10 : Fullmoon





ぐいぐいと引き摺られるようにおつきみ山に連れてこられる。
体力のないあたしを夕方までに連れてくるという目的を達成した彼は涼しい顔でポケモンセンターに向かおうと一度緩んだ力が再度加えられる。


「ま、まってください・・・!そんなに急がなくたって…ゴホッ、い、いいじゃないですか!」

「だめ。今日は、夜に出るから」

「そんな…!聞いてないです!!」


「今言ったけど」なんてポケモンセンターの扉をくぐる。
ずるずると効果音をたてているんじゃないかと思って慌てて足に力を入れればジョーイさんの華やかな笑い声が聞こえた。


「部屋を」

「カード、お預かりしますわ。ふふ、仲が良いのね。部屋は一緒でいいかしら?」

「はい」


奪われるようにしてカードが引っ手繰られ、荒くなった息に何も言い返すこともできず。
ただ事の成り行きを息を整えながら見ているだけだった。

そもそもなんでこんなに先に進みたがるのか…夜出発だって、何時のことかはわからないけれど軽く夕食を食べてシャワーを浴びて寝ないと。
ボールを預けて(野生のポケモンに襲われる確率はそんなに高くないんだけど、全部あたしが追っ払わなくちゃいけない)(レッドさんはこれも修行だーとかナントカ言うし)回復が終わったら部屋のボールポストまで届けてくれる、ということで皆のご飯は任せてレッドさんとご飯を胃に詰め込む。


「いつもこんなハイペースな旅なんですか?身体、持ちそうにないです」

「…そうでもないけど、今日は満月だから」


ピッピが、見られる。と目を細めた彼が言う。
どことなく嬉しそうで、ああそうか彼はあたしのために連れてきてくれたんだ、とようやく理解した。

ピッピ、アカネさんが使ってたポケモン。近くで見たとはいえピッピたちの踊り…というよりは儀式が見られるのは純粋に嬉しい。
痛む足も急に気にならなくなって、味のしなかったご飯がおいしく感じる。我ながら現金なものだと、思いながらも彼と視線を合わせた。


「すみません、文句ばかり言って。ありがとうございます」

「…ちゃんと、キッチリ休んで。日付変わる頃には起こすよ」


そういって立ち上がりジョーイさんのところに歩いていく。何時の間に食事を済ませたのかわからず、慌ててご飯を噛む作業に入る。
何かを話し込んでる彼の後ろでピカチュウくんがこちらをチラりと見て笑って手を振ってきた。可愛い。

…そういえば、なんでピカチュウくんは人の姿をとらないんだろう。
アンノーンがピカチュウくんにあの"シルシ"を与えていないとは思えない、ピカチュウくんとレッドさんの信頼関係は本当に量りきれないものだということが数日一緒に過ごしただけのあたしにも理解できるのに。

口の中に残るご飯が甘みを増したのを飲み込んで、少し冷めてしまったお味噌汁で胃に流し込んだ。


「食べ終わった?」

「わっ!…レッドさん、驚かさないでください」

「?」


帽子の置くの瞳が何のことかわからないというかのように丸められたのを見ていえ、なんでもないですと首を振る。
どうやらあたしが食べ終わるまで待っていてくれたようでお盆を返してから部屋に向かう。
部屋の場所、そういえばあたし聞いてなかった。待っててもらってよかったと安堵の息を吐き出した。

部屋はベッドがきちんとふたつ用意されていた。シルバーくんと一緒になったときの部屋はたまたま部屋がいっぱいだったからベッドがふたつなかったのかな…複数人用の部屋なんてあるんだなんて初めて知る。
でもアニメのポケモンって、サトシに仲間がいたなぁ…。


「先、シャワー浴びたら」

「あ、ありがとうございます。じゃあお先しますね」


ソファに帽子を投げ出して腰掛けるレッドさんに軽く頭を下げてバスルームに入る。
土ぼこりで汚れた服を洗濯機に放り込んで頭からシャワーを浴びる。帽子を被っていたとはいえ、頭がジャリジャリしている気がしてならない。
このあたりの道は空気が乾燥してるせいもあって土が舞いやすい、みたいだった。季節の関係もあるのかもしれないけれど、岩ポケモンが好みそうだな、なんて思ったりもした。

