13


森へと探索に出た私と甲斐君。一歩一歩、森の奥へ進む甲斐君にはぐれない様について行く私。

「ここは舗装されてないから歩きにくいね〜」
「あぁ?これは整ってる方だぜ。本当の獣道はもっと草が茂ってるしな」
「そうなんだ!甲斐君って、よく山歩きとかするの?」
「あんましないな。どっちかってと海に行く事が多いからな」
「そっか。沖縄だもんね〜」

他愛のない会話をしながら足を進める。少し段になってる場所とかは、甲斐君が手を貸してくれる。…甲斐君って、本当に優しいよね…。

「あっ、ぃやーは何か部活してないのか?」
「部活?してるよ〜コーラス部!」
「あ〜、確かにぃやー歌上手いもんな。合宿とかあらんば?」
「あるよ〜!8月末にあるコンクールに向けての合宿!こんな遠出する様な合宿じゃないけどね」
「まぁ、これが特殊だろ」
「あははっ、だね〜」

そう楽しく話してた。

「あっ、そう言えば甲斐君って裏手使いなんだってね」
「あぃ?ぃやー、何で知ってるば?」
「平古場君に聞いたんだ!」
「………」
「…甲斐君?」

黙り込んだ甲斐君を、私は体を屈めて覗き込んだ。

「…そういやー、凛と話してたもんな」
「うん!色々話してくれたよ〜!楽しかったし。これで平古場君とも、少しは仲良くなれたよね!」
「……そうかよ」
「……どうしたの?甲斐君」
「…何もあらん」

そう言って先を歩き出した甲斐君。
……何か、私気にさわる様な事言った?

「甲斐君?」
「………」
「ねぇ…甲斐君」

甲斐君の後を歩きながら声を掛けるが、甲斐君は無視。
…さっきまで笑って話してたのに…これじゃ心がもやもやするよ!!
私は駆け足で甲斐君の前に回り込み、両腕をぐっと掴んだ。

「ねぇ甲斐君!私何か気に触る様な事言った?!黙ってちゃ、何もわからないよ。…私、まだ皆の事…甲斐君の事知らないから、嫌な事とかあったら、ちゃんと言って欲しい!少しずつでも、甲斐君達の事知って行きたいから!」

甲斐君が目を丸くして見てる。そして、呆れた様に笑ってくれた。

「ぃやー…何て言うか…強いよな」
「…強い?…甲斐君よりずっと弱いと思うけど…?」
「ははっ!力がって事じゃあらんに」
「?」

何が強いのかさっぱり分からない…どういう事なんだろう?

「…それで…どうして急に機嫌悪くなったの?」

恐る恐る聞いてみた。

「ん?…あぁ。…ぃやーは気にすんな。多分…これはわんの問題やっし……」
「えぇ?!凄く気になるよ!」
「ははっ!」

さっきのモヤモヤした気持ちが晴れて、私達は2人は足を進めた。
最後の甲斐君の言葉が凄く気になるけどね…。



***



「……ッ、待った!」

あれから少し歩いた時だった。そう言って私の前に腕を出して、草陰に体を隠した。

「どうしたの?」
「しっ、頭低くしろ」
「うっ、うん」

口の前に人指し指を立て、小声で言う甲斐君。私は言われた通りに体を屈め、甲斐君の横についた。

「あれ見ちみ。そっとだぞ」
「うん………、ッ!!」

甲斐君が指さした先を草陰から覗きこむと、その先には――
木陰に隠れて話す、景吾と手塚さんの姿。

「海側の大将と山側の大将。こんな所でコソコソ会うなんざ後ろめたい事がなけりゃしないさー」
「………」
「この位置からじゃ話の内容までは聞き取れないか」

やばいよ。景吾の事疑ってる甲斐君達にこんな所見られたらますます誤解されちゃうよ……でも今この場に出ていく事もできないし…甲斐君に今のは見なかった事に…なんて言う訳にもいかないし…。
そう考えてるうちに、景吾達は話を終えたのか、別れてこっちへ降りて来る所だった。

「よし、二人が立ち去るのをやり過ごすぞ」

私達の前を景吾が通り過ぎ、手塚さんが山側へ戻って行くのを確認して私達は草陰から姿を出した。

「行ったな。よし、すぐ木手に報告するさー」
「……」

私達はもと来た道を引き返していった。先へ進む甲斐君を追うけど、私の足取りは重かった。



***



「………」
「…苗字?」

木手君に報告したら、ますます疑われる。でも、だからって私に出来る事って言っても…何もない…どうしよう…。

「苗字!」
「っえっ?…ぅわぁっっ!!」

考え事をしながら歩いてた私は、窪みに足元を掬われこけそうになった。
ギリギリの所で甲斐君が支えてくれたから、倒れなくて済んだけど…。

「ぼぉーっとしながら歩くと、危ないやっし」
「ごっ、ごめんなさい…」
「……ぃやーの気持も分かるさ」
「えっ?!」
「ぃやーは…跡部の事信じてたのに、あんな所見ちまったんだもんな」

