悪夢なんだと笑ってよ


なんとなく目は開けたくなかった。突然黄色い物体がみぞおちに直撃しておちるし。紫色も青色も物騒だったし。これ、詰んだって思ったし絶対拉致られてるし。深く深くに沈んでた意識がだんだんと浅くなっていくのがわかる。浅くなるにつれて男の子たちの騒ぐ声が耳に入る。〜松って聞こえるし、きっと松野兄弟じゃん。いや、分かってたけど。
目を開いた先にはきっとチョロ松くんはいない。始めから私を連れ去ってお金とかを絞り取ろうとしてたなら別だけど。でも、もしそうならば私をこんなに乱暴に連れ去ったりはしないだろう。そんなことしたらチョロ松くんが私と仲良くなった意味がないんだから。だからきっとこの先にいるのは松野家六つ子の5人。考えるだけでも恐ろしくて目なんて開けたくなかった。
でも、そう考えれば考えるほどに目は冴えてくるもので、小さなうめき声と共に私は目覚めてしまった。

「おはよ、梅田ちよこチャン。」

私に目線を合わせてわざとらしく微笑んだ真っ赤なパーカー。松野おそ松。私を取り囲むようにしてほかの4人は立っている。絶対絶命とはこのことか。
頭の中では冷静に分析していても私は結構焦っている。目が泳いでいるのは確実だ。だってさっきから1回も松野おそ松と目が合わない。指先はカタカタと震える。これからどんなことをされるかなんて未知数だ。

「ねぇ、おはよってば。」
「お、おはよう、ございます……」

しびれを切らした彼がズイッと私に詰め寄る。喉がヒュ、と鳴って上手く声が出なかったけどなんとか言葉を返した。

「あのさ、単刀直入に聞かせてもらうけど君は誰に命令されてやってんの?」
「……えっと、なにを、ですか?」

にっこりスマイルで話しかけてきた松野おそ松の顔は私の返答と共にぐしゃりと崩れた。この期に及んで何とぼけてんだって顔だ。でも私はとぼけてもなければ私が何をしたかも分かっていない。ただ、この恐怖に怯えるしかないのだ。
チッ、と彼は舌打ちをするとピンクのパーカーの松野トド松と場所を変わった。つまり松野トド松が立っていた場所に松野おそ松が立ち、私の目の前に松野トド松は屈む。可愛らしいピンクのスマホをそっと口に添えると愛らしいアヒル口をニッと上に上げた。

「分かってるでしょ?チョロ松兄さんを誑かしたことだよ。どこの不良に頼まれたわけ?正直に言えば今なら君は助けてあげてもいいけど?」
「え、チョロ松くん?誑か……っ」

あぁ、なんとなく紐解けてきた。私がチョロ松くんと仲いいのは私がかつて松野兄弟に敗北した不良が私に命令してるからとか思ってるわけだ。歪んでるよ!普通に友達になりたいから話したじゃダメなの?!これは誤解解くの難しすぎるよ!

「あの、私は純粋にチョロ松くんと仲良くなりたくて……」
「いや、そんなの聞いてないの。ねぇ、見逃してあげるって言ってるの。早く吐きなよ。社会的に死にたいの?」
「や、まってくださ、っ、」

素直に話してみたけど生憎通用しませんでした。知ってました。スマホを携えながら社会的に〜とか言っている松野トド松は控えめに言っても怖い。もう私が「そうです!命令されました!」って答えしかこの男たちは聞き入れないだろうし納得もきっとしない。私はもはや悪者にならざるを得ないのだ。それでも私は本当に何も悪いことしてないし頼まれてもない。誑かす事ができるなんてそんな魔性の女のような魅力も持ち合わせてはいない。簡潔に言えば逃げ道などなかった。
本当の事も聞き入れられない、嘘ついてもどうせフルボッコ。あぁ、悪夢だ。どうしてだ。普通に生きてただけなのに、悪いことしてないのになんでこんな恐怖体験しなきゃいけないのか。私のライフゲージは赤く点滅している。私が気丈に振る舞えるのもあと少しのようだ。非常にやばい。

「あの、私はほんとに何もしようとしてないんです。ただの、友達なんです。」
「はぁ?こんなクズと?おれら不良だよ?喧嘩してんだよ?アンタみたいな普通の女子高生が関わりたいと思える相手じゃないと思うんだけど。」
「で、でも!チョロ松くんは喧嘩は長男と次男ばっかりで僕より下はそんなにしないって言ってました!それにクズなんかじゃありません!!」
「うわぁ、まーたシコ松ライジングしてんのか。」
「し、しこまつ?ライジング?」

紫色の松野一松(さっきそう呼ばれてた気がする)は犯罪でも起こしそうな目をしながら私にクズと関わるのがおかしいって感じの内容をつらつらと言ってきた。闇を抱えてそうなオーラに怯みそうになるけどここで負けるわけにはいかない。私が負けじと言い返すと松野おそ松はしこまつとかライジングとか意味の分からないことを言いながらケラケラと笑った。ライジングとは何がライジングなのか。最もわけがわからないのはしこまつだ。何なんだ、初めて聞いたぞ。

「と、とにかく!私は悪い不良とは関係のない普通の女子高生なんです!家に帰してください!」
「フッ……ギルティレディーよ。そんな言葉でオレたちから逃れられるとでも?オレはレディーに、手をあげる趣味はないんだ。な、……わかるだろ?」
「そーそ。ねぇ、ちよこちゃん?どうやっていい子ちゃんしてるの?ボロが出なさ過ぎて困ってるんだけどなぁ。ボク。」
「や、ほんとに、わたし、何も知らないんです!」

同じ事しか言わない私に皆さんはそろそろキレそうだった。黄色い松野十四松は口元にダルダルの袖をちょこんと置いてただ黙っている。逆に怖い。ライフゲージはとっくに0で、警告音が頭に鳴り響く。私はもう泣きそうだった。高校生になってまでガチ泣きしそうになるなんて思ってもみなかったけど今はそんなことどうでもいい。声は震えて上手く話せないし、視界はボヤボヤと潤み始める。
あ、泣く。そう思った時だった。

スパァン

と部屋の襖が開く。それとともに聞き慣れた大きな声が家中に広がった。

「な、な、なにしとんじゃお前らァァァァァ!!!!!!!」

潤む視界にはチョロ松くんの引き攣る顔が映り、松野おそ松の「やべ……」と呟く声がチョロ松くんの叫び声の反響に紛れて消えた。



20160728

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