ボツった8-1


(ここで新一と合流するのも考えた)

 ガヴィ脱走を受け、新一は計画していたキャンプの中止を決めた。新一と宮野の不参加が決定し、中止せざるを得なかった、とも言う。
 服部、遠山、蘭の三人で、子どもたち三人を見ることは出来るだろうが、キャンプの目的からは遠くなってしまう。普段顔を合わせ辛い宮野と子供たちの交流の場、彼女を待たせがちな服部と新一の挽回の場だ。
 だが、キャンプの中止を子どもたちが快く受け入れるかと言えば、別の話だ。新一と宮野が体調不良ならばまた違ったのだろうが、彼らは健康体で、急ぐ用事もない。ただ、同行出来ないだけ。予定のキャンセルを言い渡された子どもたちを宥めるのは簡単ではなく――これは事情を明かせない保護者役も同様だ――代替案として杯戸ショッピングモールに出かけることにした。
 距離も近く、新一も宮野も蘭も行き慣れた場所だ。休日故に人出は多くなるだろうが、地の利がないキャンプ場よりは精神的にも楽だった。
 面白みのない場所に子どもたちは最初こそ不満そうだったものの、すぐにテンションを上げた。主に服部のおかげで。服部は新一の反応から"なにかある"と察したようで、ショッピングモールを夢の国のようにプレゼンしたのだ。さすが、対組織戦でともに入院した仲である。
 杯戸ショッピングモールは広いテラスや観覧車も設置されており、買い物以外にも楽しむ要素は多くある。
 昼前からショッピングモールに入った一行は、充実したゲームセンターで許される範囲の小銭を使い、フードコートで昼食を摂った。

「この後は?」
「観覧車だろ!」
「外せませんね!」
「行こ行こ!」

 元太、光彦、歩美が駆け出し、保護者役の五人が後を追う。
 八人が同じゴンドラに乗ることは出来ないので、観覧車前でチーム分けとなる。新一と服部は「ここは俺らと」「悪いけど姉ちゃんには子どもら任せて」と小声で話し合っていたが、当の彼女二人が率先してチーム分けのじゃんけんに参加してしまっていた。
 新一、服部、歩美、光彦。
 蘭、遠山、宮野、元太。ハーレムだ。
 結果、ちぐはぐな組み合わせになる。歩美と元太の代表者じゃんけんでは元太が勝利し、元太らが先に観覧車に乗ることになった。
 
「負けちゃった……」
「大丈夫ですよ!連続で並ぶわけですし、すぐ乗れますから」
「そうだけどー……」
「まーまーええやん。ほら、はよ並びに行くで」 
「そういやこの観覧車、前に爆弾事件があって七二のゴンドラが吹っ飛んで死人も出たらしい」
「工藤……今それ言うんか」

 子どもたちはもちろん、服部も顔を引きつらせる。宮野には肘で小突かれたが、今更発言撤回は出来ない。八人で黙とうをしてから、観覧車に乗る列に並んだ。
 あまり待つこともなく、元太らの番になる。蘭、遠山、宮野も乗り込み、手を振った。分かれればすぐに新一らの番だ。
 歩美と光彦に急かされるように、ゴンドラに乗り込む。
 一周回った後、顔面蒼白の宮野に出迎えられるとは思いもしなかった。




「あ、隣のゴンドラが見えるぞ!おーい、光彦ー!歩美ー!」
「はしゃぐんはええけど、もうちょっと落ち着いて!揺れとるって!」

 体を大きく動かして手を振る元太を、遠山が注意する。不安定なゴンドラで無暗に動くのは中々スリリングだ。子どもにしては体重のある元太ならば尚更である。
 宮野は小さく笑って、元太に高くなる景色を示す。元太は隣のゴンドラとの接触をやめ、窓にぴたりと張り付いた。

「うおお、たっけー……」
「ショッピングモールの観覧車にしては立派だわ。人気なのも頷けるわね」
「食事も買い物も楽しめて、観覧車にも乗れるなんてお得よね。ねえ、あとでショップも見て回らない?」
「ええな!買い物やったら、男女で分かれた方がええかもな」
「それは様子を見て決めましょ。男性陣が手持無ち沙汰になりかねないわ」
「モチブタ?食いモンか?」
「本当、小嶋君は食べ物の話題に敏感なんだから。残念だけど"手持無ち沙汰"は食べられないわ」
「あーなんか腹減ってきた」
「さっき食べたとこやで!?やめときぃ」
「さすが関西人、突っ込みが冴えてるわね」
「……志保さん、それって褒めとるん?」
「ええ。ねえ、蘭さん?」
「ふふふ、うん」

