「なまえ、準備できた?」

「バッチリ!もう行けるよ」

「じゃあ行こうか」


玄関に置いてある車の鍵を持って駐車場に行く。車に乗るときいつも京治がドアを開けてくれるけれど、いつまで経ってもそれに慣れない。自分でできるよ、なんて言ってみても俺がやりたいだけだからと言われれば黙るしかない


「なんか京治が運転してるのって未だに不思議だなあ」

「大学のとき免許はあっても車が無かったからね、社会人になって漸く自分の車が持てたよ」

「運転任せっきりでごめんね」

「なまえに任せた方が怖いから大丈夫」

「う.....はい」


私も免許はあるけれど京治に言わせると心臓に悪いらしい。そんなことないと言い返したいけれど、自分自身もまだ運転に慣れないところもあり仕方がないと言われっぱなしになっている。そうして京治に運転を任せて今日は夕方から山へと向かっている。その理由はまだ教えて貰っていないけれどこの前、


「黒尾さんから良い場所教えてもらったんだ、一緒に行こうか」


と誘われて今日に至る。黒尾さんから?と訝しげに聞いてしまったけれど、「なまえなら絶対に喜ぶと思う」と言われ付いていこうと決めたのだ





「なまえ、もうすぐ着くよ」

「えっもう?」


ちらりと時計を見ると、話し込んでいた内にかなり時間が経っていたらしい。随分と山奥へ入って行った気がするけれど、駐車場には疎らに車が停まっている


「もう始まるはずだから外に出ようか」

「何が始まるの?」

「...それは後でのお楽しみ」


ニヤリと口角を上げた京治に連れられて少し歩けばそこには展望台があった。見晴らしの良いこの場所はきっと街の景色がよく見渡せる。今は暗くなってしまって、家やお店などの灯りがキラキラと星のように光っているだけだった...が、夜空にパッと赤色の花が咲いた。吃驚して目をぱちぱちとさせていると、遅れてドンという爆発音が聞こえる、あ、花火だ、なんて飲み込むまでに時間がかかった


「京治、花火っ...!」

「びっくりした?」

「うんっ...すごく、わぁ綺麗...」


次第に連続して打ち上げられる花火に辺りが照らされていく。 鮮やかに彩られる花火を見つめていると、隣から視線が向けられている気がした。ちらりとそちらを見るとやはり京治と目が合って、優しく微笑むその顔に胸がドキリと鳴った


「京治...花火、見ないの?」

「うん、なまえ見てる方が綺麗だから」

「そんな言葉どこで覚えてきたの......」


揶揄っているような本気のようなその言葉に顔が熱くなる。それをわかってか京治は楽しそうに笑いながら頭を撫でて触れるだけのキスを落とした


「っ...!ここ、外っ」

「大丈夫、誰もいないよ」


慌ててキョロキョロと周りを見渡すと京治の言った通り誰もいなかったけれど、この男のすることは本当に心臓に悪い。恨みがましく見上げると飄々とした様子でそれを交わされて怒る気も失せてしまった


「花火もうすぐ終わりかな」


ラストスパートに向けて燃えるような光に夜空が包まれている


「ねえなまえ」


打ち上がる音は煩い筈なのに京治の声だけが鮮明に耳に入る


「どれだけ忙しくてもなまえのことだけ思ってるから...必ず迎えに行くから、待っててくれる?」


その問いに答えるようにぎゅっと抱き締めた。少しずつ合わなくなってきた時間に言い様の無い不安があった、けれどそれは私だけじゃなく京治も同じだったようだ。待ってるから大丈夫、なんて言葉よりも今はずっと、彼の温もりを感じていたかった

遠くでは最後の枝垂れ桜がキラキラと輝いていた



2016.05.31