付き合って何度目かの春を迎えた。その中でも今年は特別、2人で社会人として迎えられた新しい春だ。まだ知らないことばかりで研修期間という学生の勉強と何ら変わりのないこともやらされたりもする。けれどこれも後に仕事の一部となっていくのだから気は抜けない。やっと来た休日にどこに行くわけでもなく、まったりと京治と過ごすのはいつぶりだろうか


「あれ、前の部屋のときこんなのあった?」

「あぁそれ、引越し祝いだって木兎さんから」


TV台の端にちょこんと座る可愛らしい梟の置物、まさか木兎先輩のチョイスだとは思わなかった。でもどこか、この梟は...


「なんか京治に似てるね」

「木兎さんも言ってた...どこが?」

「うーん...目の辺り」


じっと見ると外に向かってくるりと跳ねた毛や、少しだけつり上がった眉毛も、見れば見るほど京治に似ていて笑えてしまった


「なまえに似てるのもあればいいのに」

「え、なんで?」

「こいつ1匹だと寂しくない?」

「...確かに。探しに行く?」

「今度ね」


そう言いながら京治は私をぎゅっと抱き締めた。2人きりになると少し甘えたがる彼にどうしたの、と笑って聞けばもぞもぞと肩口に顔を埋めながら答えてくれた


「研修期間終わったら、なかなか会えなくなるかもしれない」

「もう社会人だもん...私も残業とかある会社だし、予定合わせるの難しくなってくるかもね」

「なまえは寂しくないの?」

「...寂しい」


京治の腕に自身の手を添えてぎゅっと握る。一言"寂しい"と口にしてしまえばそれはどんどん心の中を蝕んでいき、言い様のない不安がどっと押し寄せる。京治がこんなに近くにいるのに漠然とした不安は私を脆くしていく


「なまえが嫌じゃなければ...なんだけど」

「うん?」

「すぐにとは言わないけど、...一緒に住まない?」


思わぬ提案に唖然とした。毎日会えるのならこれほど嬉しいことはないし、何より京治も同じような思いで言ってくれたのだろうと、不安で蝕まれていた心がぽかぽかと暖かくなってきた。けれど実際同棲となるとどうか、家事に不安はないけれど、と貯金額を思い返す


「したい...けど、学生のときのバイト代、結構学費に使っちゃって貯金あんまりできてなくて...だから」

「わかってるよ、俺もまだ研修期間で偉そうなこと言えないけど...いつかはなまえにそういう心配させないようにやっていくつもりでいる。だからまた俺が一緒に住もうって言うまでは頑張って」

「うんっ...!すぐ貯めるから、待ってて!」

「すぐじゃなくていいから。ちゃんと人の話聞いてる?」


けらけらと笑い出した京治に、なんだか嬉しくてどうしようもなくなって、抱き締められていた腕を抜け出して私から京治に飛びついた


「家具とかカーテンとか一緒に決めようね」

「ベッドは」

「ダブル!」

「なまえ寝相悪いのにクイーンとかキングじゃなくていいの?」

「そんなに悪くないってば」

「なまえと一緒に寝るといつの間にか痣できてるんだけど」

「えっ嘘!?」

「うん、嘘」


抗議の意味を込めて無言でバシバシと京治を叩けば、それはそれは楽しそうに笑われなんだかこちらまで笑えてしまった

幸せに包まれた春、私たちは社会人として一歩を踏み入れた。きっと2人なら何があっても大丈夫、根拠もないけれど心の中でその思いをもう一度強く思った



2016.05.31