村上鋼
今日も明日も


「うーん…引き戸だった」

アキは扉の前で立ち止まった。
資料整理をするために段ボールに詰めるのは良かった。
それを持ち上げられる重さで、
部屋を出るのも問題はなかった。
ただ、資料を持っていく先が部屋が扉を引いて開けなくてはいけないのを失念していた。
持ったままでは開けられないのだ。
扉は開けてる、扉の重さで自動的に閉まるようになっている。
開いたままにするための支えもこの場にはなく、
段ボールを床に置いて、
開けたら自分の身体を入れ込んで扉を閉まらない様にして、
段ボールを入れれば…と考えたところで、
急に手元から段ボールが持ち上げられた。

「アキ、持つよ」
「鋼くん…!」

返事をする前にアキの手から段ボールをひょいっと持ち上げたのは村上だった。

「扉を開けてくれれば良かったのに…」
「そうか、じゃあアキが開けてくれないか」
「うん。ありがとう」

言うとアキは扉を開け、村上に運んでもらう事になった。

「これはどこに置けばいいか?」
「来馬先輩が一度資料に目を通すから、先輩の机の方に…。
見やすいように分類分けしないと」
「オレも手伝うよ」
「もうそろそろ皆戻ってくると思うから、
お茶菓子の準備だけお願いしてもいいかな?
棚の上にあって私じゃ取れないから」
「ああ、分かった」

静寂に包まれた部屋に、
聞こえるのは作業の音と相手の声。
お互い少し離れて行動しているが、
音が響いて聞こえるからか、隣にいるかのような気がする。
最初はそれに少し恥ずかしくて緊張した事もあったが、
今では慣れて、静寂さえも居心地良く感じてしまう。
遠くから賑やかな足音が聞こえてきて、
皆が帰ってきた事を知る。

「お疲れ様で〜す」

勢いよく開かれた扉。
一番乗りで入って来たのは別役だ。

「先輩!おれも何か手伝いますっ!」
「ありがとう。でも…」
「アンタがやると時間掛かるから駄目」
「今先輩、大丈夫です!今回はおれ、ちゃんとできますから!!」
「大人しく座ってなさい」

今に首根っこ掴まれて別役は無理矢理ソファに座らされた。
アキの手伝いが駄目なら村上の手伝いを…と思って動こうとすれば、
それさえも今に止められる。
ただでさえドジっ子の別役だ。
善意なのは分かるが一歩動くだけでも大惨事に見舞われるため、
悪いが大人しくして貰った方が捗るのだ。
動く人間が三人もいれば、一人は別役の見張り役に徹する事が出来る。
今回は今がその役に徹する。
…見事なフォーメーションだ。

「まぁまぁ今ちゃんもほどほどにして…。
神威ちゃんもお仕事ありがとう。
折角、鋼が準備してくれたから皆で一息しよう」
「やったー。
じゃあ、おれ、皆のコップ持ってきます」
「動かなくていいから!また割る気なの?」
「今日は大丈夫ですって」
「信じられるわけないでしょ」

いつものやり取りにアキはくすっと笑う。
今が別役を抑えている間に全員分のカップにお茶を入れ終わり、
村上の隣に腰かけた。
お茶を用意する手際の良さか、
それとも自然にそこに落ち着いたからなのかは分からないが、
アキと村上が一緒にいるのを見て、
別役は思った事をそのまま口にした。

「そういえば二人はデートしないんですか?」
「「?」」

言われた当人達は一緒に首を傾げた。
その様子を見て来馬と今は相変わらず息がぴったりだなーとか思っているわけだが、
別役はそうは思わなかったみたいで、
さらに踏み込んできた。

「だって、二人付き合っているのに、いつも鈴鳴支部にいるじゃないですか!」
「え、いつも一緒にいたいから」
「俺も」
「いや、そうじゃなくってですねー!!」

さり気なく恥ずかしくなるようなセリフを言っている二人はいつもと変わらない表情をしているが、
聞いててこっちが恥ずかしいと、
そして太一五月蠅いと今が別役を叱咤した。

「そういうのは本人達の自由なんだから、
あんたが口出ししないの!」
「えーでもー」
「そうだよ、太一。
それに僕は二人がここを気に入ってくれていて嬉しいけどなー」
「来馬先輩!」
「はい」
「あー…これも原因の一つよね…」

今が頭を抱えた理由をここにいるメンバー誰一人分かるものはいないだろう。


そんな感じで皆でまったりとお茶をしてから帰ることになった。
途中まで家の方向が一緒なため、
二人はいつも一緒に帰る。

「これも幸せなんだけどなー」
「アキどうしたんだ?」
「さっき、太一くんに言われた事思い出したの。
デートしないんですか?って」
「ああ、そうだな。全くしないわけじゃないんだけどな」

学校や防衛任務、ボーダーでの時間、そしてこういった帰り道。
特に忙しくない時は一緒にいる事が多いのも理由のひとつかもしれないが、
確かに表立ってデートするという事はあまりないし、
認識されていないのかもしれない。
それがまさか別役に心配されるとは思っていなかったが、
少しだけ考えてしまう。

「あ」

アキの声で村上はそちらの方を見る。
彼女の視線の先は路面販売されているアクセサリーだった。

「これ、アキに似合いそうだ」

言うと村上はそのブレスレットを手に取る。

「そうかな?」
「うん。すみません、これ下さい」
「え、鋼くん!?」

アキの制止も聞かないまま、
村上は会計を済ませた。
どれが欲しいとも言っていないが、
村上が似合うと言ってくれたものはアキが見ていたものだった。
似合うと言われて少し嬉しくて更に意識が向いた。
…何も言わなくても解っているなーと思うと余計に嬉しく感じる。

「アキ」

村上に言われてそちらを見れば、
もう会計が終わったらしい。
「手を出して」と言われてアキは村上に自分の右手を出した。
村上はそのままアキの腕に、
今購入したばかりのブレスレットをつける。
その様子を見ていると胸がドキドキしてしまってしょうがない。

「ほら、やっぱり似合う」
「ありがとう」

村上の言葉に少し恥ずかしくなって出てきた言葉に、
もう少し何か言えなかったかなとアキは思った。
だけど素直な言葉でもあった。

「大切にするね」
「ああ」

満たされるこの空気を二人で感じて二人揃って笑った。

「これも立派なデートだよね?」
「?そうだな」
「明日、早速太一くんに自慢するね」
「…ちょっと照れくさいな」
「ふふ。でもあそこまで言われちゃうとね」
「確かに」
「来馬先輩も今ちゃんも喜んでくれるかな」
「そうだな」
「じゃあ、皆に喜んでもらえるね」

自分の好きな人、仲間に大切にされている。
それはどれだけ幸せな事なのか。
明日も大好きな人達に会いたい。
アキは明日、皆の顔を見るのが待ち遠しくてしょうがない。
そして恐らく隣の村上も同じだ。

「鋼くん、帰ろう」
「ああ」

言うと二人は手を繋いだ。
明日、一緒に大好きな仲間達に会うためにーー。


20160914


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