村上鋼
武士系男子に振り回される
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「アキに会って欲しい人がいるんだ」
なんの前触れもなく言われた言葉にアキは思考が停止した。
なんか恋人とか、家族に紹介する時の決まり文句みたいだなーとか。
昨日見てたドラマもちょうどこんな感じだったなーとか。
訳の分からない事を考えるくらいには意識も戻ってきたようだ。
「それって鋼君の好きな人?」
「ああ、そうだよ」
村上の言葉を聞いてアキは失恋が決定した。
その後も続けられる村上の話を右から左へ流し適当に頷く。
日時と場所まで決められてしまい、
ショックと同時に受け入れるしかないと腹をくくる…しかなかった。
神威アキは村上鋼という男が好きなのだ。
村上の存在を知ったのは高校一年の時だ。
同じクラスだった。
第一印象は落ち着きがある人だった。
バカばかりするクラスの男子とは違う落ち着きに、
友達が取っ付きにくいと言っていたのをアキは覚えている。
クラス対抗の球技大会。
男子がサッカーで、
友達と応援しに行った時に見た村上のサッカー部並みの動きに、
友達だけじゃなくクラス皆で凄い!と盛り上がった。
…のに対して、
当人である村上はあまり嬉しそうでなかったのをアキは覚えている。
それから運動部がこぞって村上を勧誘しにきていたが、
どこの部活にも入部することはなかったのは有名な話だ。
村上は器用な人間だ。
何でもそつなくこなすどころか、
気づいたらできるようになっている。
アキはそれを羨ましいと思った。
アキも運動部…薙刀をしている。
元々運動神経はあまりよくない方なので、そのせいか、
防具をつけて、かかり稽古をするのも人よりも遅かった。
村上みたいにすぐになんでもこなすような器用さがあれば、
少しでも早く、皆と一緒に稽古できたのだろうかと考えたことがある。
村上みたいになんでもできれば、できそうなことがたくさんあるはずだ。
今、部活動に夢中なアキは試合で勝つこととか、
団体戦優勝とか、インターハイへ行くとか、それくらいしか思いつかないが、
普通ならそういうことを考えるものではないかと思っていた。
だからだろう。
部活に所属しないばかりか、
何にも興味を示さない村上が不思議でしょうがなかった。
「村上君ってやりたいこととかないのかなー…」
「なんで?」
「なんかつまんなさそうで。
器用なのに勿体ないなーって…」
「そんなこと言われたの初めてだな」
「そうなの…って、えぇ!?」
なんて、馬鹿なんだとアキは思った。
考えていたことが口から出ていただけでなく、
本人に聞かれてしまっている。
仲もよくないただのクラスメイトだ。
こんなこと言われて気を悪くしたんじゃないかと慌てて謝ったら、
何故か知らないけど笑われた。
こんな風に面と向かって言われたのが清々しかったらしい。
笑って許してくれたことに、この人いいひとなんだなって思ったのと同時に、
初めて見る村上の笑顔に、
この人笑えるんだと、失礼なことをアキは思ったのだが、
そこから妙に親近感が沸いた。
何を考えているのかよく分からない顔をして、
話してみれば普通の人で、
器用なくせに対人関係がちょっと不器用で、
それがちょっと面白く感じたのだ。
ある日、アキは村上に聞かれたことがある。
「どうして、薙刀やってるんだ?」
部活に入った理由とかじゃなくて続けている理由を聞いていることはすぐに分かった。
確かに高校の運動部はどこも厳しい。
アキの部だって道着に着替えたらまずが校外を走るところから始まる。
それから素振りをかかり稽古をして、試合をして…となっていく。
運動神経があまり良くなかったアキがよく今までついっていったなと、
周りから見れば至極当然の意見なのかもしれない。
きついし、汗臭いし、腕や足だって筋肉ついてちょっと…あれだし。
客観的に見ればアキだってそう思う。
でも止めなかった理由は一つしかない。
「薙刀が好きだから」
好きだから、強くなりたいからひたすらやるのだ。
そうとしか言いようがなかった。
基本、武道は自分自身との戦いだ。
心身鍛錬は確かに苦しいこともあるが、
その分できることが増えていくことが嬉しいのだとアキは話した。
個人競技ではあるが団体戦の時、皆で一丸となっていくのが好きだとか、
そういうことを話していた。
「あと、試合が好きなの。
コートの中に相手と自分だけしかいない空間が凄いの!
