究める先は違っても

 雄英高校。日本で一番有名なその学校の倍率の高さは言うまでもないだろう。入学した生徒の何十倍もの受験生が毎年涙を流す。
 優れたプロヒーローによる授業と手厚い支援が約束されているのは、優れた卵のみ。そう優れた有精卵のみが、雄英高校に在籍を許されるのだ。

――キーンコーンカーンコーン
 校内に鐘の音が鳴り響く。午前最後の授業を終え、生徒はぐっと背を伸ばす。
「午後は戦闘訓練。準備して集合しとけよ」
 はーい!と元気よく返す1年A組の生徒達の声に、相澤消太は教室を出た。手に持っていた教科書を脇に挟み、開いた両手で携帯食を開き口に運ぶ。相澤にとって最優先は合理性、すなわち時間の有効活用。行儀、マナーの類は他人に迷惑の及ばない程度の最低限度があればよいものであった。
 ―ヂュッと音を立てて吸えば一瞬で薄くなったそのパックをポケットに押し込み、職員室への道を歩む。少し早足で隣を過ぎて行く生徒の背中。相澤から見えなくなる頃には駆け出しているのだろう。自分が生徒だった時の周りもそうだった。いつの時代も変わんねえな。
 少しの懐かしさを覚えながら、相澤は職員室への道すがら一つの教室を通り抜ける。隣の教室とは違い、一切物音がしないその教室は2年B組。
 本来ならば、今年度 相澤が担当するはずの教室であった。
 基本的に雄英高校は、担任共々持ち上がりのカリキュラムを取っている。すなわち、昨年度1年B組の担任であった相澤はこのクラスを用いるはずだったのだ。
 ちらりと無人の教室を見やる。使用されない机と椅子が端に積まれ、施錠されたそこは、イベントを除いて、少なくとも今年一年このままである。
 この教室が使われていないのは正真正銘、相澤 彼自身の所為であった。前代未聞の一クラス全生徒のヒーロー科からの除籍。プロヒーロー、イレイザーヘッドからみて彼らはヒーローになる有精卵でなかった。それだけのことであった。
 一人を除いて、皆が雄英高校から去っていったが相澤は自分の判断を後悔していない。
「相澤先生」
 後ろから名前を呼ばれ、相澤は脚を止めた。聞き覚えのある声は、間違える事も忘れる事もない。昨年、相澤からの除籍を受けながら唯一学科を変え、雄英高校に残ることを選択した少年 苗字名前であった。
「苗字か。どうした」
「ちょうど良かったです。今職員室へ向かおうかと思っていたので」
 名前はそう言うと肩に掛けていたトートーバッグから、両手のひらに乗るほどの直方体を取り出した。カパ―と直方体をメガネケースのように開くと、名前はその中から黄色いゴーグルを取り出した。相澤には勿論見覚えがある。
「これを今度使ってみて頂いてもいいですか。パワーローダー先生から許可は取得済みです」
 ここで改めて紹介しておこう。
 苗字名前。元雄英高校 ヒーロー科1年B組であり、相澤による除籍後 唯一雄英高校に残った 校内並びにプロヒーローの間でも名の知れた少年である。
 現在はサポート科2年H組に所属し、その頭脳と個性を遺憾なく発揮している。個性名は「解析」。その名の通り、すべてを解析してしまう とても強力な個性だ。
「性能は?」
「相手の筋肉の強張り、骨の軋みから動きを解析予想します。将来的には僕の個性をそのまま写す感じにしたいんですが」
「…敵個性の特定か」
「はい。僕が"見て"ヘッドセットで説明なら簡単なんですが…」
 そう言って名前は うーんと言葉を濁す。名前の個性は他人の個性の解析を可能とすることを、元担任である相澤はよく知っていた。彼がその個性を、何とか他のヒーローと共有できないものかと考えていることも。
「個性の解析は未だに難しいんですが、動きの先読みはなんとか。先生のゴーグルに形状、重量は揃えましたので使いにくさは無いかと。脳に特赦な電波で情報を送ります。視覚情報は取らないので戦闘に問題はないかと思いますが、何かあったらこのスイッチで唯のゴーグルになります」
「わかった…この後の授業で使おう。放課後また来い」
「はい。ありがとうございます!改良点は些細な事でもお願いします!」
 そう言って頭を下げて、ラボへ帰って行く名前。活き活きとしたその表情はヒーロー科では決して見せなかったものだと相澤は思う。個性も頭脳も、身体能力も決して悪くなかった。いや寧ろ今まで見てきた中でトップクラスだった。それでも除籍としたのは、明らかに彼がヒーローを目標としていなかったから。
『ヒーロー科に入ったのは、戦闘経験が欲しかったからです。個性を利用した戦闘経験が欲しかった。それだけです』
 そう悪びれる事なく言った名前を相澤は忘れないだろう。彼は言った。
『僕の個性は「解析」です。これは僕一人が使うよりも、プロヒーローが共有すべきものだと思います。そして、その為に戦闘経験が欲しい。プロヒーローが戦闘中に常時使える物として、僕は自分の個性をサポートアイテムにしたいんです』
 彼がその実力を懸命に伸ばしたならば、プロヒーローにもなれるだろう。だが彼の考えはそれに止まらなかった。一ではなく多を。個ではなく全を。ヒーローになるつもりはない。そう言いながら、その姿は既にヒーローだった。
 ヒーローになるつもりが無いものをヒーロー科に置くなんて、そんな不合理極まりない事はすべきではないのかもしれないが彼のその姿勢に、除籍まで猶予を付けた。そして、きっかり一年後。2年に上がる際に、名前を除籍とした。
 転科した後、新学期が始まってすぐに彼のアイテムが校内のコンペで他を圧倒した。早速授業で使用されるようになったそのアイテムの数々に、驚かないと言ったら嘘になる。だが、それくらいはして貰わないとなと言うのも正直なところか。
 その後、個人的にアイテム試用の打診があった。『アイテム使用の飲み込みが早そうなのと、忌憚ない意見をくれるんじゃないかっていうのが大きいです』そう言って頭を下げた彼のその熱意の先をみて、除籍にしたのは決して間違いじゃなかったと相澤は確かにそう思う。
 だか少しだけ。惜しかったと、ヒーローとなった彼が見たかったと相澤はそうも思うのだった。


