5月E 探偵の帽子編 了

「…本当にごめん」

 最原は赤松と蒼に頭を下げた。二人が全ての事情を話し、首謀者は二人自身だったのだと知った後にも関わらず彼は首を垂れた。真摯に、帽子を脱いで。これには二人も同じように返すほかなかった。結局最原が今回の事件の一番の被害者で、あらゆる方向でダメージを負ったのだから。

「そんな、謝るのはこっちだよ!計画したのは私だし、最原君も赤松さんも危険な目に遭わせてしまって」
「…でも、その計画を一緒に考えて最原君を騙していたのは私だから。謝るのは私の方だよ。本当に、ごめんね」
「いや、そんなことは……とにかく、今回のことは僕の責任なんだ。いつまでたっても過去のことを引きずってるせいでこんなことになってしまった。…だから」

 帽子を置いて最原は二人に向き直る。遮るものがなくなり端正な顔立ちがより表立って見えた。ピンと背を伸ばして、拳を作ってはっきりと告げる。

「もう迷わない。次こんなことが絶対に起こらないように、探偵として努力していくよ」
「最原君…」
「…王馬君が何であんなことしたのかはわからない。だけど、何か理由があったとしても今回のことは許せない。また同じような…いや、それ以上のことが起きてはいけないからね」

 そう言って最原は笑う。つかえがとれたかのような朗らかな笑みだった。最終的には計画の目標は達成した、のだろうか。赤松がガッツポーズをして蒼の肩を思い切りたたく。よろけながらも蒼は安心して彼女を見た。

「…ごめんね、赤松さんも。大切な鞄なくなっちゃって」
「ううん、いいのいいの!最悪の事態に備えて中身は全部抜いてあったし、また同じようなものを買えば良いもん!」
「あ、あのさ…僕で良ければ…鞄、弁償させてくれないかな…?」
「えっ!?い、いいよいいよそんな!」
「私からもお願い!二人ですっごく可愛いやつ探してくるから!」
「蒼さんまで!」

 弱ったな、と困ったように笑う赤松と結託する二人。予算は気にせずいこう、デザインはどうしようか、などと二人で勝手に話を持っていこうとすると「わかったから!」と制止を受ける。今回まったく役に立てていないので、せめてこれだけでもと譲れなかった。赤松はしょうがないという様に二人に許すと、そのままウィンクして人差し指を立てた。

「その代わり!その鞄は今度三人で出かけるときに一緒に買うこと!…いい?」
「はい、もちろんです!」
「そんなことで良ければいつでも誘ってよ」

 じゃあ約束、と誓い合ったところで授業終わりを知らせるチャイムが鳴る。かれこれ一時間過ごしていたのか、と考えるより早く焦った声が聞こえてくる。どうやら二人ともトイレに行くと言って授業を抜け出してきたようだった。かくいう蒼は無断で休んだのだから一番罪が重い。先生に怒られることは避けられないだろう。

「あー……それじゃ、職員室に行こうかな」
「今頃皆心配してるよね…迷惑かけちゃったな」
「…今回のこと、先生に報告した方がいいかな?結構大きな事件になっちゃったけど…」
「…それだけはご勘弁を」

 元々秘密裏に行おうという話で、もし事が公になれば蒼も赤松もただではおかなくなる可能性があった。特に蒼からしてみれば生活費は全て大学側から工面してもらっているので、何か不祥事に巻き込まれ原因が彼女にあると知れると支援を打ち切られかねない。その他の超高校級の生徒も絡んでいる事件なのだから猶更である。

「…王馬君はこの事を伝えるかな?」
「いや、可能性は低いと思うよ。そうなると彼自身の身も危なくなる訳だから」
「…そういえば、二人はどうしてこの場所が分かったの?すごくタイミング良く来たからびっくりしたよ」
 そう言うと二人は驚いたように蒼を見る。どうしたのかと問えば、彼女たちはどうやら誘導されて来たようだった。

「珍しくダイレクトに書置きがしてあったんだ。『授業を抜け出して、この教室に来い』って。…もしかしてそれも王馬君の仕業なの?」
「…本当に、良くわからない人だね」

 ただの気まぐれで動いていると言ってしまえばそれまでだが、今回の一連の流れが彼の思惑通りである辺りどうも引っかかることが多い。そして去り際に蒼に呟いた言葉。あれは何だったのだろうか。これ以上事を起こすな、彼のように振る舞え。何故こうも蒼のことを知ったように関わってくるのだろうか。いくら考えても分からなかった。



「…あ、蒼!どこへ行っておったのじゃ!」
こんこんと沢山の説教を受けて疲れ果てて帰路につく途中のこと。声をかけられて振り返るととんがり帽子が目の前で揺れた。珍しく不満げだと見て察することが出来る彼女の原因は、言わずもがな蒼達にあるであろうことは容易に想像できた。
「ごめん夢野さん。ちょっと用事があって。……珍しいね。一人?」
「転子は格闘技の稽古、アンジーはスケッチでそれぞれの部屋に閉じこもっておる頃じゃ。わしも早く行って魔法の研究をせねばならん」
 やはり超高校級。日々の自身の才能磨きを怠らない、と蒼は素直に感心する。自分も大学の期待に副えるように頑張らなければ、と一人意気込む。
「来週の儀式のこと、忘れてはおらぬな?」
「もちろんだよ。すごく楽しみにしてる」
 勘違いするではない、それを確認したかっただけじゃ。そう告げると夢野は別れの言葉も言わずにそそくさと去っていこうとする。照れ隠しなのが見え見えで思わず苦笑していると、行きかけた夢野が戻ってくる。何か言いたげな表情で、わずかに口角をあげた。
「喜ぶがよい。…次回は他に例のない魔法をかけてやるぞい。珍しいゲスト付きじゃ。それではの」
 なんでもないその言葉に何か悪い虫の知らせを感じたのはきっと気のせいであってほしい。蒼は不穏な気持ちを隠して夢野に別れを告げたのだった。

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