暗号じみた真実


 諸事情により殉職した赤井秀一は、別人に変装することで任務を継続することになった。だが、上司以外は赤井が死んだものと思っているので、仕事らしい仕事は出来ない。精々が凶悪組織に狙われている少女の警護だ。本人の了承を得ずに盗聴器を用いた、限りなく黒に近いグレーなギリギリ警護である。
 拠点にしていたボロアパートが全焼し、協力者の少年の手引きで立派な洋館に引っ越すことになった。愛車は爆発炎上、家は放火全焼。火とは相性が悪いのか、沖矢(日本人)らしくお祓いでも行くべきかと思案しながら荷ほどきしていると、点けっぱなしにしていたテレビから衝撃的なニュースが流れた。
 十億円強奪事件の犯人グループの三人目が逮捕された、という。
 彼女は死んだはずだ。変装が得意な組織幹部が化けたのかと思ったが、『逮捕』されたというならば少々おかしい。部外者が犯人を騙る意味も分からない。
 組織の仕業か、全く関係のない部外者か、本当に彼女が生きていたのか。激しく動揺する赤井のもとへ、タイミングよく協力者の少年がやってきた。

「沖矢さん、ちょっと知らせたいことがあって……すぐに来たかったんだけど、ボクも混乱してて。今大丈夫?」
「ああ、構わない」
「赤井さん、ニュース見た?」
「……ああ、さっき見た」

 コナンの話と自分の疑問の内容は一致しているらしい。すぐには済まないと判断し、二人分のコーヒーを入れてソファに腰かけた。
 先に話し始めたのはコナンだった。数日前、広田雅美――宮野明美が、自首したいが署に出向くと騒ぎになりそうなので懇意にしている警察官に内々に話を通してもらいたい、と探偵事務所を訪ねてきたという。コナンは最初、偽物を疑ったが、犯罪者としての明美になりすますメリットがないことと、コナンと明美の会話内容を知っていたことから本物だと判断。小五郎が目暮警部に連絡し、身柄を引き渡したそうだ。
 ここまでで、目の前の少年が保護したわけではないことが明らかになった。
 明美が十億円強奪事件時に毛利探偵事務所を訪れていたことは、赤井も知っている。コナンに組織の存在を話したのが明美であることも聞いている。ゆえに頼れる場所として毛利探偵事務所を訪ねたのは理解できるが、問題は別にある。
 今までどこにいたのか。どうやって生き延びたのか。なぜ、今になって出てきたのか。

「明美は負傷した後、海に落ちて行方不明だったはずだ。確かに、遺体が上がったという話は聞かないが……」
「パトカーと救急車が来てたし、すぐに捜索もしたんだ。もちろんボクも探したよ。あの状況で、一人で逃げ延びられたとは思えない。怪我も酷かった。一刻を争う状態だったはずだ」
「搬送を嫌がったのでは?組織の人間が紛れていることを危惧し、瀕死の重傷を装って離脱。……ならば、なぜ今出てきたのかが疑問だな」

 組織にそそのかされ十億円を強奪したのは想像に難くない。その後、逃亡する際に自分が頼られなかったことが不甲斐なく悔しい。
 彼女を見捨てた自分がいうには、おこがましいという自覚はあるが。それでも、本気で彼女を愛した。愛しているのだ。

「今出てきた理由については……恋人のお墓参りに行けないのは嫌だからって言ってたよ」

 コナンが苦し気に言った言葉が刺さる。
 赤井の愛車が炎上し死体が出たというニュースを見たのだろう。潜伏していたなら、情報源はニュースや新聞のみで、それだけでは死者が赤井である確証は得られなかったはず。
 不確かな情報であっても、赤井死亡説を払しょくできず、自首したのだとしたら。自分を見捨てた恋人の墓参りに行くために、完璧な潜伏を止めたのだとしたら。自分の罪が重すぎて、身動き出来なくなりそうだ。

「埠頭での失踪から今までどこにいたのか、話していたか?あれだけ完璧に潜伏していたんだ、協力者がいて当然だろう」
「うん、そこは認めてたけど、話してはくれなかった。迷惑がかかっちゃうからだろうね」
「明美の顔は報道されていなかったから、純粋な善意で、怪我をしたワケあり女性を保護していただけの可能性があるからな」
「『世界で一番優しいお母さんのママをしてた』って言ってたけど……」
「……暗号か?」
「しっくりくる答えが見つからないんだ」

 不可解な点はあるが、生きているというのならば、それ以上は求めない。
 もし、何者かが何らかの思惑があって明美に成りすましているのならば、ブチ抜いてやらねば気が済まない。

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