おまけ
「いかがでしたか?」
「お前…対多数であの情報量を捌いてたのか…?」
「?いえ、本来はあれに加えて個性情報、触覚、味覚、聴覚、嗅覚の情報からも解析が加わります」
「…そうか。すまんが対多数になるとこっちの頭の処理が追いつかない」
「!も、申し訳ありません!」
「いや。お前との頭の違いだろう。悪いな」



色々捏造すみません。雄英高校ヒーロー科 除籍後は普通科、経済科、サポート科に入る事も出来るみたいな設定あります。専門教科の違いがありそうなんで、転科後は暫く補修続きですが。
でもヒーロー科除籍生はプライド高いから基本みんな退学していくイメージ。

主は元々サポート科志望だったんだけど、自分の個性がまずどの程度までヒーローとして通用するのかって事と戦闘経験からデータ化する際の改良点を見出したいって事でヒーロー科を受験する。早めにそのデータ取っとけば、ヒーロー科卒業しても、大学行ったりして作れるだろうしって感じでいた。

メモにデフォルト名とかあるけど、一応書いとこう。

究析 智識(きわせき ちしき)
たぶん個性婚。脳科学者「分析」と医師「スキャン」。
個性「解析」
五感で感じ取ったものを片っ端から解析するぞ!敵の個性も弱点も、解析出来ないものはないってマジか!!
弱点は人間頭脳故の許容量上限だが、頭の回転の速いこいつにはそれすらも問題じゃねえ!!



katharsis