Bourbon


 まとまりのない連中とはいえ、組織であることに違いはなく、酒の席につくこともある。NOCという立場上、酔って緊張が緩まないように酒を飲むことは避けているが――酒には十分強いのだが、警戒するに越したことはない――かたくなに拒否するのはかえって不審であるし、組織の連中も、スパイが酒を飲みたがらないのは当然知っている。そのため、たまには誘いにのるようにしていた。
 バーボンは指定された店に入った。相手はなんとジンである。仲良しこよしな訳はなく、NOC疑惑がかかっているバーボンの監視・牽制のためなので笑えない。潜入捜査は全く気が抜けない。
 組織の連中が好みそうな、薄暗く、けれど上品なバーだ。BGMはピアノと、喧しさとは程遠い静かな客の声。BGMが落ち着いているのに、不思議と他の客の声が耳に入らないのは、互いに干渉を許さない適度な緊張感のせいだろうか。
 ボーイに、店の奥に通される。フロアから死角となるようなテーブル席には、予想通り黒をまとったジンと、見たことのない女がいた。この席にいる時点で、女が組織のメンバーであることは確実だ。洋服が黒一色なのはお約束である。

「フン、来たか」
「お待たせしてしまったようですね」

 既にテーブルにはグラスと、チーズやナッツが並んでいた。待ち合わせの時間には遅れていないが、ジンは早くからこの店に来ていたのか――否、彼女が先客らしい。バーボンは、二人の前にあるグラスを冷静に観察して、そう判断した。
 三人掛けのカシミアに腰を下ろす。女とジンが同じソファを使用しているので、ちょうどその間に来る位置をとった。適当に注文を告げ、不審がられない程度に女を観察する。
 ショートブーツを脱いでリラックスしている様子は、なんだかんだ身なりが整っている組織メンバーらしくないし、とてもじゃないが潜入捜査官には見えない。グラスを持ってソファに身を預け、ぐったり、という表現がぴったりだった。組織に属する者特有の鋭さや威圧感も皆無で、ただの一般人にも見える。擬態に長けているらしいが、それにしても、人を殺す組織に属しているようには見えない。
 バーボンが女を観察すること数秒、ある人物に思い当たってしまった。秘密の多いこの組織には珍しく、その特徴とコードネームがよく知られている人物。コードネームは、確か。

「――ガヴィ?」
「こいつと会うのは初めてか、バーボン」
「ええ、話には聞いていますが……」

 ただの華奢な女――それがガヴィの特徴だ。おそろしいのは、特徴ともいえない特徴を持つ彼女が、ボスの懐刀と言われていることである。
 ボスについての情報は、幹部(コードネーム持ち)でさえ知らない。ボスの右腕ともいわれるラムについても、性別体格なにもかも明らかでない。にも関わらず、ボスの懐刀と称されるガヴィは、姿をよく見せるという。
 ガヴィは眠たげな眼でバーボンを一瞥する。ぞくり、ともしない。拍子抜けするが、だからこそこんな席にいることが異様だった。

「あなたがバーボン?」
「ええ。初めまして、ガヴィ」
「ハジメマシテ、お疲れさま」

 ガヴィは肘置きを手の甲で二度叩く。コンコン、というこもった音に、バーボンは苦笑した。

「直球ですね……」
「……じゃ、僕はもう出るから。あとは二人でごゆっくり」

 ガヴィはグラスの残りを飲み干すと、いそいそとブーツを履き始める。全く酔った様子がなく、酒には強いらしい。残りのつまみは食べていいから、と一方的に言い、あっさりと席を立った。
 バーボンは貴重な情報源を少々苦く見送り、しかし気の進まない席に来た甲斐はあった。神出鬼没なガヴィの話は前々から聞いていたが、実際に会えるとは。
 ガヴィが見えなくなると、見計らったようにジンが煙草に火をつけた。珍しく吸っていないことは疑問だったのだが――灰皿も空だった――禁煙した訳ではないらしい。

「彼女とも約束を?」
「会ったのは偶々だ。少し聞きたいことがあったんで、ついでにな」
「……ガヴィ、煙草嫌いなんですか」
「ああ」

 煙草嫌いを気遣うジンというのも予想外だ。作戦指揮の多いジンと、ボスの懐刀であるガヴィとは接点もあるだろうし、案外親しいのかもしれない。そんなバーボンの考えは、ジンの吐き捨てるような一言で否定された。

「点けた途端に、無言で握りつぶしてくる。一箱ゴミになった時点で、あいつの前で吸うのはやめた」
「素直ですね?」
「乱闘の末に愛車を消し炭にされりゃ、嫌にもなる」

 低い声で唸るジンに、思わず噴き出した。
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