12 : 確信





ちりちりと、足の裏が痺れる。
一体どうしてこうなったんだろう。
あたしが寝ている(正確には気絶していた)間に一体何がどうなってこうなってるの?

だって、だって。


おい、聞いてるのか?


頭打ったんじゃないだろうな、と怪訝な顔をなさる方。
この声、すごく、聞き覚えがあるんだけどさ。

まさかそんな、夢みたいなこと。


「まさか、えっと…あなた、紅霞なの?」

当たり前だろ、本気で頭打ったのかよ

えぇ!?君、紅霞!?


(恐らく)紅霞の反応に驚いたのは深緑の髪の少年。
この声は紛れもなく翠霞なんだけれど、なんで、ふたりとも

人間の姿をしてるワケ?

頭が追いつかなくなって、2人してお互いを見て目を丸くしてた。
どうしよう、と辺りを見回せば、ふと目に付いた水溜り。
立ち上がって水溜りの傍に行って自分の顔を覗き込む。

良かった、あたしはポケモンになってはいなかった。(当たり前なんだけど)


「ふたりとも、ここ、覗いてみて」


水溜りを指差せば、言い争ってた2人が己の顔を覗き込む。
その後、ゆっくり自分の顔をぺたぺたと触って、体のあちこちを確かめた。


ありえ、ねー…

すごい、僕人間になってる!ヒスイと…同じ、くらい?


可愛く首をかしげる翠霞に「ちょっとあたしよりは年下かな」と言えば少し拗ねたように唇を尖らせた。
ふと、水溜りを覗き込む翠霞の首元がちらりと見える。なんだろう、黒い、刺青?


「翠霞、ちょっと、ごめんね」

ぅあっ!ど、どうした…の?


変な声を上げた翠霞の首に顔を近づけてみる。服をちょっと退かして、あ、とあたしは顔を上げた。
紅霞を手招きして、一緒に見る。


このマーク…」「あたしの、ペンダントの形と同じ。」


指でペンダントをなぞれば、黒目があたしを見た。
前よりもずっと敏感になってる気がした。

紅霞も長袖をまくってあちこち調べていて、ふと、小さく声を上げた。


俺にも、ついてる…


左手首の内側を見せる。ついてる場所は違うけれど、間違いなく、それは翠霞と同じマーク。
となるとさっきの現象が、関係ある?

ぴちょん、と天井から落ちる雫か水溜りに落ちて我に返った。
こんなところで考えていても仕方ない、アンノーンに詳しい人たちなら近くの研究所にいるじゃない。
すくり、と立ち上がれば一瞬視界がぶれて足から大切なネジが落ちたように崩れた。


ッ…と、気をつけろ。倒れたばかりなんだぞ?

「あ…」


ぶれた視界が戻れば目の前には片目だけが開かれている、幼さ残る端麗な顔。
不釣合いな傷を眺めていたら、瞳が細められる。


…ンなに見るなよ。ほら、立てるか?

「ご、ごめんなさい」


顔が赤くなるのを感じて、すぐに視線を下のほうへと戻した。
ゆっくりと立ちながら礼を言うと、別に、とあたしを支えていた腕の力が弱まった。
だけど離れないその腕をじっとあたしは見た。
まるで、人間。いや、人間なのかもしれない。切り開いたわけじゃないけれど、体の作りも、言葉も、感情も。
じゃあ彼らはもうポケモンに戻れない…って、こと?


どうしたの?ヒスイ。

「あ、ううん、2人とも人間の姿なのに、随分馴染んでるなぁって思って。」

僕はずっと人間になりたかったからね!じゃないと、

なっちまったものは如何し様もないだろ?


翠霞の言葉を遮るように、紅霞はあたしの背を軽く押した。
はやく行こう、ってことかな?


後で覚えてなよ、紅霞…

一々根に持つんじゃねぇよ、女々しいな


2人の会話は小さくて、階段を先にのぼるあたしの耳には届かなかった。






研究所の扉を少し開ければ、テレビの音が聞こえた。
どうやらニュースを見ているようで僅かばかり光がその部屋の外に漏れていた。
あまり研究者が多いわけではないようで声が多くは聞こえなかった。

というよりも、緊張からか、息が詰まっているような会話。


「あの、ごめんくださーい…」

「なんてことだ…ポケモンが、そんな…」

「あの…」

「ぜ、前代未聞のニュースだぞ…」

「すみま…」

おい。


あたしの後ろから、少しだけ背の高い紅霞が苛々と声を上げた。
ぐるり、とめがねをかけた人たちが次々に振り返る。
あたしを見るなりキラキラとした視線を向けてテレビを指差した。


「君たちはポケモントレーナーだろう!?自分たちのポケモンは人化したのかね!?」

「へ?」

「博士、ニュースをまだ御覧になっていらっしゃらないのでは?」

「おお、そうかそうか!こちらへ来たまえ!」


博士と呼ばれた男の人があたしの腕をぐいぐいと引っ張ってテレビの前に立たせる。
ニュースキャスターの女の人が、忙しなく紙を見ている。
随分動揺しているように言葉も途切れ途切れで、紙を持つ手も震えが止まらないようだ。


『さ、さきほどから続々と、報告が入っています。
 ポケモンが人間の姿をとるというのは前代未聞で、連絡の取れた研究者の話では、これは歴史に残ることだというお話です。
 げ、現在、様々な憶測が飛び交っています、中継の----』

おくそく、って?一体どういうこと?