あぁ…そう言う事か。私がどうしようか悩んでるのがバレたのかと思った…。

「でも、心配すんな!…いざとなったら…わんがぃやーを…守ってやんよ」
「……甲斐君」
「…とっ、とにかく!木手に報告に行こうぜ!」

甲斐君の誤解がとけた訳じゃないけど…でも…私の心は弾む様だった。

『いざとなったら…わんがぃやーを…守ってやんよ』

その言葉が…私の心を暖かくする……駄目だと思っても…広がって行くこの想い……私は…この想いを止める事なんて……できるの?
って!それどころじゃないよ……とにかく、今は考えても仕方ないよね。皆がどうするか…それからでも大丈夫…なはず……ん?
私は前を歩く甲斐君に目をやった。
あれ?…甲斐君…何だか左足…。

「…甲斐君、どうしたの?」
「え?ぬ、ぬーが?」
「何だか歩き方が変だよ?…もしかして、さっき私を支えてくれた時足くじいたんじゃ…」
「そ、そんな事ねぇって。気のせいだ気のせい」
「……ほんとに〜?」
「…じゅんにさー」
「じゃあ、足みせて!」
「なっ、何でだよ」
「確かめるから」
「そんな必要ないって。何にもないって…っつっ!!」

左足を後ろにひいた瞬間、甲斐君の顔が歪んだ。

「やっぱり左足痛めたんでしょ!ちょっとそこの岩に座って」
「別に何ともないって――」
「いいから座るの!!」
「っ!…分かったよ」



***



苗字に言われて、わんは近くにあった岩に腰を下ろした。
くぬひゃー、怒ると怖いよな…。

「…痛む?」

苗字は屈んで、わんの足首を擦りながら言った。

「…少しな」
「…捻挫かな?」
「まぁ、ちょっとくじいただけやっし、大丈夫だって」
「ダメだよ!全国大会控えてるんでしょ?!少しの怪我でも試合に影響しちゃうって景吾言ってたもん」

そう言って立ち上がった苗字は、横に向いて手を差し出した。

「?」
「私の肩に掴まって」
「えっ?!そっ、そんなのカッコ悪いさー」
「カッコいいとか悪いとか、そんな事言ってる場合じゃないでしょ!!」
「わっ!びっくりした。怒鳴るなよ」

わんの正面を向いて、腰に手を置いて怒る苗字。

「怒鳴るよ!今は小さな怪我でも、悪化して全国大会出れなくなったりしたらどうするの!!」
「うっ…」
「…私は、この合宿に参加してる皆に全国で最高の試合をしてほしい…。だから、こんな事で意地をはるなんてやめて!!…意地をはるなら、全国大会で試合に勝つためにはりなよ…ね?」

諭す様に、優しく笑って言う苗字。
…苗字って…おかしなヤツだよな…。

「……そうだな。わかった。ぃやーの肩、借りるさ」
「うん。どうぞ」

わんは苗字の肩に掴まり、ゆっくり山道を降りて言った。

「あー…ぃやー、ちっこいな」
「そりゃ甲斐君と比べるからでしょ?」
「重かったら言えよ」
「大丈夫!いつも助けて貰ってるし、これくらいは恩返しさせて貰わなきゃ!」
「……ぃやー、変なヤツだよな」
「えっ?!…それどう言う意味?」
「あぁ。悪い意味じゃないぜ?ぃやー、自分が倒れた時は大丈夫だって言って無理しようとするくせに他人が怪我した時は無理するな!って怒鳴るだろ?」
「……だって、大切な人が苦しむ姿…見たくないじゃない?」
「えっ?」
「大切な人達が苦しんでて…私ができる事があるなら何でもしたい。それで、その人達が笑顔になってくれるなら。…そう思うのは…おかしい事かな…?」
「……」

苗字は、照れながらわんを上目遣いで見てきた。
…そのちらがでーじかなさんで、わんも一緒に赤くなった。

「…そっか。…わかったさ…」
「…何がわかったの?」
「…いやっ、こっちの話。…ありがとな」
「ん?」
「ぃやーが心配してくれた事、…嬉しかったぜ」
「…へへっ、どういたしまして」

何で…苗字の事気になるのか…やっとわかったさ…。
自分の事より、他人が大切で、そいつらの為に、一生懸命になるくぬひゃーが…
やわらかい…優しい笑顔をする苗字が…

わんは……好きなんだ――

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