18 : Primrose







タマムシシティとヤマブキシティを繋ぐ道はそれほど長くはなかったけれど、なにせヤマブキシティは都会だ。
心なしかレッドさんの顔色も悪い気がする。

道行く女性から視線を頂戴し、なんならお声がけいただいているのだから無理もないよね……。


「大丈夫ですか?」

「ん、……なんとか」


彼から「なんとか」なんて聞いたのは初めてで、しかもこの先は都会のタマムシシティ。

あのエリカさんがジムリーダーで、しかも香水の一流ブランドもやっている。
……なんて情報は、ヤマブキシティでもらったパンフレットに書いてたことなんだけど。


「自分専用の香水かあ……」


その人柄にあった香水を作ってもらえると聞いて、実はすごく楽しみだったりする。
ここのところバトルバトルバトルばかりで、いつもならなるべく避ける草むらもレッドさんがいるだけでこの通り。

皆は元気いっぱいに追い払ってくれるけど、あたしのほうはというと、もうヘトヘト。

そんな中で唯一楽しみなのがウィンドウショッピング。
買い物はあまりしないけれど、そこは女の子、見て回るのはすごくたのしい。

もちろん隣のげっそりレッドさんはタマムシシティに着くなりポケモンセンターに直行してしまうし、正直なところ草タイプのエリカさんには紅霞だけでも十分すぎるくらいだと思う。
コガネシティで見たあの秘密の特訓はまだ続いている、らしい。白波に気付かないフリをするように頼まれているけれど、たまに報告は受けている。


「強くなったね、紅霞」


エリカさんとのバトルの前に紅霞の体を慣らしておきたかった。そのために一緒に歩いているけれど、前よりまた少し大きくなったように感じる。
たくさんの傷跡も目立ってきた。それだけあたしを守ってくれて、あたしと戦ってくれて、それだけ強くなってるってこと。

そっと手を伸ばせば紅霞が頷いた。安心しろって、言っているみたいに。

あたしなりの強さを見つける旅。あたしなりに挑む相手。
必ず終わらせる。そのための旅なんだから。




タマムシシティに入って、レッドさんが少し休んでいる間に私はそっとポケモンセンターを抜け出した。
陽も暮れ始めている時間帯だから周りはデートしている人たちで賑わっている。時折、楽しそうな家族連れも目に飛び込んできた。

しあわせな家庭。あたしには、そういう人たちはいなかったから。祖父だけが、あたしの家族だったから。

目頭が熱くなるのを感じて必死に首を横に振った。入口に入ってすぐに受付へと足を運ぶ。
なんて言い訳するかは色々考えたけれど、テキトーな嘘を吐くことには慣れているから。


「大変です、受付さん!お店の外で暴れている人がいて……もしかしたら裏口にまわってるかもしれません!」


なーんて、言うのは簡単なこと。

慌てた様子の受付の方に心の中で謝罪をしながら、私は彼が出て行ったことを確認して素早くポスターをめくり、ボタンを押した。
ゲームセンターの大きな音の中では小さな音に聞こえる入口への扉に滑り込み、そのままを閉めると暗闇が待っている。

紅霞を呼び出して尻尾の灯りを頼りに階段を降りていく。
ひとつ、ふたつ、みっつ。
かつりかつりと靴底が音を立てる。不意に、灯された明かりが飛び込んできて目を細めた。
誰か、いる?

視線だけで紅霞に合図して忍び歩きで奥を探索する。

暫くした先に、人影がひとつあるのを確認した。あれは…………


「……なんだ、お前か」


それはずっと会いたかった人で、いつも頼りにしていて、優しくて、ちょっと不器用で。
でも、今は会いたくなかったその人で。

言葉を見つけられないままの私を見、そして目が合う。
人はこんなときにどんな言葉を選ぶのだろうか。


「あ、あたし」

「ここは俺の親父があいつに負けた場所だった」


あたしの声と被さるように、シルバーくんは言葉を綴る。たぶんあたしに気を遣ってくれて、あたしが言葉を選ばずに済むように話してくれているんだと思う。
だから言いかけた言葉を飲み込んだ。そうしないと、また余計なことを言って後悔しそうだったから。


「たったひとりの子供に、親父は、負けたんだ。それで親父は家から出て行った。
 お前に関係のないことだってことはわかってる。でも、それでも俺は、あいつが嫌いだ。あいつが憎い。俺は親父の悪行とかはどうでもいいんだ、ただ……」

