09 : 1STGym





挑戦者、ワカバタウンのヒスイ!

審判の声が響く。ニビシティには昨晩なんとかたどり着くことができ、こうして早朝からジムに挑むことになった。
いつもならば今頃悠々自適に朝食をとっている時間帯、レッドさんが急かすものだから早起きをするハメに。

それでも、寝ぼけた頭で挑むわけにもいかず冷水で顔を洗ったくらいには気合い十分。
カントー記念すべき第一戦。やります!


「行け、ゴローン!」

「翠霞、お願いします!」


ボールからポケモンを出す。相手は岩タイプで挑んでくる。というと、地面タイプの技を使う可能性が高くなる。
岩タイプに強い真紅は、地面タイプはあまり得意ではない。特に地面や岩っていうと攻撃力の高いポケモンが多い。
真紅に任せなくてもなんとか…できるはず。相性のいい子に任せられると、思う。

翠霞はどっしりと構えてゴローンを見据えている。
まずは…


「翠霞、リフレクター!」

「ゴローン、ころがる!」


翠霞の作ったリフレクターに弾かれてゴローンが戻っていく。次の攻撃まで少し余裕がある。


「まだいける、翠霞、にほんばれ!」

「ゴローン続けろ!」


タケシさんの声が響く。
先程より威力の増したゴローンの速度、次の攻撃はまだ耐えられる。でも次は…?

壁が、攻撃される。広がるヒビになんとか耐え切ってくれた。でも次はない。
翠霞と目が合う。大丈夫、大丈夫……タイミングを、合わせる。
ゴローンが転がってくる。もう既に尋常じゃないスピードだ。喉の奥で脈が速まるのを感じた。

それでも歯を食いしばる。翠霞にあのスピードはかわせない。
なら、跳ね返すしかない。

速度を上げたゴローンが壁にまで転がる。「翠霞っ ――― 」
ガラスが砕け散るような高い音がして、壁が壊された。今しかない。


「ソーラービーム!!」

「っゴローン!そのまま押し切れ!!」


目を見開いた翠霞からソーラービームが発射される。
真っ直ぐにタケシさんの横に飛んだゴローンが壁に激突して、ずるり、と床に落ちる。


「ゴローン、戦闘不能!」

「戻れゴローン!…お疲れ。
 いってこいオムスター!」


投げられたボールからはオムスターが出てくる。化石ポケモン…水と、岩。
手に取った翠霞のボール。戻そうか、悩んでいると翠霞の蔓がそれを制した。


必要ないよ、ヒスイ

「大丈夫…?」

ドラゴン使いのいるジムでは恥かいちゃったからね。…汚名返上、させてよ


ほんの少し恥ずかしそうに口角を上げる翠霞はまだ余裕そうだった。…きっと、大丈夫。
レッドさんの視線が痛いけれど蔓を一回ぎゅって握って、離した。

背を向けた翠霞がオムスターと対峙する。


「オムスター、トゲキャノン!」

「っ・・・トゲ、キャノン?」


発射されたトゲが翠霞にあたる。
そうか、あの殻のトゲで攻撃してきたっておかしくない。相手は水タイプの攻撃も岩タイプの攻撃も通らないことを理解してる。
たぶんノーマルタイプの攻撃技…それにあのトゲ、あんなに飛ばされたら翠霞だって身動きできない。

トゲ攻撃が切れたところで翠霞を見る。まだ天候は戻っていない。


「翠霞、ソーラービーム!」

「オムスター、まもる!」


ま、まもる?オムスターの前に現れた結界が真っ直ぐに飛んできたソーラービームを二手に分けた。
両サイドの壁にぶつかってソーラービームが消える。
まもる、は連続して使えば失敗する確率が増える技…だけど。

息の荒い翠霞を見やる。あのトゲのダメージも然り、連戦の影響もあって疲労困憊している。
考えないと、翠霞が逃げ切れる方法。


「オムスター、トゲキャノンだ!」

「リフレクター!」


張られた壁にトゲが当たる。なんとか凌げるはず。
ぴしり、とヒビが入るのを横目に続けて翠霞に声をかける。


「そのまま、こうごうせい!」


首の周りの花が輝く。キラキラとにほんばれに反射して光のかけらがそこらじゅうに舞った。
これでまた翠霞は戦える。タケシさんを見れば細い瞳が苦々しく翠霞に向けられている。

戦える。


「トゲなんて吹っ飛ばして!翠霞、ソーラービーム!」

「まもれオムスター!」


くると思った。ソーラービームが先程と同じようにオムスターの出した壁にぶつかる。
日照りが徐々に消えていく。


「続けて、はなびらのまい!」

「トゲキャノンで撃ち落とせ!」


花びらが刃物のようにオムスターに飛んでいく。
増え続けた花びらが翠霞の辺りを舞い、次々に襲い掛かる光景は圧巻だった。

やがて花びらで見えなくなったオムスターがごろり、と倒れる。
戦闘不能、という審判の声だけが響いた。行く宛てを失った花びらたちが力を失って宙に漂った。


名誉挽回、かな?