翠霞がニュースキャスターのお姉さんに首を傾げるが、彼女は答えてはくれず、助手らしき人が翠霞の頭を撫でる。


「最近、人間のポケモンへの態度が悪くなってきているんだ。たくさんのポケモンが傷つけられ、ひどいときには殺される。
 だから人間への復讐のために、人の姿をしているんじゃないか、という噂があるみたい」


君たちが来る前にこのお姉さんが話していたんだよ。と優しく説明してくれる助手さんにそうなんだ、と翠霞は俯いた。
あの、とあたしが顔をあげれば、博士っぽい人と目があった。


「資料室を、お借りしても良いですか?考古学に興味があって。」

「ああ、構わんよ。カギは開いている。資料は貸し出しできないが」


真っ直ぐ左に歩いて突き当たりの部屋だと言われ、あたしたちはその場を後にした。
彼らはニュースに夢中だったし、紅霞と翠霞に気がつかなかった。
彼らも"人の姿をしたポケモン"であることに。

部屋に入って電気をつけ、カギを内側からかけた。
聞かれたくないことだし、もし、復讐だとかのために人の姿でいるのなら、人間には尚の事聞かれたくなかった。
そうなれば人間とポケモンの戦争になるんじゃ、ないのだろうか。


言っておくが、馬鹿な事は考えんな。


ぐ、と顎を掴まれ上に上げられる。細められた瞳が真っ直ぐあたしを映していて、視線を逸らしたくなった。
でも、金縛りにあったようにあたしは真っ直ぐ紅霞を見ていた。


人間への復讐なんて、俺は考えていない。
 お前が俺を裏切らなければ、俺はお前を裏切ったりはしねえよ。


そんなこと考えてたの?ヒスイって結構考えすぎるよね。
 そんな事よりも、これからどうすべきかまず考えないと。僕らいつまでこの姿なのかわかんないし、僕は不便だとは思わないけれどこれじゃヒスイを護れないでしょ?


そうだな…ヒスイを護るには、力がたりない


指先から小さな炎を出して「これじゃな…」とため息をつく紅霞。
眉間に皺を寄せて一生懸命考えてくれる翠霞。

どうして、あたし、あんなこと考えたんだろう。
こんなに2人は優しいのに。

気がつけば目の前にいた紅霞を抱きしめていた。


「ありがとう、ありがとう。」


言葉じゃ足りないくらい感謝してるのに、伝えられない。
もどかしいむずむずした気持ちに負けないように強く抱きしめると、暫く宙を彷徨っていた紅霞の手が、ぽんぽん、とあたしの頭を撫でた。
顔を上げると、困ったようにちょっと赤い紅霞が視線を泳がせていて、なんだか嬉しくなった。

あんまり、うじうじしちゃだめだよね。うん、そうだ!
あたしはポケモントレーナーなんだし、しっかりしなくちゃ!


「戻る方法、考えないと!」

それなんだけどね、ヒスイ…


先程からすっかり黙っていた翠霞が紅霞の後ろから控えめに言う。
しっかり抱きしめていたらしい紅霞を話すと、後ろには、見慣れたチコリータが。


考えてたら、なんていうか、戻っちゃった


じわり、と視界が滲むのも気にせずにあたしは翠霞を抱きしめた。
ちくりと腕が痛んだけれど構うものか、だって、翠霞が元に戻ったんだもの。
人の姿でも可愛いけれど、こうやって抱きあげることなんて人間サイズは無理だし!


「よかったね、翠霞!」

僕はこっちのほうがいいけどね


急に質量が大きくなって、目を開ければ人の翠霞。
あれ?さっき戻ってた…よね?


好きなときに好きな方の姿でいられるみたい。
 ねぇ、ヒスイ



鼻がつくかつかないかの距離で、人の姿でも甘い翠霞の匂いがした。
息のかかる距離で「キス、してみない?」と笑う翠霞。

・・・は?き、きす?

あたしが何を言われているのか理解したその瞬間にも顔はどんどん近づいてきて。
何もできずに目を強く瞑れば、目の前の翠霞が「うげっ」と声をあげた。

そーっと目を開ければ首根っこを掴まれ引き摺られる翠霞。
…と、掴んでる紅霞。


このマセガキが!」「マセガキじゃないよ!大体、ヒスイと紅霞と大して変わらないじゃんか!


ぎゃーぎゃー言い争う2人をよそに(ちょっとドキドキしてるけど)、あたしは目を瞑って考えた。

まず、恐らくだけれどアンノーンはあたしにポケモンを救うように言った。
その時はミュウツーを救えばいいのだと思っていたけれど、あの博士の話が本当なら、すべてのポケモンを、という意味でもまかり通る。
だとすれば何故、アンノーンはわざわざ所謂擬人化をさせたの?

考えられるのは、あたしを救うため。彼らが必要になるから。
人の姿をとったポケモンは傷つけられにくいと考えたから。
それか、あたしの想定できる次元じゃない事を計画しているから。

考えれば考えるほどにアンノーンがわからない。
だけど彼らがあたしに一番伝えたかったことは『我らは常に共にある』だと思う。
つまり、味方なのは確実。

なら人間への復讐ではないんだ。


「ふたりとも」


帰ろう、目的ははっきりしたんだから。
具体的なことは、追々にしたらいい。

今は、まだ。



09.10.20



back

ALICE+