王子と眠りにつきましょう
「山岳王子を殺せば、私は泡にならずにすむ」
あの海の魔女から言われた言葉を繰り返す少女。少女は手に持つ短刀を頭の上まで掲げる。いま、目の前で眠っている山岳を殺せば、私は生きられる。頬を伝う涙。
「…ね、え泣かないで」
いつの間にか眠っていたはずの山岳は、その手で人魚姫だった少女の頬を撫で、涙を拭う。優しいその手つきに少女の涙は大きくなる。
「どうして、どうして、優しくするの」
「君のことが好きなんだ。人魚の君を山の上から見た時から」
少女はパチクリと目を瞬かせる。そうすれば、夕焼けに照らされながら優しく笑う山岳に涙がまた溢れる。
「私、私」
夕焼けは暗さを増し、段々とリミットは近づいてくる。少女はぎゅっと抱きしめてくる山岳を抱きしめ返すと、決心がついたようにやんわりと山岳を拒否する。
「さようなら」
その一言で少女は海へ身を投げ出す。私が泡になれば、王子は生きられる。流れる涙は止まらなかった。
手が離れて、少女が海に沈むその瞬間。少女の手が掴まれた。同時に水の中に現れる、気泡。
どうして、と少女の目は自分を抱きしめた山岳に問いかける。言葉が聞こえるはずのない水の中で、少女の耳には確かに山岳の声を拾う。
「君を一人にはできないから」
太陽が海の向こうへ落ちる中で、二人は口付けを交わした。
katharsis