4月@

「おめでとうございます。あなた方は本校の誇りであり、素晴らしい才能を持った生徒であるのです」

「…、そっか。今日から……」

 新入生という共通の称号を持った超高校級の人間が一堂に会し教授の話に熱心に耳を傾けている。かくなる蒼も例外ではなかった。ただ一つだけ違うところがるとすれば、その心の持ちようである。
 希望ヶ峰学園とは、人より頭一つ抜きんでた才能を持つ高校生が『超高校級』として入学、才能を磨いていく学校である。そこでは成績よりも才能に重きを置き、各々に好きに行動をさせている。あるものはゲーム三昧、またある者は賭博三昧などその自由に幅はない。
 しかしそこに凡人と自負する『超高校級の???』こと蒼がいることは言い過ぎではないくらい異常なことだ、と本人は思っている。どこか他人事のように降ってくる声に耳を傾けて彼女はそこに立っていた。

「__ので、各人自由におのれの才能を磨き道を築き上げていってください」

 長い演説が終わり拍手とともに客足が遠のいていく。さしてどうしようなどと考えもせずに蒼もそれに倣った。学校を見て回ったりだとか友達をつくるなど人が楽しみそうなことを考えることもなかった。またそれに別段深い意味があるわけでもないのだが。
 蒼は自分の才能が何なのかとんと思い出せなかった。どうして自分がこの学園に入学することになったのか、その経緯や今までの彼女の生活についてすら。親はいたのか、どう育ってきたのかいくら考えても一かけらのヒントは出なかった。それでも超高校級として選ばれた。しかも、???という意味の分からない才能の名前で。学園側に説明を求めたがこれといって納得した答えは出されなかった。何故か彼女は???だったのだ。そしてこれから???として学園生活を送ることになる。
 自分のことが何もわからない状態だったわけで、蒼はまず人並みの常識を持ち合わせようと躍起になった。所々体が勝手に覚えていることもあったが、言葉の知識が抜け落ちていたことは死活問題であった。この国のマナー、友人との接し方、いざとなったときの護身術。ありとあらゆる知識を蓄えるために入学するまでの間本を読み漁った。因みに家はなかったので大学が持つ敷地の家に仮住まいさせてもらっていた。学校を見て回る必要がないのはこのためでもある。その一念が実を結んだのか、今は前と比べて苦労することも少なくなった。まわりに知り合いも増えてそれなりの生活を送っている。

「あー!いたいた!蒼おねぇ!!」
「あ、西園寺ちゃん。待っててくれたの?」
「そんなわけないじゃーん!蒼おねぇが迷子になってそこらの変態どもに唆されでもしたら困るでしょ?だから仕方なーくここで待ってあげたの!…ほ、ほんとに仕方なくだよ?」

 そういう割にはもじもじとしている西園寺に「わかったよ。待っててくれてありがとう」と頭をなでると彼女はそっぽを向きつつ赤い顔をする。彼女は今日から同じ寮で過ごすことになるルームメイトだ。とはいっても元々初対面ではなく偶然の成り行きでこうして仲良くすることになった数少ない親しい友達である。因みに才能は超高校級の日本舞踊家。

「もー、先生の話って何で毎回ちょーーー長いの?くたびれすぎて立ったまま眠るところだったよ」
「あ、それ私も思った。やっぱり面倒くさいよね」
「だよねー。…あ、それで面倒くさすぎて暇つぶしに前にいる男子を蹴ってやったらさあ、ドミノ倒しに倒れていったんだー!そしたら一瞬話が止まったんだよね!」
「あの時の騒音西園寺ちゃんが起こしたんだ…」

 因みに蹴られた男子は髪をピンクに染めて黄色いはだけた服を着ていた如何にも悪い奴だったらしい。まったくその男子には同情するしかない。 
 西園寺は蒼の素性や生い立ちも彼女自身から聞いており、それを知ったうえでなんとでもないと絡んできてくれる。生活に困っていた彼女をサポートしてここまで保ってきたのも彼女のおかげでもあるといっていい。とりわけ、自分のことをたくさん話してくれる西園寺とは一緒にいて楽だった。行きかう人にお構いもせずに話し続ける彼女に、蒼も気づけばまわりに彼女一人しかいない錯覚を覚えていた。要はそれだけ会話に夢中だったということである。

「__でねでね、この前学校の近くにたった和菓子屋さんがすっごく評判で!行ってみたらすっごく可愛い和菓子がたくさんあったんだ!特にお花の形でその上に金箔が乗ってるやつがほんっとに美味しくて!蒼おねぇはもう行った?」
「いや、そのお店自体知らなかったよ。今度案内してくれる?」
「えー知らなかったの!?ほんっと蒼おねぇはこういうところに疎いよね!…ま、別にいいよ。行ったら絶対通になること間違いなしだって」
「_____」
「…蒼おねぇ?」
「…、うん。西園寺ちゃんの紹介するところはいつも外れがないから。楽しみだなぁ」

 しかしほんの一瞬だけそれが妨げられることになった。あまりにも一瞬のことで、それはまたすぐに過ぎ去ってしまったのだから、西園寺はおろか蒼自身でさえも今の間はなかったものだと考え直す。通り過ぎた幾多の人々のなかでたった一人、妙に引きつけられる人物がいたこと。正しくは、その人物によって引きつけられたという事実を。

『にしし』と言う笑い声が耳に木霊して、すぐに消えていった。

 単なる聞き違いではなくそれが彼女自身に向けて放たれた声であったことは後になっても永遠に明かされることはないだろう。
 降り積もる桜の上を行き、才能の分からない彼女の学園生活はそうして幕を上げる。

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