言えなかった言葉
言えなかった言葉は胸に重くのしかかり、消えると思っていた気持ちは大きくなる。
「え、帰んの?」
そういってスクアーロくんは携帯ゲーム機から顔を上げた。
「もう一週間は経っちゃうしね」
私はそういって小さく肩をくすめる。
一週間彼といたおかげで、失恋のショックはどこかへ飛んで行ってしまっていたし、なにより傷心旅行と称した有給の消費が済んでしまった。会社に勤めている身としてしょうがないじゃない。
「ふーん」
「スクアーロくんは?」
「……オレももう帰る」
一瞬何かを考え込んでいたように思えたけれど、それはきっと気のせいだったのだろう。
スクアーロくんはゲーム機に視線を戻し、ボタンを数回押して電源を落とした。ゲーム機を放り投げれば、それは一直線に私の借りている部屋になぜかおいてある彼の服の山の上に着地する。
「ありがとね。楽しかった」
返事のないスクアーロくんに、少しだけ言ったことを後悔する。しんみりとした空気は嫌いだ。私はビリ、と擦り切れた手帳の紙を千切る。
「ねえ住所、教えて」
スクアーロくんにペンと一緒に紙を渡せば、彼は私を見て数回瞬きを繰り返す。
「なんで?メアドとかじゃねふつう」
「携帯持ってない」
はあ?というスクアーロくんをせかす。チェックアウトは今日の昼。片づけも済んでいるし、まだ数時間あるけれど言い出すきっかけがなくなって聞けなかった、なんてことにはなりたくない。
今度こそしばらく考え込んでいたスクアーロくんだったけれど、ペンと紙を受け取るとそれは綺麗な字ですらすらと文字を描く。
「宛先、スクアーロじゃなくて王子な」
「え、」
「いいから」
そういうとスクアーロくんは私に紙を手渡して、扉に向かって長い脚で歩いて行ってしまう。最後くらい一緒にいたかったと思ってしまう私はきっとすごくわがままだ。
「なにしてんの」
「え?」
「帰る前にとっておきの場所つれてってやるよ」
そういって扉から出ていく彼に、私は自分の気持ちに気づかされた。このまま彼と一緒にいられたら、なんて現実にならない願い。
小さく頭をゆすって、その願いを消し去り彼を追う。帰れば、きっとこの気持ちもなくなっている。