◎13 : 面影
あたしたちが旅を始めて3日目のランチが済んだ午後のひと時。
甘いお菓子を摘んで…なんていう現実はなかった。
何かって、まずは情報収集!
と思ってポケモンセンターに戻ったはいいものの、ニュースはどこもポケモンが人型ーっていうニュースばかり。
これじゃあ何の手がかりも見つけられない。
アンノーンの要求はこうだ、ポケモンに平和で安全な生活を。
噛み砕いたけれど多分問題はないと思う。
で、古い新聞を読みにここ、ポケモン塾にきています。
くるくる回る変な人がいるあの塾のこと。(ジョバンニ先生って言うみたい。)
過去の新聞を資料として保管していないか聞けば快く通してくれた。
けれど、まぁ、ひとつ条件がありまして。
「お姉さんには悪いけれど、この勝負勝たせてもらうぜ!」
いけ、コラッタ!と少年が出してきたのはネズミ。
じゃない、コラッタ。
まだポケモントレーナーとして認められない(というのは10歳にならないとダメ、とか)らしく、塾で授業の一環としてバトルすることしか認められてないみたい。
ということで、あたしはその練習相手が交換条件です。
どっちを出しても差し障りがないなー、と思っていたら、紅霞が先に前に出た。
『
久しぶりに暴れてやるか…』
『
や、やってやるぜー!』
ちょっと震え気味なコラッタくんが歯をかちかちと鳴らした。
それは威嚇なのか、はたまた震えからくるのかはわからないけれど、少年の「電光石火!」の一言でちょっと勇気が出たように走り出した。
真っ直ぐと向かってくるコラッタくんのスピードは低い。
「紅霞、受け止めて!」
『
りょーかい』
やる気のない紅霞がコラッタくんを受け止める。ある程度反動があるけれど、仕方ない。
受け止めた紅霞を確認して、あたしは声を上げた。
「そのまま直接あてて!ドラゴンクロー!」
紅霞の爪が妖しく光り、勝負はあっけなく決まった。
「コラッタ!」
駆け寄って抱きしめる少年は、純粋そのものだった。
アンノーンが危惧するような現象なんて、まるでないように。
だけどきっと、世界のどこかでポケモンが傷ついてるんだ。
つきん、と胸が痛くなったけれどすぐに顔を上げた。
眩しい光が紅霞の体中から溢れる。これって、まさか!
『
うそ!?紅霞ばっかりズルいじゃん!』
「しん・・・か?」
光が収まり始めると、図鑑を取り出した。
リザード、かえんポケモン。解説が書いてあって、ニヒルに紅霞が笑った。
『
ヒトカゲでいるのは、もう飽きたんでな。』
「すっげー!カッコいー!」
すぐに子供たちに囲まれてしまう紅霞。あたしが見る間もなく、だ。
人気者は仕方ないよ、と思っても、なんだか妬けてしまう。
『
ヒスイ!今度からちょっと紅霞に休みあげたらどうかな!
僕が紅霞の分も働くからさ!』
まさに感化されて進化したいです!というキラキラした瞳があたしをとらえる。
まぁ…それでも問題はないんだけど、なぁ…。
いざ進化を見てしまったら、ベイリーフ姿の翠霞も見てみたい。
なんだかわくわくしちゃって「じゃあ頑張ってもらおうかな」って言ったら飛んで喜んだ。
可愛いやつめ!
結局夕方までかかって調べたことは、いかりのみずうみのことだった。
色の変化したギャラドスが見かけられる、と書かれていたくらいだったのだけれど、あたしはピンときた。
そう、ロケット団!
よくよく考えればやどんのしっぽの事件だってあるわけだし、アンノーンが言うとおりなんだ。
まずは近場から、だよね。
そうと決まればヒワダタウンに!と思ったのだけれど、あたしはアルフの遺跡の前でおじさんに足止めされたんだった。
つまり、ジム戦をしなくちゃいけない。
そしてキキョウシティのジムリーダーは鳥ポケモン使いだってことも覚えてる。
「(やっぱり無理はさせられないよなぁ…)」
『
どうしたの?というか、何処にいくの?』
「キキョウジムに、行こうかと思うんだけれど…」
まだまだ動けそうな紅霞をちらりと見る。色がまた少し、濃くなっている気がする。
ふと視線が合って、足を止めた。
リザード姿の紅霞に慣れなくて、ちゃんと指示ができるか不安になる。
というか、もう抱っこできなさそうだなぁ…大きくて、非力なあたしには無理そう。
紅霞を見ていたら『
なんだよ』と言われてしまう。
そんなにじろじろ見てたのか、あたし・・・。
「ごめん、そうじゃなくて…ジム戦、いいのかなって」
あたしに付き合わせることになるから。そう言うと紅霞は鼻で笑った。
なんだか、ヒトカゲのときより態度が悪い気がする…。
『
今更んなこと気にすんなよ。それより---』
「ねぇ君たち、ジムに挑戦する人ー?」
紅霞の言葉を遮って、お兄さんが声をかけてきた。
もうジムの前に着いてたのか、と思って軽く頭を下げた。
「い、一応は、そうしようかと」
「悪いんだけれど今取り込み中でさ、今日はちょっとジムは無理みたいなんだよねー。
そうだ、マダツボミの塔にはもうのぼった?」
彼の嬉々爛々とした顔に嫌な予感がして、小さく「まだです…」と答える。
途端彼の顔は輝くように笑顔になった。
「良かった!一番上に長老様がいるんだけどさ、急ぎで届け物をしてもらえないかな?
