お惣菜が半額
夕方五時、近所のスーパーは主婦や一人暮らしの学生で賑わっている。新しくはないが小綺麗で、安さから地域住民が多く利用している。
錦は凌と手を繋いで、値引きされ始めている商品を眺めた。
「錦ー、何か食べたいものは?」
「なんでも食べるわよ」
「それが困るんだけどなー」
「わたくしは食べなくてもいいくらいだもの。凌の好みで構わないわ」
「食べてはもらうぞ。俺はネグレクトじゃない」
凌は一端錦と手を離すと、段ボールに無造作に入っている野菜を適当に袋に詰める。錦は凌の足にぴったりくっついて、主婦の波から逃れていた。
錦は凌が何を作ろうが、文句を言ったことは一度もない。何を買っても意見しない。出てきたものは美味しいと食べるし、たとえ飯抜きでも気にしないのである。
「赤魚が安い。煮付けと、ムニエルと、塩焼きでいけるな」
「お一人様三枚まで。六枚買えるわね」
「……取るか?」
「なら、挑戦してみようかしら」
トングを受け取って、冷凍赤魚フィーレを掴む。凌が準備している袋へ、ぽいぽい放り込む。合計六枚確保すると、錦はふんすと凌を見上げた。
「褒めてくれてもいいのよ」
「見事な手際、恐れいった」
「ふふ」
周囲の微笑ましげな視線を感じつつ移動する。
凌が精肉コーナーの値札を睨んでいるとき、錦ははっと口許を押さえた。何か衝撃的なものを見たような、あるいは重大なことを思い出したかのような緊張感だ。錦の視線は練り物のコーナーに向いていた。
「凌……」
「んー?」
「わたくし、前サラダに入っていた食材で気に入ったものがあったの」
「うん?ゆで卵?コーン?」
「いいえ」
「何入れてたっけ。じゃがいも?ハムか?」
「いいえ。あの、赤い練り物よ」
「……あ、カニカマか」
カニカマ。色や形、食感を蟹に似せたかまぼこ。味は蟹とほど遠いが、非常にメジャーな食材だ。外国でも、和食ブームにのって大流行しているという。
錦もまた、初めて食べたカニカマの虜だった。特に味があるわけでもない。けれど、プリプリした食感とほぐれる感覚に魅了されていた。
「カニカマ、カニカマが食べたい」
「お、おう」
ガチトーンの錦に、凌が若干引いたような顔をする。錦は猫を一匹被ると、その場で小さく跳ねた。
「パパぁ、カニカマがたべたい。カニカマかって、パぁパー」
ぴょんぴょん。とたとた。
子供の武器を総動員している上、元の美貌も相まって攻撃力が非常に高い。そしてねだっているものがカニカマ。凌の耳にも小さな笑いが届いていた。
凌は苦笑しながら、分かった分かった、と錦の頭を撫で付ける。
「カニカマも買えないほど、貧乏じゃないからな」
「わぁい!パパ、だいすきー」
一パック八〇円のカニカマで得られる"パパ大好き"に、その場にいた父親たちが心のなかで涙を流す。我が子の純粋無垢な時代が脳裏をよぎった。
カゴに二パックのカニカマを入れると、錦はすっかり猫を仕舞う。
外国産の安い肉と、いつも買っているシリアル、足りない調味料。必要なものは全てカゴに入った。混雑するレジに向かうが、錦は不意につんのめって足を止める。
「……凌、買ってもいいのよ?」
酒瓶の並ぶ棚を見つめている凌に告げる。安いビールを買っているときはあるが、本当はいい酒を飲みたいに決まっている。ビールやチューハイではなく、ワインやウイスキーをよく見ていることも知っていた。
「あーいや、いいよ。ビールが飲みやすいのは嘘じゃないし」
「バーボン、ライ、スコッチ」
「……」
「よく見てるわよ、貴方。たまには贅沢したって誰も怒らないわ。わたくしもカニカマ買ってることだし」
「カニカマとウイスキーは同列に並ばねーよ」
「せっかくなら綺麗な瓶のものにしてくれるかしら」
「……仰せのままに」
所詮スーパーに陳列されている酒だ。その中の安価なものを選んだところで、家計が追い込まれるわけではない。
錦に説得された体で、凌はバーボンを一つカゴにいれた。
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