「おつかれさま、翠霞!カッコよかったよ」


ありがとう、と言って首を撫でる。蔓が身体に絡み付いてきてぐっ、と引かれる。
押し付けられる黄緑の巨体。首周りの花が潰そうになって手でつっかえる。


「花!潰れちゃう!」

そんなこと考えてたの?気にしないでいいよ、そんなことより、ちゃんと僕に触れてよ


構わないでしょ?と擦り寄ってくる翠霞の蔓の力に敵わずついに花を潰してしまう。
それでも、高貴な香りを漂わせたまま。

随分長引いたバトルだったけれど、まだあと一戦残ってる。
ぽんぽんと身体を撫でれば満足したのか蔓から解放された。トレーナーに絡みつく手持ちって、うーん…どうなの、かなぁ。
ボールに戻そうと腕を掲げればするり、と絡め取られてしまった。


まだ戻るつもりはないよ、それよりも次のボールを投げないと


離れた翠霞がにっこりと笑ってそう言う。あれ、おかしいな…さっき確実に潰れたはずなのに、花が綺麗に咲き誇ったままだった。
顔を上げれば『言うったでしょ、"そんなこと気にしてたの"って』と眼を細めて笑われてしまった。
聞いたけどさぁ…元に戻るんならそう言ってくれればよかったのに。

むっつりとして翠霞を睨めば、誤魔化すように頬に顔を寄せられる。


ごめんごめん

「・・・もう。
 お願いします、ギャラドスさん!」


唯一何も描かれていないボールを投げて、ギャラドスさんを出す。
対するポケモンは…イワーク。どちらも同じような体型だからジムが狭く感じる。

疲れていたとはいえ相性のいいオムスターに苦戦したんだ。
あまりギャラドスさんにバトルしてもらうのは慣れてないから翠霞以上に苦戦するかもしれない。
・・・でも慣れてないからといってギャラドスさんに迷惑をかけるわけにはいかない。

もし不利な戦況になったとしても、もう一体、あたしには出せる権利がある。
そのときは……白波にならなんとかしてもらえる、はず。

足に力をいれる。さっさと決めちゃおう。


「ギャラドスさん、なみのりです!」


あたしが叫ぶと同時に大きな波が現れて・・・・・・あれ?
しーん、と固まったジム。ギャラドスさんが困ったような顔であたしを見てる。なみのり、ちゃんとできるはずだけどなぁ…何度かお世話になってるし。

首を捻れば呆れたように翠霞が苦笑した。


もしかしてヒスイ、ギャラドスが大量の水分を体内に保有してると思ってたりする?

「えっ!ち、ちがうの……!?」


そういうとタケシさんが笑い出した。う、恥ずかしい・・・。
でもこの間に攻撃してこないあたりすごく紳士的だよね…ごめんなさい、お待たせして。


実際にはちょっと違うよ、電気タイプや炎タイプは体内でその属性の性質を生成できる。
 でも水タイプなんかはちょっと特殊で、大量の水が必要な技は近くにその媒体になるものが必要なんだ


「ば、ばいたい?」

自由に使用できる水分が近くにないから具現化できないってこと。


難しいけれどようは近くに水があって初めてできることらしい。
し、知らなかった…けどそりゃそうだよね、大量の水、どこから出すのって話だもんなぁ。

完全に勝機を逃したパターンに項垂れそうになる。けれどまだバトル、始まったばかりだし…。
とりあえずやらなきゃ、不利になったとはいえなんとかなるはず!


「き、気を取り直して!ギャラドスさん、こおりのキバ!」


今度はきちんとできる技を指示できたようで、安心したようなギャラドスさんの表情にスラディング土下座のひとつやふたつしたいくらい居た堪れない気持ちになった。
ううう、ごめんなさい…勉強不足なとこレッドさんに見せてしまったなぁ…。

とてもじゃないけれど彼のほうを見られない。こわすぎる!

イワークがこおりのキバを受けても割とダメージを食らっているように見えない。
そもそも岩タイプは物理的な攻撃に強いんだから、なんとかしなくちゃこのままじゃ不味い。

いわなだれをなんとか避けてくれたギャラドスさんを見上げる。
困った、白波に交代するしか……ん?あれ、は・・・


「すみません、ギャラドスさん戻って!お願い、紅霞!!」


素早くギャラドスさんをボールに戻して紅霞を出す。隣の翠霞が驚いたように大きな声を出す。


何考えてるのヒスイ!紅霞は岩タイプには相性最悪なのに!!

