Chapter1 〜欠片〜





「此処が朽木さんの家?」


屋敷の前できょとんとしていると、頷いた彼に手を引かれた。

降ろしてくれたのは良いんだけど…どうしたのかな朽木さん。

目が寂しそう。


屋敷に入ると、使用人らしき人達が朽木さんに膝を着いて頭を下げていた。


「…夕食の用意を。風呂も沸かせ」


「畏まりました」


彼が指示すると、使用人達が散っていく。

ここの人達は死神じゃないみたいだった。

だって、瞬歩使ってないもの。


「…玲」


ぼうっと彼らを見送っていると、朽木さんに呼ばれた。

着いてこいって事なんだろう。

この人は冬獅郎よりも口数が少ないから。


大きなお屋敷の縁側を歩いて行く。

隊舎とは違う、和風の部屋。

殆どが畳の室内。部屋を区切るのは襖と障子。

中庭に綺麗な池があって、錦鯉が泳いでる。

鹿威しが偶に音を鳴らすその庭は、思わず足を止める程綺麗に手を加えられていた。


「…珍しいか」


「うん。情報として知ってても実際見るのは初めてだか…ら……あ」


気が抜けていたらしい。

言わないでおこうと思っていた事がするりと口をついて出てしまった。


「…言いたくないのならば言わずとも構わぬ。私は其方を探るつもりはない」


そう告げる漆黒の瞳は酷く静かで。

この人が本気で言っているのだとすぐに分かった。


「…誰にも言わないでくれる?」


「其方がそれを望むのなら」


なんの躊躇いも無く応える彼に、私は苦笑した。


「いいの?隊長さんなのに、隠し事して」


「構わぬ。誰も秘密の一つや二つあるものだ」


「…それがどんなに危険な秘密でも?」


試す様に真っ直ぐ漆黒の瞳を見据える。

けれど、それは少しの揺らぎも見せなかった。


「其方が、それが危険だと認識しているうちは、周囲に害は及ばぬであろう」


なんでこの人は、こんな事を言ってしまえるのだろう。

今日初めて会った私に。

どんな性格かすら、まともに知ってるはず無いのに。

これじゃあまるで、私を完全に信用しきってるみたいじゃない。


「なんでそんな事、言えるの?」


発した自分の声が、震えていた。

漆黒の瞳が、真っ直ぐすぎて、泣きたくなった。


「其方の瞳には邪気がない。唯、強い信念がある。私が口を挟める事とは思えぬ」


強い人だと思った。

何も知らないはずなのに。

唯私の目を見ただけで、受け入れると言うこの人が。

隠す必要なんて、あるだろうか。

冬獅郎には、流されるままに話してしまったけれど。

この人は多分無理には聞かない。

それでも、玲と言う名をくれたのはこの人で。

冬獅郎と同じぐらい、私にとっては特別な人だから。


「話、聞いてくれる?」


「…部屋へ入るか」


頷いた彼は、縁側を少し進んで、襖を開いた。

必要最低限の物しか置いてない、広い部屋。

床は当然畳で、燭台に灯りが灯っていて。

淡い光が部屋を照らしている。

布団は既に敷かれていたけれど。

朽木さんは、何処からか座布団を持ってきて、文机の近くに座った。

私も置かれた座布団に座る。

そして、防音の結界を張った。

他の人には、やっぱり聞かれると、困るから。



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