17


痛い。切れた所がチリチリ燃える様な感じがする。
森を出た私は、とにかく血を洗い流そうと炊事場に向かった。
幸い誰も居ないみたい。…でも、もうすぐ夕食の時間だから早く済ませないと…今日の当番誰だっけ?
そんな事を考えながら、傷口に洗った。
水を当てると、痛みが腕に走る。片目を瞑り、痛みに耐えながらも傷口を洗った。
…3人共、変に思ったよね……心配してくれたのに…でも触られないで、本当によかった。

「…名前か?どうしたんだ」

いつもの様に樺地君を後ろに引き連れてやってきた景吾。
今日の当番は氷帝なんだ…。
私は何でもないような顔をしたけど、景吾が私の腕を見て顔色を変えた。

「お前!どうしたんだ、その腕?!樺地、タオルだ!」
「…ウスッ」

景吾に言われ、持っていた鞄から白いタオルをだし、差し出した樺地君。
受け取った景吾は、それで私の傷口を縛ってくれた。

「あっ…ちょっと木から落ちちゃって…」
「木から?!…一体何してたんだ」
「採取に行って、バナナ見つけたから皆に持って帰ろうとしたの。…そしたら…」
「…バカ野郎…それで他に怪我した所はないのか?」
「うん。…甲斐君が受け止めてくれたから」
「…甲斐…か」

景吾の顔が少し曇った。そう思ったのも束の間、景吾は樺地君に夕食の用意をする様に指示し、私の肩を持って少し離れた所まで歩いた。

「…お前、最近比嘉中の奴らと一緒に居る事が多いな」
「…うん。それが…どうかした?」
「…もう、あいつらと余り関わるな」

厳しい目をして言った景吾。

「…どうして…そんな事…言うの?彼らだって、この合宿に参加してる仲間じゃない」
「だが、俺達と行動を共にしてるわけじゃねぇ。いつどこで何をやってるか、俺の監視できる範囲は限られてくる。お前も…いつ何があるかわからねぇ体だろ…」
「……うん…」

静かに…厳しく言い放つ景吾の言葉…。私は、視線を下に落とし、小さく頷いた。

「…とにかく…もう、比嘉中の奴らとは関わるな…」

景吾は、私の頭をポンと叩いて炊事場に向かった。私は、暫くその場に立って、夕日輝く海を眺めていた…。



***



夕食を済ませ、部屋に薬を忘れたのを思い出し管理小屋へ向かう途中…また発作が来た。
管理小屋の側だったから、すぐ薬を飲んで苦しみを和らげる事は出来たけど…。
…もう、薬はない…。来る度に苦しさが増してる…息をするのがやっとなくらい……次来たら……どうなるんだろう。私……耐えきる事ができる…のかな…。
ベットに寝転んで体を少し休める。
…身体中がだるく、重い…。
額の上に手をのせ、目を瞑った…。

『とにかく、…もう比嘉中の奴らとは関わるな』

景吾の言葉が、頭に響き渡る。
……ごめんね…景吾。何度も何度も…心配かけて…私の事…思って、言ってくれてるんだよね…。でも…ごめんね。やっぱり…私はもっと、比嘉中皆の事……甲斐君の事…知りたい。甲斐君と……残された生命(じかん)を一緒に過したい…。こんなにも…愛しい人に出逢えるなんて…思ってなかった。甲斐君が私にくれる言葉、笑顔…その1つ1つを…胸に刻み込みたい…。

胸に手をあて、閉じてた瞼をゆっくりと開ける。ちょうどその時、私を呼びに来た辻本さんが管理小屋の扉をあけた。また体調が悪いのかと心配してくれた…。笑って返したけど、…やっぱ疲れは取れてないみたい…。
大事を取って、夕方のミーティングは休ませて貰う事にした。

その後、寝てしまったのか気がつくと、窓の外には黄色く光る星が空一面に広がっていた。
ちょっと黒い雲があるな…スコールが来るのかもしれないな…。
ベットから体を起こし、背伸びをした。

「ぃたっ!…っっ〜〜、力入れると傷に響くなぁ…」

…そう言えば、私比嘉中の皆にお礼言ってなかったな…。心配してくれたのに……やっぱり一言お礼しなくちゃ!
私は窓に映る自分を見て、少し身なりを整えてから、比嘉中の皆がいる、離れのロッジへ向かった。
離れのロッジが見える所まで来ると、ちょうど甲斐君が中から出てきた所だった。

「おーい!甲斐君!」
「…苗字?」

手を振りながら駆け寄る私に、甲斐君も走って近づいて来てくれた。

「もう大丈夫なのか?傷…」
「あっ、うん!この通り!」
「そっか。よかった」
「ごめんね。…あの時私テンパッちゃってさ…お礼も言えないままで…」
「いいって別に。そんなの気にする事じゃねーよ」
「…思えば、私…甲斐君に受け止めて貰ってばっかりだね」

私は笑って言った。

「そう言えばそうだな〜。船から脱出する時も、ぃやー落ちて来たしな」
「あれは甲斐君が飛べって言ったんだよ!」
「あははっ」

こうして一緒に笑いあってる時間が…私には凄く大切…。

「あ、そうだ。ちょっと待ってろ」
「?」
「すぐ戻ってくっからよ。どっか行くんじゃねーぞ」
「…うん、わかった」

駆け足でロッジの中に戻った甲斐君。
…何だろう…?
その場に立って甲斐君を待ってると…後ろから足音が聞こえた。

「…名前。お前、ここで何してるんだ…」

声に振り返ると、……景吾が少し離れた所で立っていた…。


「…景吾。…今日助けて貰ったお礼…言いに来たの」
「…そうか。…もう言ったのか?」
「…うん、まぁ」
「だったら、もうロッジに戻れ。…雲行きも怪しくなってきたからな。一降りくるかもしれねぇ」
「うん。…もうすぐしたら帰るよ…」

