Kir


 アナウンサーとしての仕事を終え、空いた時間で入ったバーに、見覚えのある姿があった。
 黒いブラウスに黒いスカート、黒いショートブーツ。全身を黒でコーディネートし、酒の購入時には毎回年齢確認されるであろうことは想像にかたくない女だ。
 このバーは繁華街にあり、仕事終わりの女性客やカップルが利用している"ふつうの"店。リーズナブルで、地元情報誌にもよく広告を出しているからか、平日でもよく賑わっている。
 幻覚かと疑ったキールだが、店員をあしらって、カウンターに座る彼女へ歩み寄った。

「――ガヴィ。奇遇ですね、こんなところで会うなんて。貴女、こういう店にも入るんですか」
「落ち着かないけど、たまには毒を飲みたい気分にもなる」

 良いものを飲みなれているからこその台詞だ。噂通り、中々の酒好きらしい。店員には幸いにも聞こえていなかった。
 ガヴィはフルーツを食べながら、隣のスツールの軸を軽く蹴る。座れ、ということらしい。断る理由もないので――あわよくば、ボスやラムの情報を引き出そうかと、キールは要求通りに腰掛けた。
 キールは、何度かガヴィと顔を合わせているが、ゆっくり話したことはない。これは降ってわいた好機だ。ただ、酒に酔ったように見せる薬を、隙を見て服用しなければならない。ガヴィは非常に酒に強いらしく、同じペースで飲んでいられるか分からない。
 キールは店員に酒とつまみを注文し、ガヴィのグラスをみやった。

「何飲んでるんですか?」
「バーボンのロック」
「……日本酒が好きだと聞いたことがあったんだけれど」
「どっちかというと。バーボンは、この前会ったから。あなたと同じ、ドアを叩く苦労人」
「あの優男ですか……彼と仲間の疑いまであるんですけど」
「猛獣を飼ってる、中々いい男だった」
「好みですか?」
「抱かれてもいいかな」

 童顔とはいえ三十路手前の男に、抱かれてもいい、と言う未成年にも見える女性というのは、少々世間体が悪い。少しむせた。
 キールは気を取り直して酒を飲みながら、ガヴィの様子と店内を観察する。ガヴィはいつも通り何も変わったところはないし、やはりこういう店は密談に不向きだ。なんとか情報を引き出したいのだが、どうすればいいのか。ガヴィは比較的付き合いやすい組織のメンバーだが、神出鬼没で、ろくに連絡が取れないとも聞いていた。
 
「貴女、そういう話をするイメージなかったわ……」
「どのイメージもないだろ?あなたとも、そう関わりはないから」
「違いありませんね」

 ジンやベルモットと対峙するときのような、緊張感がない。それが逆におそろしい。殺気をもたない暗殺者ほど、厄介なものもないだろう。
 キールはペースを乱されないよう、流されないようにいつも以上に用心していた。呑気に酒を飲んでフルーツをつついているが、ガヴィはボスに非常に近い人物なのだ。
 ……直球で聞いても、構わないだろうか。

「ねえ、貴女っていつも誰と組んでいるんです?あまり仕事の話を聞かないんですけれど」
「誰とも。ライと、ジンとは、組んだことあるけどな。普段は一人」
「ご一緒してみたいものですね」
「足にはしてやれるよ」

 ガヴィがカウンターに肘をついて、煽るようにキールを見やる。何杯飲んだのか分からないが、全く酔った様子はない。
 対照的に、キールは一杯目で火照ってきている。組織が普段利用する店よりも格段に明るいせいだろうか、キールは、ガヴィがどこか驚いたのを感じた。

「よっわ」
「自覚していますよ、けれど飲みたいときもあるんです」
「もう水にしとけ、アルコール中毒はこわいぜ?」

 とても、ほいほい人を殺す組織のメンバーが言ったとは思えない。だが冗談ではないようで、ガヴィは速やかに水を申し付けていた。


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