すり切れた手帳
使い古された手帳に書かれた文字が、オレを惑わせる。
「うわああああ!!」
オレが投げた銀が、逃げ惑う男の急所を1ミリの狂いもなく抉る。
最近のオレは変だった。いつもはその叫び声に胸が高鳴るのに、どれだけその声が大きくなろうと気が晴れることはなかった。
「ベルちゃん、大丈夫?」
仕事は問題なくこなしてる。それでもオカマにもわかるくらいにオレはおかしいらしい。
「なにが?」
声がもう不機嫌だ。自分でもわかるのに、こんなの王子らしくない。
「この間の休暇から帰ってきてから変よ」
ああ、知ってる。
「そういえば、手紙が届いてたのよ。渡すの忘れてたわ」
仕事中なのに、はい。と向かってくる敵を吹っ飛ばしながら渡してくるオカマ。なんの手紙だよ。と奪うように受け取れば女特有の柔らかな文字が目に入る。
王子様へ。
イタリア語で書かれたその封筒に、心臓がどくんどくんと飛び跳ねる。向かってきた男をナイフで滅多刺しにしながら、くるりと裏返せば、ご丁寧に記されている名前という文字。
どうしてあの時、馬鹿正直にヴァリアーの住所なんてメモに書いてしまったのだろうか。自分で自分がわからない。
「…オカマ」
「なーに?」
「これ。宛先不明に偽装して送り返しといて」
オレの言葉に怪訝そうな顔をするオカマ。そりゃそうだ。いらないなら捨ててしまえばいい。ウザイなら殺せばいい。オレならそうする。そうするはずだったのに。
「…いいのね」
ああ、と答えた声はちゃんと出ていただろうか。
報告書をオカマに丸投げして、自室に戻る。ベットに俯きに倒れれば、何かが指先がふれた。
名前の部屋に置き去りになっていたその手帳は、可愛げのないくらい使い込まれている。
忘れていくとかばかじゃねーの。
パラパラパラと何度目になるかわからないが、それを流し見る。黒ペンで簡潔に書かれたその中で、目を引く褪せたハートマーク。
恋人とのデートだろうか、傷心旅行だといっていた彼女を思い出して俺は小さく目を閉じた。
あれでいい。あれでよかった。
オレはあいつの中で、旅行の素敵な思い出で。
一般人が王子としゃべれて、仲良くできてんだぜ?それでいいじゃん。王子優しいじゃん。
ちいさく息を吐き出して。オレは枕元に手帳を戻す。このまま眠れば、あの1週間を夢で見れるんじゃないか、なんて思うオレはかなり女々くてキモい。