就職先

 玄関先で軽口の応酬を繰り広げていると、吹き抜けの上から低い男性の声が降ってきた。
 ピン、と空気が張り詰め、メイド達は手を止めて頭を下げる。俺は逆に声の方へ顔を見上げた。リオンは……
 ちらりと横を見ると、リオンを纏う空気が変わっていた。不機嫌にしろ面倒くささにしろ、今までそこには感情があった。それがまるで感情を全て消したような冷たいものに。思わず眉をひそめる。
 二階に現れた声の主は俺達の姿を捉えると一瞬訝しげな顔をしたが、すぐにリオンの方を向いた。

「リオン、任務はどうした。それに彼らは?」
「任務遂行中に発見しました。どうやら孤児らしく、例の盗賊達に襲われかけたようですが白い髪の方が自力で撃退したようです」

 淡々と報告をするリオン。にしても白い髪て。名前知ってるはずなのに。まぁいいけどさ。立ち上がって礼を取ろうとしたが、手当て中の足が傷んでバランスを崩す。咄嗟にマリアンが支えてくれた。小声でありがとうと言えば小さく微笑まれた。

「彼がか。怪我をしたのか」
「…………はい。お騒がせをして申し訳ありませんヒューゴ様」

 今の間は元々裸足に近い足下だったとか諸々の説明を省いたな。間違ってはいないけど。ややこしくなるだろうし。
 この男が屋敷の主、ヒューゴ=ジルクリスト。世界的企業オベロン社の総帥という肩書きを持ち、セインガルド王の信頼も厚い。
 事実確認に向けられた視線に居心地の悪さを感じる。

「その剣はどうした。彼のものか」

 ヒューゴは目敏くリオンが持っている雫に気づいた。それとも同じソーディアンマスター。感じるものがあったのだろうか。彼か、あるいは彼の奥深くにいる誰かが。

「その様です。この剣はどうやら七本目のソーディアンらしく、聞けば二人共ソーディアンの声が聞こえる事がわかりました」

 その言葉にヒューゴは今度こそ驚いた顔を俺に向けた。
 それが素質がある事にか、自身の知らない雫が残っていた事にか、どちらに驚いたのかは解らないが。
 ゆっくりと、もったいぶるようにヒューゴが階段で降りてきた。まるで考える時間を作るかのように。

「初めまして。私はオベロン社総帥、ヒューゴ=ジルクリストという者だ。君達は?」
「ソラ=アマミヤと申します」
「妹の、マイです」

 名前を言うとヒューゴは柔らかい表情を作って俺達に向ける。けれどあくまで作られた顔。感じる威圧感は変わらない。

「ソラ君にマイさんだね。盗賊に襲われて大変だったろう。怪我までして」
「腕には多少の覚えがありましたので。足の怪我は自分の不注意のようなものです」
「それにしても一人で相手できるとは大したものだ。どこかへ行く途中だったのかい?」
「目的地があったわけではありません。妹と二人の生活、ダリルシェイドなら住み込みでの働き口があるかと思い、ここまで来ました」

 そうか……と心配するような口振り。だけど本心ではなく情報を得ようとする質問ばかり。だったら欲しがるような答えを提示しようじゃないか。

「リオン、陛下にこの事はご報告はしたのかね」
「いえ、まだです」
「ならば手当てが終わり次第直ぐに行きなさい。私もすぐに向かう」
「わかりました」

 きびきびとした態度で出ていく戻っていくヒューゴ。扉が閉まるとやっと場の空気が緩む。
 思わず深い息が漏れた。


 身寄りのない子ども。盗賊を撃退するだけの腕前。そして何よりソーディアンマスターの資質。


 さぁ、俺は駒となり得るか?



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