Chapter5 〜遊戯〜
先に十番隊の隊主室へ足を向けた私は、扉の前でなんて説明しようかと悩んでいた。
「おい玲、居るんだろ。入れよ」
扉を叩く前に、中から声がかかり、そっと中に入る。
「…何があったんだ」
執務机から此方に視線を投げる翡翠の瞳に、少し胸が痛んだ私は黙って冬獅郎の側に寄った。
乱菊はサボりなのか部屋に居ない。
気配も感じない事を確かめて、怪訝そうな彼の首に腕を絡めた。
「…お前、また酒でも飲んだのか」
呆れを孕んだ声。
けれど、目の前にある耳が少し朱くなっていて。
それを軽く食むと、ばっと肩を掴んで身体を離された。
「冬獅郎も耳弱いじゃない」
驚きに彩られている彼に悪戯に笑って小さく舌を出すと、はぁあと大きな溜息が落ちた。
「幸せ逃げるよ?」
「誰の所為だ」
諦めたように力の緩む手にくすくすと笑って。
「ねぇ、冬獅郎。私が敵になったらどうする?」
「それは護廷隊の敵か、それとも俺自身の敵か?」
思ったより冷静な声音が返ってきて、苦笑する。
「可能性があるとすれば前者だね」
さらりと返せば、翡翠の瞳に縛られる。
「お前と俺達は元々従うものが違う。お前が規則や法に沿えずに離反と見なされる可能性も考えてなかった訳じゃない」
何故だと、声を荒げられた時に、補足しようとしていた言葉が、彼の口から出た事に驚いて。
少し鋭さを帯びた瞳に、この人は私が思うよりずっと賢い人なんだと理解する。
「それでも、今は側にいてくれるの?」
「言っただろ。何年でも待ってやるって」
それは、もし此処に居られなくなっても、待っててくれるという事で。
なんだか擽ったくなって目を逸らすと、ぐいと胸に引き寄せられた。
「で、何があったんだ」
耳朶を叩く冷静な声に、笑みが溢れて。
「ちょっとね、総隊長に喧嘩売っちゃった」
「…馬鹿か、お前は」
はぁっと吐かれる溜息が、耳を掠めて身を捩る。
が、冬獅郎は離してくれる気は無いらしい。
仕方ないのでそのまま話す。
「さっき冬獅郎言ったでしょ?私は他の人とは従うものが違う。だから、護廷隊に所属して、誰かの元に付く訳にもいかないし、何処かの隊の上にも立てない。
この世界が、私の行動に指示を出せば、私はこっちの指示を飲む事は出来ない。それを誰かの責任にしたくも無い。だから…」
「取引でもしたのか」
「軽く挑発して、私を捕まえられた隊に席を置くってね。刻限まで逃げ切れたら、無所属を認めてくれるって」
「唯の鬼事じゃねぇだろ」
「うん?斬魄刀でも鬼道でも何でも使って良いよって言ったよ。私も多少反撃するとも」
「…だから喧嘩売ったって事か」
やれやれと息を吐く彼は、多分瞳に呆れの色を浮かべているんだろう。
「まぁ、制限時間付きのゲームだよ。ちょっと楽しみだしね」
自信ありげに笑ってみせると、翡翠の瞳が厳しくなった。
「怪我すんなよ」
「うん。あ、そうだ。呼ばれた時、これを総隊長に渡してくれる?」
彼の腕から抜け出して、掌を上に向けると、そこに虹色の光が収束して、紫紺の小さな石が創造される。
「これは?」
「通信機。一方通行の」
「成る程な。そう言えばお前、今の精霊廷内の情報は持ってるのか?」
彼の問いにくすりと笑みを零して。
「取得しようと思えば出来るかな」
暗に何時でも分かると伝えた。
多分これは総隊長に伝えるはずだから。
「じゃあ、白哉にこれ返してくる。流石に汚しちゃうと怖いし」
そう言って、肩の紗を示すと、冬獅郎の目が驚きで丸くなった。
「それ、朽木のか?!」
「うん、そうだよ?」
「返して来い。今すぐ。それ一枚で家十軒立つぞ」
「そんなに高いの?!」
「彼奴が安物つけてる訳ねぇだろ!」
「わぁ、白哉の馬鹿ぁ!」
叫んだ私は駆け出した。
何が何でも、鬼事開始までに返さなきゃならない銀白風花紗を靡かせて。
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