千切れぬ絆と戦化粧

「逃げて 名前」
 母のその言葉が、いつかの終わりに重なった。

 その日も、いつも通りの一日になるはずだった。四歳を迎えたばかりの息子の名前を両親は微笑ましそうに眺めていたし、家にはいつもの様に祖父がカンカンと鉄を打つ音が響いていた。
 終わりの訪れはガラスの砕け散る音。そして聞こえた祖父のいるの鍛冶場から聞こえる大きな物音に、父が険しい顔をして駆けてゆく。ビクリと震える名前は幼く年相応であった。安心させる為に大丈夫よと気丈に振る舞う母を尻目に、廊下から父の呻き声が響くのはすぐだった。
 ズルズルと何かを引きずる音。ゴンと廊下にまるで鈍器をぶつけたような音が響き、足音と共に現れたのは赤く染まった一人の男。手には祖父が打った日本刀が握られていた。
 得体の知れない恐怖と子を守らねばという思いの中で、決して戦闘に優れた個性ではない母は名前を背に庇った。男はニヤリと歪んだ笑みを顔に浮かべ、薙ぎ払うように刀を振るう。ままあ!!と泣く名前の声に、必死に逃げてと告げる紅く染まった母の姿が、名前の脳を刺激した。

「うあああああ!!」

 記憶はまるで洪水のように幼い名前の脳に流れ込んだ。それは前世の記憶。審神者として刀剣を携え、死ぬまで戦った彼の記憶。全ては赤い刀から始まり、そして終わったその時まで。
 次の瞬間、ぐしゃりと男が崩れ落ちた。その身体中に突き刺さるのは、数十口の日本刀。家に保管される刀の中でも特に大切に仕舞われていたその刀剣が、名前に害を成そうとする男を貫いていた。その数を名前は数えるまでもなくわかっていた。
 記憶の渦に頭は未だぼんやりとしていたが、すべき事はわかっていた。前世では日課の一つだったのだから。忘れるわけがない。
 目の前の肉塊を物ともせず彼は刀に手をかける。肉塊から抜いて、血を払う。赤を基調としたその刀はこの身体になってからも、ずっと共にいた刀だ。
 ただいまと微笑みかけたその瞬間。澄んだ空気が刀を撫でて、ハラリと何処かから桜が舞った。
「川の下の子です。加州清光。扱いづらいけど、性能はいい感じってね…おかえり、主」


 敵が逃げたと連絡が入った。単純な力を増強する個性であると思っていたのが悪かったのだろう。武器を取り込み身体を強化する個性。プロヒーローの攻撃をわざと食らっていたのだろう。用いた武器が奴の血肉となった。
 強化された敵はその場に集まっていたプロヒーローでは手に負えなかったらしい。死人は辛うじて出ていないものの重症者は既に十数人に及ぶ。
「イレイザー、予定通り苗字家へ。一家の保護を頼む」
「はい」
 雇われ主であるプロヒーローの声に、イレイザーヘッド 相澤消太は屋根を駆けた。
 苗字家は武器を有するヒーローや敵の間で有名な刀工の一族。防具やサポート用具はサポート会社の最新技術が幅を効かせるものの、武具、特に刃物についてはこの一族を置いて先んじる者はない。特に一族の当主の個性によって打たれた刃物は重要視されていた。大事に至ってはならないと、彼らの保護を相澤が任された。
 大きな日本屋敷が視界に入る頃、ツンとした鉄の臭いが相澤の脳を刺激した。まさか。嫌な予感が頭を横切る。無残に破られた窓ガラス。不自然なほどに、その家は静かに佇んでいた。
 気配を消して家内に入れば、臭いは更に増すばかり。眉間にシワが寄るのがわかった。暫く歩けば、鍛冶場のすぐ側の廊下に横たわる遺体が一つ。遠目で見ても既に事切れた事がわかる程の血溜まりに、真っ赤に染まった髪は元々白髪だったのだろう。刀工である苗字家の祖父であった。
 その脇から続く赤い足跡は恐らく敵のもの。それを追えば暫くして当主である男性の遺体も投げ捨てるように横たえられていた。
「ちっ」
 足跡は先の部屋に続いていた。そこで相澤は人の気配を察知する。決して隠していない気配に警戒しつつ、足を進める。扉に手をかけたその時。
「あんた誰」
 ひたりと首に冷たい鉄が添えられた。


 加州清光は後悔した。あの日の事を何年も何百年も。戦が終わった後もずっと、ずっと。ガラスの砕け散る音と共に、訪れた終わりを加州清光は忘れない。
 それは時間遡行軍による本丸襲撃であった。
 練度が上限を超えた刀剣は決して少なくなかった。修行を終えて、極となった刀だっていた。けれど、手入れ部屋を守りきれなかったのが痛手だったのかもしれない。鍛冶場が穢れてしまった事が本丸の浄化を滞らせたのかもしれない。全ての刀剣が主の無事を祈り、主の命を守る為に一振、また一振と折れていった。
 こんのすけの叫びが、仲間の姿が、主の悔しさと悲しみに満ちたその顔が。加州の頭から離れない。

「逃げて 主」

 気付けば加州清光は刀の姿でどこかに保管されていた。主、主。顕現されていない刀に手足などないのに、それが普通であったのに。手足がないのが辛かった。今ここがどこなのか。主がどうなってしまったのか。自分で探せないのが辛かった。
 加州清光にはわからない。主がどうなってしまったのか。彼は生きているのだろうか。意識だけの状態で、後悔だけが彼の頭を占めていた。主、主、主!!
 まるでその想いに応えるように、加州が仕舞われていた桐の箪笥が開かれた。
 加州はあるはずのない視界に眩しさを感じた。鞘に、小さな手が触れる。感じた眩さに加州は気付く。その魂を、眩いまでの強い光を放つその魂を、加州清光は知っていた。
「名前ちゃんダメよ、危ないから」
 女性の声がして、小さな手が加州から離れていく。待って!主!
 そんな加州の声が聞こえたように、幼子は目を潤ませて母を見た。
「なまえの!かしゅう、なまえの!」
 母はいつもとは違う幼子の様子に、困ったように眉を下げる。そんな様子を見ていた男性が笑って言う。
「いいじゃないかママ。名前、パパか爺ちゃんがいる時だけ。引き抜かないって約束できるか?」
 コクリと頷く幼子に、あっさりと加州清光は渡された。どうして主がここにいるのか、どうして再び合間見えているのか。そんなことはどうでもよかった。今ここに主がいる。加州清光はそれだけで十分だった。
(次こそ、守るよ。主)




続いたら長編にします。以下設定↓↓↓

デフォルト名:劔 審 (15)

PERSONAL DATA
所属:雄英高等学校ヒーロー科1年A組
出身:名部中学校
Height:174cm
血液型:A型
出身地:埼玉県
好きなもの:刀剣
戦闘スタイル:近接戦闘

HERO‘S STATUS
パワー●●●○○ C
スピード●●●●● S
テクニック●●●●● A
知力●●●●● S
協調力●●○○○ D

"個性" 付喪神
眠っている物の想い、心を目覚めさせ、物に自ら戦う力を与える!!
物に眠る想いが大きいほど物体は自我を持ち、強力な個性となるぞ!
顕現数は鍛えれば鍛えるほど増加しており、限界はまだ未知数!!

詳細
前世は戦半ばで命を落とした審神者。
今世はヒーロー間でも有名な刀工の家系に生まれる。



katharsis