8−3



その一言で私が悩んでいた事が全て分かったのか、左之さんの表情は少し硬くなった。
何も言わない左之さんに私は言葉を重ねる。

「俺は…斬るのも斬られるのも怖いと思う」

人の命を奪う覚悟が無いとやっていけないし、その覚悟が無い奴になんて斬られたくもない。
私はさっきまで考えていた事を、たどたどしくも口にする。
左之さんは無言のままだ。

「でも俺は…どうしてもその覚悟、が出来ない」

語り終えた私は、俯きただ唇を結びながら、左之さんの言葉を持つ。
そんな私に左之さんがくれたのは、言葉よりもまずその大きな手の優しさだった。

「お前は優しい奴だな」
「え…?」

思わず左之さんの顔を見れば、いつにも増して優しい笑顔と声で、私に話してくれる。

「…過去にどんな経験をしてるか知らねぇが、斬る相手の事をそこまで考えられる奴はそんなにいねぇ」
「…………」
「確かにな、向こうに行けば斬り合いになることもあるだろうさ。お前みたいに純粋で、優しいガキがその渦中にいるなんざ、心穏やかな訳ねぇ」
「…ガキじゃないよ」
「俺からしてみたら、まだまだガキだよ。まぁ実際京にいる奴ら全員が、んな覚悟を持ってるとは限らねぇんだ。だからな、そんな中にお前みたいな奴がいるのは俺は嬉しいと思うぜ」

左之さんの言葉がよく分からない私は、首を傾げる。

「お前は。ちゃんと命の重さを理解して人を斬れる剣客になれば良いってことだよ。そんな奴に斬られたら向こうも素直に成仏してくれるだろうよ」

その言葉に息を呑む。
それはまるで憑きものが落ちたように、私の中に入ってきた。

「大体斬られるのが怖いのは良い事だぞ?いざっていう時の分かれ目になる」

生きたいと思う心は、時に何より強い力になる。
恥じるべきものじゃない。
左之さんらしい言葉に私は目を細くする。

「お、やっと笑ったな」

そう言って左之さんはぽんぽん、と私の頭を撫でてくれた。

「そんなに暗い顔してた?」
「おーそりゃもうこの世の終わりみたいなな」

そんなに顔に出てたんだろうか…。
私はうーんと悩む。

「おいおい、さっきみたいに笑ってろ。お前はせっかく美人な顔してるんだから」
「いやいやそこ誉められても別に嬉しくないし。そもそも左之さんに言われたくないし」

そう言えば左之さんは「お?誉めてんのか?誉めても何も出てこねぇぞ?」と背中を叩いてくるから、勢い余って転けそうになる。
それは何だかいつものやり取りすぎて笑ってしまい、収まるまで少し時間がかかった。

「なぁ、真尋。お前には夢があるか?」

笑いが収まると、左之さんは唐突に聞いてきた。

「夢…?」
「あぁ。将来はこんなことしたいとか何々になりたいとか…色々あんだろ?」

私は返事に困ってしまった。
夢なんて持ったことも考えたこともない。
未来を考えたことは、あまり無かった。

「ぱっと思いつかないな…。あ、近藤さんの役に立つ」
「それは夢というより、決意じゃねぇか」

それもそうか、と納得した私はとりあえず聞き返す事にした。

「左之さんは?」
「ん?俺か?俺はそうだな…」

珍しく言葉を濁す左之さん。
少し悩んだ後、「絶対新八や平助には言うんじゃねぇぞ」と念を押されたので頷くと、照れたように笑いながら教えてくれた。

「俺の夢はな…惚れた女と所帯を持ってどこか静かな所で穏やかに暮らすことなんだ」

それは何だか意外なような左之さんらしいようなささやかな夢で――とても素敵なものに思えた。

「良い夢…だね」
「…なんだ。てっきり笑われるかと思ったぜ」
「…お望みならこの試衛館内全てに響き渡るぐらい指差して声高らかに笑ってあげましょうか」
「い〜や、やめてくれ」

そう私がにたりと笑うと、左之さんは少し慌てたように止めてくる。
それがなんだか面白くて、私はまた笑ってしまった。

「でもほんと、素敵な夢だと思うよ。簡単なようで難しいし」
「まぁな。それに今は、ここで馬鹿やってる方がいい気もするしな」
「あ〜左之さんは三馬鹿の一人だもんねぇ…」
「…さすがの俺でもちょっと傷付くぞ?」

そう全く傷付いてない顔で笑う左之さんは、よいしょと立ち上がる。

「んじゃ、俺はもう行くからよ。お前も早く寝ろよ?」
「うん。左之さん、色々ありがと」

微笑みながらもう一度くしゃっと私を撫で、左之さんは部屋へと戻っていった。



残された私に先程までの迷いは無い。
胸にあるのはただ人を斬る「覚悟」――そして話しながら改めて誓った約束。
明日、近藤さんと土方さんに全て話そう。

私は足取り軽く、部屋へと戻った。

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