「戦ってもらうつもりはないよ。紅霞、ほのおのうず!そのまま火の海にして!」

は、あ?……わかった、お前が言うンなら、任せるからな


大きく息を吸った紅霞が炎を吐き出した。あっという間に回りは火の海になる。
もう少し、あとちょっと…!

炎が天井付近に到達するまではなんとか時間を稼いでもらわないと。


「お願い、そのまま時間稼いで!」


熱風に肌が煽られる。相変わらず紅霞の炎は熱い。
ここまで室温も上がれば"アレ"が黙っているはずがないんだ。

旋回していた紅霞がいち早くそれに気づいた。今だ!ボールを掲げて赤い光線が彼に伸びる。


「ありがとう紅霞。再度、お願いします!"なみのり"!!」

ッそれは…え?


翠霞が天井を仰いだ。設置されていたのは、スプリンクラー。
熱を感知して火事にならないように必ずどの施設にも設置してある。…と思う。

これで「媒体」は用意できた。大きな波がギャラドスさんを覆うように大きく伸びる。
それがイワークの高さを越えるほどになって、ついにイワークに襲い掛かる。
バトルフィールドが水浸しになって、紅霞の炎はすべて鎮火される。

蒸発した水が霧になって、ようやく晴れたそのとき、立っていたのはギャラドスさんだった。


「っ…ありがとうございます!」

スプリンクラーを媒体にするとは…してやられたな


くっく、と喉で笑うギャラドスさんに頭を下げてボールにしまう。
ああなんとか勝てた!翠霞は相変わらず目を丸くしたままで、大きな目をぱちぱちさせた。


「バトル、ありがとう。ヒスイ、だっけ?あのレッドと旅してるんだもんな、驚いたよ」

「こ、こちらこそありがとうございます!ジム、水浸しにしちゃってすみませんでした…」


タケシさんに手を差し出されて慌ててそれを取って頭を下げる。うわわ、驚いた!
近くで見ても目、細いんだなぁ…そういえばマツバさんも結構垂れ目だったし原作に忠実…って当たり前か。

くすくすと笑ってタケシさんはあたしの手を少し握ってから放した。


「ごめんな、普通のジムと違ってうちのジムはちょっとした湿気もポケモンたちが嫌がるから水場を設けてないんだよ」

「へ?じゃあ、普通のジムって水が用意されてるんですか?」

「まあ、大抵はそうなんじゃないか?カツラさんのところは元々海が近くにあるしな」


んー、と思い出すように宙を眺めながら顎に手を当てる。
今まで水ポケモンを持ったことがなかったし…白波のなみのりは、やっぱり水ポケモンとは違って威力が小さいし。
同じようにんー、と考えていたらぐいい、と引っ張られる。慌てて振り返ればレッドさん。忘れかけてた。


「お疲れさま」

「はい、・・・すみません、変なトコ見せちゃって」


件のなみのりは恥ずかしかった。レッドさんも無表情で「笑いそうになった」とか言うからますますつらい。
どうせなら笑ってほしかった。なんで無表情でそういうこというんだこの人は…!

タケシさんもレッドさんを見、久しぶりと声をかける。


「暫く行方不明だったってグリーンから聞いたぞ?なにしてたんだ?」

「修行」

「ははっ、レッドらしいな!」


彼にまで「らしい」姿を把握されているレッドさんについ苦笑してしまう。

そんなことよりとでも言いたげなレッドさんが再度服を引っ張った。なんだなんだもうなみのりについては何も触れないで!
と思ったら、そういうわけではないようで彼の瞳がしっかりとしたものになる。


「ヒスイ、バトル見て思ったんだけど……ヒスイに足りないものがわかった」

「は、はい」

「「"押し"だ」」


レッドさんの言葉に重ねるようにタケシさんがニッと笑って言う。
ちらり、レッドさんは彼を盗み見てそれから視線をあたしに戻す。押し…かぁ。そんな急に言われても、自分なりに考えてるつもりなんだけど…んん。


「ヒスイはそうだな…自分のポケモンが大切なのはわかるんだ。だけどヒスイはバトルしているんだから、ポケモンたちの力を十二分に発揮してやらないといけない立場にある。
 戦略は素晴らしかったよ、目の付け所はね。でもポケモンたちに悪い、と思う心が付け入る隙を与えているんだと俺は思うよ」


だろ、レッド?と問われて「そういうこと」と彼も短く答える。
……そういうもんなのかな、次のバトルから、少し気をつけてみよう、かな。

ありがとうございます、とふたりに軽く頭を下げればタケシさんの軽快に笑い声がジムに響いた。



2012.04.23





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