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蝮は夜明けの夢を視るか

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―――――数日後、探偵社。

「同棲なんて聞いてませんよ!!」

どうやら今日も大変平和?な様子である。大袈裟なまでに中島敦の大声が響いている事以外は。

「部屋が足りなくてねえ」

其れに切り返す太宰の、何と能天気な事か。片目を瞑り、人差し指を立てて。"新入り二人には家賃折半が財布に優しい"とまで畳み掛けている。

「しかし―――」
「彼女は同意しているよ。ねえ?」
「指示なら」

困惑する中島とは裏腹に、泉は淡々と答える。更には、其の大きな瞳で中島を観察するようにジッと見詰めた。
其の視線に中島がたじろげば、太宰は今が攻め時、とばかりにヒソヒソと中島の耳元で―――、

「マフィアを追われ縁者もない彼女は沼の中のように孤独だ。それに裏切者を処する為組織の刺客が来るやもしれない。独り暮らしは危険だよ」

と、少々脚色を入れた事実を吹き込んだ。

「た、……確かに」
「?」

こう言う所が、太宰が太宰足る所以であり―――中島の中島足る所以である。太宰の巧みな甘言を、疑いながらも最終的には受け入れてしまう、中島のその真っ直ぐな心。太宰は溌剌とした声で、駄目押しを一つ。

「君が守るんだ。大事な仕事だよ」
「判りました!頑張ります!」

背後で国木田も、流れを決して止めようとはせずに、"また遊んでいるな…"と見守っている。

「おい太宰、早くマフィアに囚われた件の報告書を出せ」
「好い事考えた!国木田君、じゃんけんしない?」
「自分で書け」

太宰は国木田や中島とじゃれあいながら、脳内に残る一つの痼のようなものについて考える。
中島の懸賞金と、組合。そしてわざとタイムラグを発生させられていたと言う黒岩の報告書。この繋がりは、太宰の中では最早常識化したわけであるが、黒岩の視ている先が何処までの物なのかは、今一つ掴めないでいた。

「敦君、今日は君に報告書の書き方を教えようと思う」
「こ………、この流れでですか?」
「君にも関わる話だよ。―――君に、懸賞金を懸けた黒幕の話だ」
「分かったんですか!?」

中島が前のめりで太宰に尋ねると、太宰は片方の口の端を釣り上げ首肯いてから口を開く。

「マフィアの通信記録、及び…信頼できる筋からの情報に依ると」
「黒岩か……」
「出資者は『組合』と呼ばれる北米異能集団の団長だ」

傍で聞いていた国木田は、太宰の発言に眉を寄せる。

「――実在するのか?組合は都市伝説の類だぞ。構成員は政財界や軍閥の要職を担う一方で裏では膨大な資金力と数多の謀を底巧む秘密結社――――まるで三文小説の悪玉だ。…第一そんな連中が何故敦を?」
「おっしゃるとおりで」

中島をチラリ、横目で見ながら国木田は一息で言った。中島は苦笑しつつ、正論である為に大きく頷いた。
太宰は、その返答も想定内として静かに答える。

「国木田くんも判っていると思うけど、涙香くんの情報、というだけで其処には何にも換えられない価値があるのさ。まあ、その理由については直接聞くしかないね、逢うのは難しいだろうけど巧く相手の裏をかけば―――」
「た、大変です!!」

突如、バンッと扉を鳴らし谷崎が入口から騒がしく入室してくる。太宰が何かに気付いたようにカーテンを捲ると。窓の外からはゴオオオオ―――と大きな音が聞こえた。この街並みには似付かわしくないそれは、ヘリコプターだった。

「先手を取られたね」

徐々に高度を落とし、窮屈そうに道路へと降り立ったヘリからは、金糸の髪に白い背広を纏う一人の男……、そして背後には赤毛の少女と、壮年の男、二人の従者だった。


それは正に、先の話題の中心人物、――フランシス・フィッツジェラルドその人であった。




―――――




探偵社内。福沢とその客人は対峙していた。

「会えてとてもとても嬉しいよ」

ソファに腰掛け、長い足を組み。尊大な態度で発せられた言葉の真偽は如何に。福沢は淡々と、歓迎する様子を一切見せずに相手の出方を窺っていた。

「フィッツジェラルドだ。北米本国で『組合』という寄合を束ねている」

そのほか個人的に3つの複合企業と5つのホテル、それに航空会社と鉄道と―――、白い男の長い自己紹介を遮ったのは福沢だった。

「フィッツジェラルド殿。貴君は懸賞金でマフィアを唆し我らを襲撃させたとの報があるが、誠か」
「ああ!あれは過ちだったよ親友。謝罪に良い商談を持ってきた」

パチン、とフィッツジェラルドが指を鳴らすと壮年の男は持っていた鞄をテーブルにドッ、と乗せる。恐ろしいほどに質量を感じさせるその音。フィッツジェラルドがそれをガチャ、と開くと。

「この会社を買いたい」
「――!」

福沢は対面する相手が真に求めている何かを探るように思案する。すれば、フィッツジェラルドは自らその答えを出してくる。勘違いするな、と。

「俺はここから見える土地と会社すべてを買うこともできる。この社屋にも社員にも興味はない。あるのは一つ――」
「真逆」
「そうだ。『異能開業許可証』をよこせ」

福沢の三白眼がギラリ、と光った。
確かに、この国、日本で異能者の集まりが合法的に開業するには内務省特務課が発行した許可証が必要だ。しかしながら特務課は表向きには"ない"筈の秘密組織である。そんな面々を金で買収することは不可能。フィッツジェラルドは『捜し物』をしているのだという。大手を振って、その活動をするために、許可証が必要なのだと。

「断る」

福沢は短くも重く、固い信念を乗せた言葉を紡ぐ。
フィッツジェラルドにはそれが伝わっていないのか、この白い男はヘラリと笑って、何ならこの腕時計もつけよう。等と続ける。価値のない耳障りな言葉、そう判断されたらしいそれは再び、遮られる事となる。

「――命が金で購えぬ様に、許可証と替え得る物など存在せぬ。あれは社の魂だ。特務課の期待許可発行に尽力して頂いた夏目先生の想いが込められて居る。
―――頭に札束の詰まった成金が易々と触れて良い代物では無い」

静かに開かれた福沢の瞳には冷ややかな焔が灯されていた。

「『金で購えないものがある』か――貧乏人の決め台詞だな。社員皆――そして協力者が消えてしまっては会社は成り立たない。…そうなってから意見を変えても遅いぞ」

フィッツジェラルドもまた、福沢の言葉に苛立ちを見せる。福沢は静かに掌で出入口を示すと、言った。

「ご忠告心に留めよう。――帰し給え」
「また来る」

出入口付近にいた宮澤が笑顔でお送りします、と声をかけた。
フィッツジェラルドは今一度福沢を振り返る。

「明日の朝刊にメッセージを載せる。よく見ておけ親友。俺は欲しいものは必ず手に入れる」



―――そしてその日、一人の社員が消えたのだった。


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