 気安いやりとりに、宮野の心も和らぐ。宮野志保に戻ったからこそ、彼らとの何気ない日常はかけがえが無く大切だ。
 灰原哀の親戚の宮野志保は、彼らと知り合ってまだ浅い。月日だけでいえば灰原哀と変わらない長さだが、過ごした時間は灰原哀の方が断然長い。灰原哀ほどの信頼関係は築けていないが、彼らは持ち前の人懐っこさと好奇心で、宮野を慕っている。蘭と和葉にはやや警戒されていたが、それも以前の話。ぽっと出の女子大生が好きな男の子と親し気なら、気にするなというほうが無理な話で、宮野は一切根に持っていない。子どもたちは、山小屋から助け出したことがあるからか、宮野を頼れる大人に分類しているようだ。
 
「あ、もうすぐ終わりだね」
「乗っとるだけやけど、観覧車も楽しいわ」
「彼と二周目乗ってもいいわよ?」
「えっ」
「なっ」
「お、開いたぜ!腹減ったー!」

 一瞬で紅潮した二人に笑みがこぼれる。「今日は無理かもしれないけど」と間食を求める元太に肩をすくめながらゴンドラを出た。
 蘭と和葉はもがもが反論のようなものを口にしながら降り、暴走しそうな元太の確保で照れを誤魔化している。花より団子な元太は、二人の顔が赤いことを全く気にしていない。
 恋する乙女は、可愛く可憐で美しいものだ。
 宮野は眩しいものを見るように目を細め、何気なく隣のゴンドラの鍵を開ける係員に視線を移す。すると、とん、と死角から肩を叩かれた。

「!すみませ、」
「Hey, Shiho! I didn't expect to find here! How have you been? 」

 髪をゆるく巻いた女性が、ハイテンションで話しかけてくる。よそ見をしていたせいでぶつかったのかと思いきや、女性は明らかに『シホ』と発音した。見開いた目も宮野を映しており、懐かしい友人に会った、と嬉しそうに飛び跳ねている。
 名前を知っていること、英語であること、久しぶりという言葉から、アメリカの大学で出会ったのだろうとあたりをつける。だが、残念ながら心当たりがない。申し訳ないが名前を聞こうと口を開きかけ――突然冷えた女性の目に息を飲んだ。

「Follow my lead, Sherry. Remenber, right?」
「っあ、なた……!」

 殺気も敵意も感じないが、同一人物とは思えないほど表情が抜け落ち、声の調子すら変わる。
 ガヴィ、と震える息で吐き出すと、瞬時に笑顔が戻る。
 宮野は呆気に取られている蘭たちを一瞥し、ゴンドラから降りたばかりの新一に視線を送った。宮野の様子と見知らぬ女性に違和感を覚えたのだろう、新一は困惑を浮かべながら歩み寄って来る。
 自然と一行に囲まれた女性は、まくしたてていた英語をひっこめ、満面の笑みを浮かべた。

「シホがアメリカに留学してた時に知り合ったの。まさか、こんなところで会えると思わなくて興奮しちゃって!日本大好きで、この通り日本語も得意よ。よろしく、シホのお友達!」
「志保お姉さんのお友達!?」
「アメリカ人なんですね!」
「さっき何言ってんだか全然分かんなかったぞ!」

 案の定、好奇心旺盛の子どもたちがガヴィを囲む。外国人という壁はあるものの宮野の友人、かつ、フレンドリーな女性とあって、蘭や遠山も話に加わる。
 宮野は気が気ではない。ガヴィの嫌いなものは煙草と子どもだと聞いている。今すぐにでも引きはがしたいが、宮野は逃げ出したいのをこらえることしか出来なかった。

「ねえ、悪いんだけど、少しの間シホを借りられないかしら。わたし、夕方には東都を出る予定なの。次いつ日本に来られるか分からないし、シホと話したくって……ねえ、シホ?」
「っええ、そうね。どこかカフェにでも入りましょうか」

 別行動は好都合だ。ガヴィの提案に頷くと、子どもたちは残念そうにしつつも仕方ないと納得してくれた。
 宮野とガヴィは近くのカフェに、他は元太の希望もあってもう一度フードコートに。そう話がまとまり始めたところで、新一が手を上げた。
 
「あー……俺も、宮野と行っていいか。アメリカの大学の話も聞きたいし」

 宮野の様子が気にかかったのだろう。新一が頭をかきながら、ガヴィに許可を求める。宮野にとっては願ってもない申し出だ。ガヴィと二人きりなど、生きた心地がしない。
 アメリカの話、に子どもたちも食いつくが「大学の小難しい話はオメーらに早い」と新一が一蹴した。同じく食いついてきそうな服部は、不思議と静観の体勢をとっている。
 固唾をのんで、快活な笑顔の女性を見やった。

「もちろん、構わないわ!行きましょう!」

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