8−10



「とうとう行くのね」

その日はいつもより冷え込んだ朝だった。
今日、私達は都へと江戸を発つ。

「かっちゃんやトシさんには言ったんでしょう?頑張ったじゃない」
「ありがとうございます」

ミツさんは出立前に私の部屋を訪ねてきてくれていた。
私は未だ少し慣れない手つきで髪を結う。

「髪型まで総司と同じになっちゃって、本当に双子みたい」
「言われ慣れましたよ」

それもそうね、とひとしきり笑った後、ミツさんは不意に真剣な顔を見せた。

「でも、本当にいいのね?京に女の身を隠して男として行くなんて、苦労するわよ。体は女そのものなんだから」

この年になると、体は筋肉質なものの、肩や線の細さは男のものでなく。
胸もミツさん曰く「何でサラシ巻いて生活してきたのにそうなるのかしら」という大きさらしい。
正直、いつばれてもおかしくはないだろうと思う。

「やっぱり、そろそろなのかな〜…」
「そろそろ?」
「いつまで男装しなきゃいけないの?って聞いたら母が言ったんです。『あなたが男の子として生きていけなくなるまで』って」

それが一体いつのことを指すのか分からなかったが、純粋に考えれば――

「体的な意味だったんでしょうね。ミツさんはどう思います?」

そう私が訊ねれば、ミツさんは少し悩んだ後、私が予想だにしなかった事を言った。

「私は、恋をしたときだと思うな」
「恋?」
「えぇ。男の子として生きてきた真尋は、まだ恋なんてしてないでしょう?」
「えぇまあ…。男にも女にも興味を持ったことありません」

というか自分は、そんなものに縁があるのだろうか。
男として生きてきた私は、そりゃ男よりも可愛い女の子を見た方が嬉しい。
新八や平助、左之さんと酒を飲めば、必ずその手の話題になるが、普通に参加している。
が、一応は女な訳で。
こんなややこしい状況でそんなもの出来る訳無いと思う。
それに……

「恋ってのは、そんなに効果があるものなんですか」
「あるわよ!人間は恋を知って初めて人間になるの!」
「えぇ!?そんなに!?」

私が目を見開き驚いていると、ミツさんは私の肩を叩きながら言う。

「いつか真尋にも分かる日が来るわ。その時は我慢せずに女になりなさい」
「………」
「この人と共に生きたい。そんな人に出会う事は人生最大の幸せよ」

いつか本当に…そんな人が現れるのだろうか。
そうなったら私は……どうなるのだろう。

「もしそんな人と出会えたら…その時はちゃんと報告に来ます」
「待ってるわよ!!」



今までずっと協力してくれたミツさんとの会話は、土方さんの私を呼ぶ声で終わり。


文久三年 二月。
私たちは育った江戸を離れた。

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