「父親が奪われたように感じたんですよね」


咄嗟に、口から言葉が飛び出してしまった。

そんなつもりじゃなかったのに、彼は続きを待つかのようにだんまりを続けている。
ぽそり、ぽそりと私なりの言葉を紡いでいく。


「あたし、父親はいるんです。でも、母は私が幼い頃に病で死んでしまいました。
 そのあと父はすぐに再婚して……立場上仕方なかったとはいえ、あたしにはそれが裏切られたって感じたんです。
 新しい母親とは仲良くなれなくって、気が付いたら、あたし家を飛び出しちゃって。……あはは、なんでこんな話しちゃったんだろ、ごめんなさ、……!」


ぽんと頭に手を乗せられる。それがどういう意味かわからずにぼんやりしていると「同情じゃないから」とだけ言って彼はその場を去っていった。
少しだけ、仲直りできたのかな。触れられた髪を触る。一本一本に熱が籠っているかのように感じて、あたしはへたりこんでしまった。


良かったんじゃねーの。面白くはねえけどさ


ぶっきらぼうに紅霞がそう呟いた。うん、そうだよね。あたしの配慮不足が招いたことを、シルバーくんが歩み寄ってくれている。
それが何よりうれしくて、自然と、あたしは笑いながら涙をこぼした。
見られなくてよかった。見てるのが紅霞だけでよかった。簡単に泣く弱い女にはなりたくないのに、こぼれてくる涙はとまらなくって。


あーあー、ハイハイ


紅霞はそういって抱きしめてくれて、あたしはただただ落ち着くまでその場でへたりこんだままとめどなく涙を溢れさせた。






タマムシジムでの紅霞の活躍は目を見張るものがあった。

もちろん、相性だけの問題じゃなくって、きちんと勝つためにあたしと心を通わせていて、それでいて勝利までのルートを計算しているのだと思う。
紅霞がこういう風に戦うようになったのって、きっとレッドさんのリザードンのおかげだと思う。

そう思って振り向くと、レッドさんと目が合った。どうやらタマムシジムは苦手らしく、居心地悪そうに帽子を深く被りなおしている。

ジム観戦……と称した女性がレッドさん目当てで視線を送っているんだもの、はやく終わらせてほしいって意味の視線だよねあれ。
あたしは少し苦笑すると、紅霞に指示を出した。


「紅霞、かえんほうしゃ!」


結果から言えば私の勝利だったのだけれども、ジム戦が終われば終わったで結局女性に囲まれているレッドさんを見て苦笑を重ねた。

そうしている間に私はジムリーダーのエリカさんと和やかで落ち着いた雰囲気の中、おしゃべりに没頭している。


「クサイハナから香水の原料ってできてるんですね、すごいなあ!」

「ええ、加工していないときとは全く違う香りができあがるんです。
 ヒスイさんもよろしければ是非、お付き合いくださいな」

「いいんですか!?も、もちろん、ぜひ!喜んで!!」


がばりと立ち上がったあたしはいまだ解放されずにいるレッドさんの「助けろ」視線を無視して手を振ってエリカさんについていく。
ジムと併設された植物園を見学する。どれもいい香りだけど、ある花に目を向けた。


「これ、いい香りがしますね」


あたしはそれに顔を近づける。バラのようでいて、そこまで強くはない。
その香りに釘付けになっていると、エリカさんはそれを摘んで、手持ちの籠にそっと入れた。


「プリムラというんですよ。これをベースに作ってみましょうか」


聞いたことのない花、メジャーなものしか知らないあたしが言うのもなんだけど。
どっちかというと食べられる実をつける植物のほうが詳しいから、ここはまるで未知の世界のよう。

少し待っているようにエリカさんに言われてしばらく植物園を散歩してみる。紅霞はさすがにしまっておいて(危ないもんね!)、翠霞の隣を歩いた。
あたしが立ち止まって花を見るたびに解説してくれるあたり、さすが草ポケモンといったところだ。

翠霞は不意に立ち止まってあたしを呼ぶ。


ねえヒスイ、プリムラの花言葉って知ってる?

「そんなの知るわけないよー。さっき名前教えてもらったばっかりだもの」

ふうん……そっか。さっきの花言葉のひとつにね、こういうのがあるんだ


不意に後ろから声をかけられた。エリカさんだ。
綺麗なボトルに入れられた香水は、ドーム状の植物園のガラスの天井から降り注ぐ陽の光で、キラキラと輝いている。

そういえば、翠霞、何を言いかけてたんだろう。

振り返って彼を見ると少し離れた場所から、クサイハナと話し込んでいただろう彼がちらりとあたしを見て微笑んだ。
まあいっか、あとで教えてもらおうっと。

エリカさんにジムバッヂと技マシン、そして香水を受け取って何度も頭を下げた。
トレーナーとしてどうかと思うけれど、勝利より香水のほうがずっと嬉しいな!




プリムラの花言葉にはね、"運命を切り開く"っていうのがあるんだよ


そんな翠霞の言葉はあたしには届かないまま、次のジムを目指して明日からまた旅立つんだ。








2019.08.07





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