8−2



「はぁ…」

あの場にいることができなくなった私は、赤くなった目を冷やすべく井戸に来ていた。

覚悟。
人を斬る……殺す、覚悟。

遊びで行く訳じゃない。
生半可な気持ちで行っていいものじゃない。
確かに今の面々で人を斬ったことが無いのは、私や総司、平助だけの様な気がする。
曲がりなりにも二本差しで町を歩いてるんだ。
この江戸に居てもそういう場面があるかもしれない。
でも…私は、刀で人が殺されていくのを知っている。
斬られる痛さを知っている!
夢に見ることはなくなったものの、今も鮮明に思い出せる――両親の最期。
必死に逃げた自分。

どうしても、怖い。
人を傷付けるのも、傷付つけられるのも。

それでもきっと、時が来たら私は相手を殺せるだろうと思う。
でもその後は?
覚悟の無いまま人を斬り、何事も無く過ごせる?
笑える?泣ける?怒れる?
――皆と同じ場所から世界が見れる?

見れない、絶対。

そして、そんな奴に命を取られた相手はどうなるんだろう。
私だったら……絶対嫌だ。
斬り合いとはつまり、命のやり取り。
やるか、やられるか。
己の腕に己の生死がかかっている。
負けた時が……自分の死。
私だったら、命の重さを知らない者、命を奪うことの重さが分からない者に自分の命はやれない。
人を殺す、その意味をちゃんと理解している人に殺されたい……。


月明かりで照らされていた視界が、不意に暗くなった。
驚き顔を上げると――

「左之…さん?」
「よぉ、真尋。いつまでそんな所にいるんだ?」

何で、と聞けば新八と酒飲んでその酔いざましだよ、と笑う左之さん。

「ほら、とりあえず手開け。な?」
「あ…」

そう言って、私の両手を開かせる左之さん。
いつの間にか握っていた両手は爪が食い込み、薄ら血が滲んでいた。

「全く…こんなになるまで気付かないなんて…何をそんなに悩んでんだ?」

話なら聞いてやるよ、と縁側に腰かけ私を手招きする左之さん。
私はそれに従い、隣に座る。
何も言わずに私の言葉を待つ左之さんの優しさに甘えて、私は口を開いた。


「人を斬るのって…どんな感じなの?」

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