を集めて何を言い出したかと思えば半分犯罪っぽい計画だった。それをカラ松兄さんは笑顔で賛成。うちの長兄たちの馬鹿加減に僕は今にも倒れそうだった。

「なに?!野球?!」
「野球じゃないからね、十四松兄さん。」

十四松兄さんは相変わらずいつものようだし一松兄さんはなんだか不気味に笑っている。

「縄で縛る?」
「縛らないから!!!馬鹿なの?!?!」

一松兄さんの特殊性癖にはついていけない。ため息をついて教室の机に座るとおそ松兄さんがニマニマと笑いながら肩をがっちりとホールドしてきた。

「トド松、お前も気になってんだろ?チョロ松いないからって常識人っぽくしなくていいんだぜ?」
「や、でも拉致って…...」
「言い方悪かったな、拉致じゃなくてさぁ……あ、そう。俺らの家に来てもらって、ちっとばかし質問に答えてもらうだけ!気になること聞くだけだよ。それだけ、な?」

おそ松兄さんはいつもずるい。僕が1番欲しい言葉を知ってるし僕が1番動きやすい言葉も知ってる。
僕だってあの子の正体が知りたいし、結構敵対心持ってるから断りきることができなかった。いや、それ以上にチョロ松兄さんに綺麗な笑顔をみせていた彼女に深い深い興味を抱いていたのかもしれない。あの笑顔を見た時に感じた心臓を鈍器で打たれたような感覚の正体を僕はきっと知りたかった。

「いいよ、やろう。」
「さすがトド松!じゃ、決定な!!」

おそ松兄さんの言葉と共にあらかじめ計画を聞かされていたであろうおそ松兄さんを除く兄さんが動き始めた。

「おそ松兄さん、計画ってどんなの?」
「あー、とりあえずなんでもいいから無傷で家に連れてこいって言っといた。」
「……いや、馬鹿なの?!」

やはり長男は馬鹿だった。







気絶しているのか十四松兄さんに担がれて家に入ってきた女の子。もう犯罪臭やばいけど戻れないのも事実だ。
床に静かに寝かせて彼女が起きるのをただ静かに僕達は待った。その間もおそ松兄さんとカラ松兄さんは少し怖くて僕達弟ですら話しかけることがはばかられた。

「んん……ん、」

辛そうなうめき声と共にうっすら目を開いた女の子。

「おはよ、梅田ちよこチャン。」

その顔は、おそ松兄さんの声と僕たちの姿をとらえた途端に急激に凍りついたのだった。

僕達がチョロ松兄さんに怒鳴られるまで後もう少し。



20160716

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