慣れない獣道を連れて行かされたこともあって足はパンパンだ。マッサージしながら、はやくベッドでゆっくり眠りたいと思う。
旅を始めた当初は悩みの種だった運動不足とはもう思うことはなくなったけれどそれでも彼の体力にはついていけそうにない。
シロガネ山で修行したらあたしもあれくらいの体力がつくんだろうか…。

シャワーから上がって彼に声をかける。ドライヤーで髪を乾かしているとピカチュウくんが膝の上に座った。
一緒に入らないんだ、とドライヤーをあてると気持ちよさそうに伸びる。


「気持ちいい?」

とっても!おねーさん、もう寝るの?

「うん、今からしっかり寝ておかないと、起きられないから。
 ピカチュウくんも一緒に寝る?」

ぼくは・・・


ピカチュウくんに尋ねると「ピカチュウ!」とバスルームから呼ぶ声に耳をぴくりとさせる。
いってくるね、と言われて膝が軽くなる。やっぱり洗ってもらうのかな?ドライヤーをベッドサイドに置いてそのままばふ、と音を立てて身体にスプリングの揺れを感じた。

どっとベッドに流れ落ちる疲れを感じて、身体の正直さに苦笑しながらシーツを手繰り寄せる。
瞼を降ろせばそのまま、いとも簡単に意識の底に沈んだ。



身体が揺さぶられる。覚醒しきれてない脳がレッドさんを認識して、ゆっくりと身体を起こす。
あっという間に深夜といわれる時間帯になったことかカーテンの向こうの闇を見ても明らかで。


「おはようございます…」

「おはよう、大丈夫?」


そろそろ始まるよ、とレッドさんが言う。
ひとつ頷いて伸びをした。まだ少し眠たいとはいえ、案外楽に目覚めることができた。もう少しぐだぐだすると思ったんだけれども。
…人と旅するって、そういうことなのかもしれない。自分ひとりなら自分に甘くなってしまうだろうし。(ちょっとだけね!)

伸びて楽になった身体を少し動かしながら支度をする。顔を洗い、着替えを済ませればあとは寝る前に全て終わらせてある。
お待たせしました、と頭を下げればピカチュウくんが眠そうに眼を擦る。

部屋を綺麗にしてからポケモンセンターの入り口に向かう。いつものあの活気はなく、非常口を記すあかりと、足元をふんわりと照らす光だけで、とても静かだった。
なんだかちょっとドキドキする。悪いことでも、している気分になる。

そういえば夜のエンジュも歩いたのだったけれどあれは白波の誘いがあったからで、目的もなかったし眠かったのもあってあまり感じなかったなぁ、勿体無い。
ポケモンセンターの扉が静かに開いて外に出る。虫ポケモンの鳴き声が遠くから聞こえるくらい。
残念ながら鳴き声はポケモンの発する音で意味がないから、声としては聞こえてこない。


「ピッピがどこにいるかわかるんですか?」

「……忘れた。けど、上の方だったと思う」


あ、曖昧。静かな洞窟は時折だけれどズバットの羽ばたく音が聞こえたりする。
レッドさんはピカチュウくんにフラッシュをお願いしてた。…橙華も、できるかな?

指でポケギアを叩くと橙華が顔を出した。


「橙華、橙華もフラッシュできる?」


ピカチュウくんを指差しながら尋ねれば『やってみる』と可愛く頷く。
可愛さの種類は違うけれど橙華もピカチュウくんも可愛い。

橙華の練習をピカチュウくんも寄ってきて丁寧に教えてくれる。
ほのぼの和んでいたら隣にきていたレッドさんが図鑑を取り出した。


「ロトム・・・」

「はい、可愛いですよね、橙華っていうんです」

「進化は、しないみたい」


図鑑を弄りながらレッドさんがぽつりと零した。お、恐ろしいこと言わないでください…進化してゴツくなるのはちょっと、結構嫌です……。
内心苦笑しながら「そうなんですか」と軽く返してる間に橙華も(ピカチュウくんに比べるとぼんやりとだけど)フラッシュを使えるようになったみたいだ。


橙華、おぼえた!