長老様に勝てばここのジムリーダーとも互角に戦えると思うしさ!」
「ま、まぁ、困っているのでしたら…」
「さっすがー!じゃあこれ、よろしくね!
あ、あと、言い忘れてたけど」
なんとも悪気のない笑顔で荷物を渡され(お弁当みたい…)、去る途中振り向きざまに空を指差す。
ゆっくりと日も落ちて、太陽が空に溶け出している。
まるで、これが紅霞なんだろう、と思うくらい、真っ赤な雲。
「夜になるとゴースがうろつくんだけど、気をつけてね!」
「ごー・・・・・す?」
途端背筋が凍るような寒気に襲われてあたしは為すすべなく彼の背を見送った。
急ぎだと言われた。急ぎだと。
そして、30メートルもの塔を夜が更けるまでにのぼりきり、夜が更けるまでにポケモンセンターに帰ることなど、不可能だ。
既にアルフの遺跡に赴いたことで足はパンパンなのに、だ。
何度も言うようだけれど、「急ぎ」なのだ。
「〜ッ…!」
『
ヒスイ…大丈夫だよ、僕も紅霞も追い払えるし…』
『
今にも泣き出しそうな顔してるな…断らねーから、悪いんだよ』
大袈裟にため息をついて周りを確認した紅霞は人型をとって、不意に、あたしの頭を撫でる。
あれ、なんだろう、この違和感。
「紅霞、なんか…変?」
「
そういや少し、身長が伸びた気がする。」
まぁ気にすることでもない、とあたしの手をとって引っ張る。
翠霞は紅霞の小脇に抱えられていた。(なんだかすごく違和感)
『
進化…が、関係ある、とか?』
「それが一番有力だよね」
既に170はあるだろう身長を見て、リザードンになったらもっと大きくなるんだろうか、と不安になる。
あたしは150に満たない程度しかないため首が少し、見上げたら痛い。
すっかりお兄さんな風貌の紅霞に連れられて塔へと入った。
コラッタやお坊さんの出すマダツボミを相手にしながら翠霞がどんどんのぼっていく。
さっきもいったように足は既にパンパンな上に、なんとハシゴでのぼらなくちゃいけないんだもの。
ゴースの心配をするよりもまず、自分の体力の心配をしなくちゃいけない。
ハシゴを登りながらそんなことを考えていると、ふと背筋がぞくり、とした。
振り向いちゃいけない、振り向いちゃいけない。念じるようにして震えだした足をハシゴにかける。
体重をかけた瞬間、ずるり、と嫌な予感がした。
「や、ばッ…!」
紅霞は翠霞ともう上にのぼっている。
落ちてることに、気付いてくれないんだ。
紫のガス状のもやが落ちていくあたしを横切った。どうしようもない浮遊感に目を瞑れば、一向に痛みは襲ってこなかった。
恐る恐る目を開ければ、見慣れた鋭い眼光。
「何を、やってるんだ」
「し、シルバー…くん?」
落ちたところは床の一歩手前、シルバーくんの腕の中だった。
赤い少し癖のある、さらさらとした髪をうっとおしそうに舌打ちをしてあたしを離す。
「少しそこにいろ。ヒノアラシ!」
『
数日ぶりやなぁ、嬢ちゃん』
ちぃと待っとってな、とモンスターボールから出てきたヒノアラシくんは目の前の紫色の球体に向かっていく。
火の粉、と静かに指示をする主であるシルバーくんに従い、小さな炎を吐いた。
ボールを取り出してそれを、ゴースに向かって投げた。
『
どっか怪我はあらへん?落ちたんやろ?』
「あ、えっと、…ありがとう、大丈夫だよ」
カタカタ動いてたボールが静かになって、それを取りに行くシルバーくん。
やっぱりゴースだったんだ…と嫌な汗を感じながら、ヒノアラシくんの頭をよしよしと撫でた。
シルバーくんが戻ってきて、あたしに手を差し出した。
「お前も技マシン、貰いにきたのか?」
「あたしは、えっと、あ、ぐちゃぐちゃになってないかな!?」
どうしよう、と鞄の中にある届け物を見る。
が、頑丈に封をされていて大丈夫なようだった。
零れてはいないって意味だけどね。(中身がお弁当なら寄っているかもしれないけど…)
「これを、長老さんに届けるように頼まれて」
「お人よしだな。」
す、と手を差し出される。首を傾げれば、ほら、とシルバーくんが手を少し揺らした。
「もう立てるだろ?さっさと上に行くぞ」
あたしの手を掴んで、おもむろに彼は引っ張った。
少しバランスを崩したけれどなんとか立ち上がって、シルバーくんを見る。
「ありがとう!」
「ッ…次は落ちるなよ!」
そう言ってあたしにのぼるように催促するシルバーくんは、やっぱり優しい人でした。
09.10.21
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