Chapter4 〜華奢〜
「っおい!どうした?!」
ひやりとして駆け寄ると、気怠げに目を開いた玲が疲れた、と零した。
「霊力を消耗したのか?」
そう問えば、綺麗な顔が苦笑に変わる。
「まさか…。砕蜂の霊圧に合わせて反鬼相殺なんて続けてやったからかな。脳の神経焼き切れそう」
「…つまり?」
「…やっぱり制御装置造る」
結局ちゃんと説明しないまま、眠りに落ちた玲に、小さく溜息を吐く。
言いたくないが、恐らく自分よりもずっと脆弱な存在に合わせて力を制御するのが思うよりも疲れるのだろう。
霊圧が上がった今なら分かる。
今の状態で、平隊員なんかと戦えば、加減することに疲れる自信がある。
反鬼相殺なんて以ての外だ。
あれは相手の術と同質同量、逆回転の術をぶつけて相殺する高等技術。
仮に今俺が平隊員の鬼道を連続で相殺なんてすれば。
制御ミスして殺してしまう未来しか浮かばない。
…霊圧制御、もうちょっとやった方がいいか。
軽く自己嫌悪に陥って溜息を吐き、羽織を玲に掛けてから、執務机に向かう。
松本はまだ戻っていない。
招集された副隊長達は追って総隊長に説明でも受けているのだろう。
長椅子で眠る彼女のお陰で、机には当日分の書類しか置かれていない。
何でも出来てしまうのも考えものだな、と綺麗な寝顔に視線を向けて思う。
もしも出来ないことがあったなら、彼女はもう少し人を頼っただろうか。
あんな無茶な事を、笑ってやってしまうような性格には、ならなかったのだろうか。
自分に口止めしたくせに、やけにあっさり白状し、その上他の死神の霊圧を操作した彼女を見て、俺はよくわからない焦燥と恐怖に駆られた。
初めは誰だって良かったんじゃなかったのか、とか。
玲の自分への感情は、最初に会ったから唯懐いているだけなのではないかとか。
そんな事を考えているうちに、隊主室の扉が開いて。
「玲!あんた死神として認められたのね!良かったわねぇ!」
そんな言葉と共に部屋へ飛び込んでくる乱菊と。
その後ろに付いてくる阿散井と檜佐木の姿が映った。
他の人の気配を感じてゆるりと目を開いた玲に、乱菊が飛び付く。
「あんたが死神じゃないなんて今日初めて知ったわよ?もう。どうして言ってくれなかったの?」
抱き締められながらぼうっとしている玲は、松本の言葉に首を傾げて。
「…死神?…私が?……いつ?」
そんな単語をゆっくりと溢した。
あぁ、寝惚けてるな、と理解したのは俺だけで。
松本は玲の様子に心配そうに眉を寄せる。
「どうしたの?玲、元気ないじゃない」
「…んぅ…後四半刻…」
そんな言葉と共に再び目を閉じようとした玲に、
「おい、お前霊圧上げられるだってな?」
そんな問いと共に、檜佐木が近付く。
度、琥珀の瞳をが開いて、奴を睨み付けた。
乱菊を引き剥がして、檜佐木を視線を真っ直ぐぶつける。
「だから?手っ取り早く強くしてもらおうって?」
「いや、すぐ強くしろとは言わねぇ。お前にそんな義理がねぇことぐらい分かってる。…修行付けてくれねぇか。今のままじゃ…東仙には勝てねぇ。でも、どうしても、超えてぇんだ!」
奴の瞳に暫く見つめた玲は、小さく溜息を零して、その腰の斬魄刀を見やる。
「自分の斬魄刀の存在を嫌悪してる貴方がどうやって強くなるというの?」
「っ…!」
玲の言葉で、檜佐木の目が見開いた。
初対面のはずなのに、何故そんなことまで分かるのか…なんて疑問は最早持たない。
「対話なさい。その子と。どうしてそういう名であるのか、姿形であるのか。斬魄刀の力も姿も能力も。全てが自身の深層心理と直結していることを理解なさい。それすら出来ない人に教える事なんて何もない」
冷たい、突き放す様な声音。
何時もの無邪気な話し方とは全く違う雰囲気。
しかし、それは全く違和感を感じさせない。
それが本来であるかの様に、するりと彼女の姿と馴染む。
檜佐木が何か言おうとしたが、玲の雰囲気がそれを許さなかった。
暫く俯いた奴は分かったと言葉を残して、隊主室を出る。
一緒に来ていた阿散井も、座ったままの玲と去っていく檜佐木を見比べた後、俺に一度頭を下げて、部屋を出て行った。
閉まった扉がを見届けて、玲がふっと溜息を吐く。
それから、俺をちらりと見て微笑むと、掛けてやっていた羽織を被り直して、また長椅子で丸くなった。
そんな些細な事に、どくんと鼓動が早くなるのを感じて。
誰に良かったわけじゃないと、先の言動で理解して。
自分は認められているんだと自覚した。
それだけで妙な焦燥や、靄が掛かったように重かった心が軽くなるのだから不思議だ。
執務机に座ると、奥の部屋から茶を手にして戻ってきた松本が、
「あら、玲寝ちゃったんですか?」
と、残念そうに眉を下げていたが。
「今日は彼奴に頼るなよ。偶には自分で仕事しろ」
茶を受け取りながら圧を掛けると、松本はちらりと玲を見て苦笑を浮かべて。
「疲れちゃったの、私のせいですかね」
何処と無く反省した様子で、大人しく筆を握った。
さぼり癖が板に付いた此奴にまでこんな顔をさせる玲の影響力に、微かな不安を覚えながら。
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