「すごいね橙華!ありがとう」


彼の身体を両手でキャッチして明かりにさせてもらった。
本当は懐中電灯もあるにはあるのだけれど、せっかく電気タイプのポケモンがいるのだからお願いするのも悪くない。
どことなく嬉しそうな橙華の不安定な明かりでは地面を照らすにはちょっと寂しい。気をつけて歩けばなんとかなるぐらいだから大丈夫。

ピカチュウくんは先を照らしてくれてる。レッドさんの横を歩いてそれを追う。


「ピカチュウくん、場所わかってるんですか?」

「・・・・・・さぁ」


それでいいんだか…相変わらずマイペースすぎる返答にもう何か返す気力すら残ってない。
なんだかんだ寝起きだし、多少無愛想でも気にしないでしょ、と唇をくっつけて無言を貫く。
にしても話題がないしこんな暗いところ、ゴースとか出ないのかな、おばけ、いやだな・・・

追い払ってくれる希望は彼にはあまり持てないし、橙華にお願いしよう…ゴーストタイプなんてそうそう出くわすことがないだろうと思ったけれど、も。

何かが、ぶつかるような音がした。なんだろう、下から…?
少し屈んで手を当ててみる。振動が聞こえる、確かに下からだった。


振動…バトル。近い、近づいて・・・

「橙華にもきこえ・・・・・ッ!!!?」


物凄い衝撃と共にぐらりと地面が歪む。橙華が慌てたように浮遊しようするけれどあたしの身体はどんどん体勢を崩していく。
力の限りレッドさんを呼ぶけれど、ピカチュウくんの眩い光もよく見えないまま、いきなり崩れた地面と共に闇に吸い込まれる。
なんとか、ボールを投げようと腕を動かしたけれど運悪く岩にあたって鋭い痛みがはしった。


「いっ・・・!!」

ヒスイ!!!


橙華の叫びと迫る地面に、混乱したまま死ぬなんて嫌だとぎゅっと瞼を閉じた。
崩れた地面から舞った砂が目に入ったのも手伝って涙が肌を伝ってあたしよりはるか上の空中に投げ出されているのを感じる。
叫ぶことも忘れてどうか橙華は、と抱いていた腕を開いた。

ふわり、身体が重力に逆らった。

恐る恐る目を開けると橙華が素早くあたしのまわりをくるくる回る。
周りの岩も、宙に浮いたまま。
岩を避けるようにして慎重にあたしの身体が動いた。あたしは指一本動かせないまま、時々岩にあたりそうになっては息を呑むことを繰り返す。

やがて、ゆっくりと身体が降下するのを感じて視線だけ下のほうに向ける。
投げ出された懐中電灯がポケモンを照らしていた。


「フーディン…いや、あれは、ユンゲラー?」


思わず呟く。声は出せるようで、そのまま身体が仰向けにされる。息を呑むような声が聞こえた。
どうやらトレーナーの人が助けてくれたようで、その人の腕の中に身体がゆっくりと落ちて、解放される。

お礼を言わないと、って膝裏に通されたままの腕に控えめに声をかけてみれば、びくりと驚かれる。


「あの…?助けていただいて、ありがとうございました」

「……こんな時間に何やってるんだ、どこか怪我はないか?」


すごく懐かしい声に、においに、まさかそんなはず、と声が喉で詰まるように何も言い出せなくなる。
降りてきた橙華に照らされた瞳はいつもの釣りあがったものではなく、細められている。

暗い中でもはっきりとわかる、幻じゃないか、なんて考えが少し過ぎって不安になった。
そうすると止まらないものでどうしようとか考える前に動くようになった腕をその首に伸ばした。


「シルバー、くんっ・・・!!」



2012.05.03





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