剣先から相手の気迫が伝わってきて、この人と戦えるんだなーって凄くドキドキする」
部活が楽しくてしょうがない。
それを黙って聞いてくれて嬉しかったのを覚えている。
女の子なんだからーとかそんなこと言わない村上に、
「神威ってかっこいいな」と言う村上に、
照れてしまったのをアキは覚えている。
高校二年生になって、村上とはクラスが別になった。
同じクラスだからといってそんなに話す仲ではなかったが、
それでもクラスが別になればもっと話す機会はなくなる。
…それが少し残念に思ったことをアキは覚えている。
うちの学校はボーダーに入隊している生徒が多いらしい。
人伝に聞いた話だ。
別にボーダーに興味がなかったアキは、
友達の話を聞き流していたが、
友達の口から連なる名前の中に村上の名前があって驚いた。
組織に所属するとか村上のイメージに合わなくて、
一体何が起こったんだとアキは思ったが、
それをわざわざ聞きに行くのも変な気がして、モヤモヤした。
後日、タイミングがいいのか悪いのか村上とボーダー隊員と思われる生徒が一緒に歩いている姿を見て、ズキッとした。
表情が柔らかくなっている。
ボーダーでいい仲間と出会えたのか、
今までどこか他人と一線を引くように距離をとっていた村上が誰かと楽しそうにしていることはいいことのはずなのに、
素直に喜べない自分にショックを受けたのをアキは覚えている。
学校の廊下。
友達と話している時に同じクラスの男子の話題になった時だ。
「まぁ、村上君ならしょうがないんじゃない?」
「俺がどうかしたか?」
「村上君!?ひ、さしぶり…」
クラスが離れて初めて会話した。
相変わらずいきなりの会話参加に心臓が悪い。
現れたのは話題になっていたクラスの男子ではなくて村上鋼の方だった。
「で、俺がどうかしたのか?」と再度聞いてくるから、説明する。
うちのクラスに村上っていう奴がいるからそいつの話。
「はは、なんだか紛らわしいな」
「本当にね。村上ってまぁまぁいるよね」
「間違えて返事しそうだから名前で呼んでくれると助かる」
「え」
間違えて返事をさせるほど、そんなに会話…どころか会いもしないけど、
そう言われてしまうとドキドキしてしまうじゃないかと、脳内パニックを起こしていた。
しかし、それを体面に出すには勇気がなく、
アキは平常に努めて言う。
「こ、…鋼、君」
アキの精一杯だった。
それを嘲笑うかのようにタイミングいいのか悪いのか、
村上の友達が声を掛けた。
いや、このまま面と向かうのは恥ずかしいので良かったのかもしれないが…。
「鋼、行くぞ」
「ああ、荒船。今行く。
じゃあなアキ」
なんか、思いっきり爆弾を投下された気分だ。
隣にいる友人がどういう関係なんだとキャーキャー盛り上がっているが、
そんなのアキの方が聞きたかった。
懐かれていることは分かったがそれ以上に嬉しさと恥ずかしさで、
死にかけたことをアキは覚えている。
こんな感じでちょっとした出来事の積み重ねで、
気づいたらアキは村上の事が好きだということを自覚したのだ。
で、だ。
自覚して、自分の気持ちを持て余していたところでコレである。
高校三年生になって再び同じクラスになって、
前みたいに話す機会が少し増えた。
ボーダーでできた仲間や友達の話は別に問題ない。
アキだって村上が楽しそうならそれに越したことはない。
自分のやりたいことを見つけて良かったなと今なら素直に喜べる。が、
どうして自分が村上の好きな人に会わなければいけないのだと往生際悪く、
現在進行形で思っていた。
私はお前のお父さんか!?と言いたくなったが、
ちゃんと伝わるか疑問だったので何も言わなかった。
おかげで本日、村上の好きな人に会うことになった。
しかも、ファミレスで食事とかハードルが高いだろと思ったが、
嬉しそうな村上の顔を見て負けてしまった。
どうせ失恋決定なら、せめて村上が少しでも幸せになるように…と
自分に言い聞かせていた。
「それで鋼君。今日来る人ってどんな人?」
「優しくて頼りになる先輩。だな…。
守りたくなるんだが、いつも俺が守られてる」
「…それはいい先輩だね」
会う前に惚気を聞かされるのか…。
神様が許してくれるならアキは今にも泣いてしまいたかった。
「ごめん鋼。待たせちゃったかな?」
「そんなことないです来馬先輩」
急に声を掛けられる。
立ち上がる村上に釣られてアキも立ち上がって挨拶をする。
――あれ、今日来るのって…。
大好きな先輩じゃなかったのかと村上を見る。
村上はその視線を勘違いしたのかお互いを紹介し始めた。
「こちらがボーダーでオレが所属している隊の隊長の来馬先輩だ。
先輩、こっちが以前話した友達のアキです」
「あ、君が鋼が言ってたアキちゃん?
初めまして、来馬です」
「初めまして神威アキです…あれ?」
今、何が起きているのかアキだけついていけてなかった。
「鋼からよく話を聞いててね。
仲のいい友達なら会ってみたいなーって話をしたら」
…どうやらそういうことらしい。
お世話になっている大好きな先輩に言われたから今回の食事をセッティングしたらしい。
ボーダーで何人の話をしているんだと突っ込む前に、
アキにとって念のために確認しておかないといけないことがある。
「鋼君が好きな人って…」
「来馬先輩。
先輩にはいつもお世話になっているんだ。
それに前アキが言ってただろ?
チームで一緒に戦うのは楽しいって」
自分の好きな事、楽しい事を共有したいってことらしい。
事の経緯を把握した瞬間、アキは脱力した。
「そっか―…」
「アキどうしたんだ?」
「ちょっと緊張が解けて…」
「あ、ごめんね!
そうだよね、いきなり会ってみたいなんて言ったらびっくりしちゃうよね」
来馬のこの言葉だけでも優しさが滲み出ている。
それは村上も懐くだろうなということを理解した。
そして、村上が言う好きな人がイコール恋愛の好きではないことも分かり、
とりあえず、自分はまだ失恋していないらしい。
ほっとしたのと同時に、
村上の表情を見るからに、
来馬はライバルとしては強敵なんじゃないかとも思ってしまったアキは、
ちょっと複雑な気持ちで二人と食事を共にした。
多分この場で純粋に楽しんでいたのは、
来馬と村上の二人だけなんじゃないかとアキは思った。
20150714
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