笑顔で答えてみたけど、…景吾が真剣な顔してるから――。

「…お前が比嘉中の連中を気に入ってるのは知ってる」

小さく、いつも強気な事ばかり言う景吾の声が…悲しみをおびていた…。

「だが、あの連中をほおっておくと計画に支障がでる。あいつら、何か感づいてるみたいだしな…」
「………」
「このままだと、次あいつらがどんな行動に出てくるかわからねぇ。もしもの時が起きてからじゃ、遅いんだぞ」

諭す様に静かに言う景吾の言葉が…響く。

「…分かってる…」
「じゃあ…」
「大丈夫!絶対危険な事しないように、私見てるから…だから――」
「…そう言う事かよ――」

私と景吾が話してると…後ろから声が聞こえた。
一瞬……心臓が止まったのかと思った――。
ゆっくり振り返った先には………私を見る……甲斐君の姿。

「甲斐…君……」
「…ぃやー…やっぱり跡部の差し金だったのか」
「ッ、ちがっ…」
「違うって言えるば?!わったーを騙してたのは事実だろ!!」
「………」

怒りと…悲しみに満ちた瞳が……私を見つめる。
…何も言えず…私はただただ、黙るしかなかった――。

「…仲間だと……思ってたのにな…最低さ――」

そういい捨てて、甲斐君は…ロッジへ戻って行った。
甲斐君が去り際に何か落とした。私は…ゆっくりとそれを拾い上げた…。

「これ…は……真…珠……」

もしかして…これを渡す為に…?
掌に乗った真珠を見つめてると、真珠に一粒の雫が落ちた。それは、徐々に多く、激しくなり、私の体に当ってははねる…。

「……名前」

ゆっくりと立ち上がり、景吾の方を向いた。景吾は…やるせない顔をして、私を見てる。

「…ははっ…最低…って…言われちゃ…った」

恐れていた事が…現実となった。

「わかって…たん…だけど…ね……。やっぱり…っキツィ…ね…」
「………」
「…私…決めてたの。後悔はっ…絶対…したくな…ぃって……」
「………」
「…だかっ…ら…、自分の…したいっ……思ったこ…と…全部……したいって……思った…」
「………」

私達に打ち付ける雨…その雫を一身に浴びて、私達は立ち尽くしたまま――

「でも……まちがっっ……てたの…かな……」
「………」
「比嘉中の…みん…なと……い…っしょ…に…いた…いって……っ思っちゃ……いけなかった…のかな…」
「………」
「…甲斐…くんと……一緒に…いたいって…思っちゃ…ぃけな…かったかな…後…悔…しないって…決めた……の…に……」
「……名前」
「甲斐くん…を……好きに…ならな、ければ――もっと生きたいなんて……思わなっっ…かったのにっっ!!」
「、ッッ!」

景吾が私の体をきつく……抱きしめた――。

「…――っ」

耳元で呟いた…めったに聞かない…景吾の『すまねぇ』って言葉――

ごめんね……景吾…。景吾は、私が何してるかなんて…お見通しだったんだよね…それで…私のしたい様に…させてくれてたんだよね?比嘉中の皆と関わるなって言ったのも…私が傷つかない様に…言ってくれたんだよね…。ありがとう…ごめんね…景吾…。

「ッ、ごめっっ……ありがっっ―」
「もう…いい。泣きたい時は…素直に泣け………」
「―ッ、ぁぁっ…ぅぁああぁぁああッッ――!!」

声を出して泣いた。
景吾は、私の声が周りに聞こえない様に、私の顔を自分の胸に納めて抱いてくれた。

…ごめんね……景吾――。
ごめんね――甲斐君…皆―。騙して…本当にごめんなさい。
でも…これだけは…信じて貰いたかったな。皆に仲間だって……言って貰えた事……本当に…心の底から嬉しかった――

もう…伝える事は…出来ないのかな――。



***



「………」

あれから泣きつかれたのか、苗字は管理人小屋に着いて着替えを済ますとすぐ眠ってしまった。
辻本と小日向もその場に居たが、跡部と苗字の様子を見て、気を使って席を外した。

「………」

眠ってる苗字の前髪を優しく撫でる跡部。眠りながらも、まだ涙を流す彼女を…辛そうに見つめている。
暫くして、ベットに下ろしてた腰を持ち上げその場を去った。彼の向かった先は――



***



「どうしたんだ、裕次郎?」
「……ぬーが」
「さっきからベットにうつ伏せになって…何考えてるんば?」
「………」

何も応えない甲斐を見て溜息をひとつ落とし、平古場は木手の横に付き、小声で話し始めた。

「…永四郎…、裕次郎どうしたんだ?」
「さぁ…まぁ、甲斐君がああなる時は、たいてい彼女が関係してますね」
「あぁ、苗字か――」
「わんの前であにひゃーの話さんけ!!」

平古場と木手に背を向け寝転がったまま叫ぶ甲斐。その声にびっくりした2人は何が起こったのかと互いの顔を見合った。その時、ロッジの扉が叩かれた。
木手がゆっくりと扉を開けると、そこにいたのは――

「…珍しいですね。キミがここにくるなんて。…しかもそんなずぶ濡れになって。……いったい、何の用です?跡部くん」
「…お前達に話がある」

髪からポトポト落ちる雫を気にもとめず、まっすぐ目を向ける跡部。

「…中へどうぞ」

その目を見て、木手はロッジの中へ招き入れた――。

しおり
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