寝る子は育つ


 タイミングが悪かった、としか言いようがない。
 錦は図書館で借りてきた本に夢中になっていた。人の気配には敏感だが、気がそれている時はさすがのレーダーもポンコツである。読み始めたのが夜という点も悪かった。いくら日中起きているとはいえ、やはり深夜の方が調子がいい。読書は非常に捗った。
 本に集中している錦を、偶然早くバイトをあがった凌が発見してしまったのである。
 午前一時半。リビングで電気をつけず本を読んでいた錦は、何事もなかったかのように本を閉じた。

「……。おかえりなさい、凌。じゃあわたくしは寝るわね、おやすみなさい」
「待て待て待て」

 自室へ引っ込むところを、すくいあげるように確保される。分厚い本は没収され、錦は凌と向かい合わせに座った。

「俺は、今日も錦が寝に行ったのを確認してからバーに行った。夜更かしはせずに寝ろと、何度も言ったよな?しかも電気点けずに本読むとか」
「……ごめんなさい」
「……一緒にいられないから、あんまり厳しくも言えねーけど。ちゃんと寝なさい」

 凌は言葉を探しに探して絞り出した、と言わんばかりの渋面だった。親子としてそれなりに上手くやっているが、いざという時の距離感をはかりかねているのだろう。
 夜は眠ればいいだけの話だ。錦にとっては難しいだけ。せめてもう少し気を付けないと、と反省とは程遠いことを考える。せっかく得た大事な父親から見放されたくないし、偽造親子関係は気に入っている。

「……バーがお休みの日」
「うん?」
「一緒に寝てくれる?」

 凌は目を瞬いてから、苦笑して錦の頭を撫でた。呆れた風だったが、「おおせのままに」などという声は嬉しそうだ。
 凌の目には、錦が甘えきれない子供として写る。一方で錦は、凌が人に飢えているように見えた。



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