二宮匡貴
きっかけ
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私と二宮君は同じ大学に通っていて、
同じ講義を受けていた。
最初はそれだけだった。
二宮君は成績がいい。
クールでかっこいいと友達がよく騒いでいるのを聞いて、
釣られて私も遠目から見ていた。
確かにかっこいいと思った。
でもそれだけで、
なんとなく二宮君と私は生きている世界が違うと思った。
彼がボーダーに所属している事もあるのかもしれないけど、
それとは別に、彼は自分の領域内に人を寄せ付けようとはしないところがあった。
だから彼とお近づきになりたくてもなれないというのが大半の女性の悩みだった。
私は友達の話を聞きながら頷いた。
だったら諦めればいいのにとかそんな事を思ったけど、
流石に口に出すわけにはいかないので、
中々難しいねとか、恋する女の子は大変だとか茶化す感じで言う。
女性社会というのは難しい。
上手くやっていくには相手の話を聞いて適度に頷いて、面白くなくても笑い、
思っていなくも相手に同調して怒ったり、悲しんだり、褒めたりして世渡りするしかない。
私の人付き合いなんてものはなんとくなく流されるままで、
あまり他人に対して執着なんて持ったことがなかった。
だから友達があの人かっこいいだとか自発的に言えるのは凄いと思うし、
あの人が好きだと言うのはもっと凄いと思った。
その理由を聞いても私には理解できないから尚更だ。
恋をすれば理由なんかなくても落ちるものだとか、
好きになったらその人の事しか考えられないとか、
この人が運命の人だから、将来はこの人と結婚したいとか、
まるで夢物語。
性質が悪いのはそれを語る子は、
この間男と別れ、新しく彼氏ができた子で、
何回運命の人に出会ったのかと溜息をつくのも忘れるくらいの猛者だった。
それを見ていると彼氏とか別にいらないかなーと思うし、
恋は…してみたいけど、堕落した生活を過ごすなら別にいらないかもしれないとか、
そんな感じだった。
ある講義の時間。
時間ぎりぎりだった私は空いている席を探して、見つけ次第勢いに任せて座った事があった。
隣に座っているのは二宮君だった。
「隣いいかな?」
笑いながら聞いた私に二宮君の目は鋭かった。
「愛想笑いするな気持ち悪い」
いきなり何を言うんだ此奴はと怒っても良かったのかもしれないけど、
二宮君の言葉に一瞬何を言われたのか分からなかった。
二十年生きてきたけど私の事に関して突っ込んだもの言いをする人はいなかった。
少なくても面と向かって言う人は記憶を溯ってみても思い出せない。
呆けていた私を見て、二宮君の眉がぴくっと上がる。
「何を間抜け面している。さっさと座れ」
「う、ん」
そんな些細な事だった。
それをきっかけに、何故か私は彼に興味を持ち、
ちょっとずつ話しかけるようになった。
最初は怪訝な顔をしていたけど、
大学の講義に関して皆で論議したり、飲み会をしたりという行事があると、
律儀な程、二宮君はボーダーの仕事が入っていない限りは参加する。
無論私も参加しているので、
回数を重ねるにつれ必然的に話す機会がどんどん増え、
いつの間にか友達といっても差し支えない関係になっていた。
二宮君の言葉はまっすぐで事実しか言わないから正直きつく感じる事もあるけど、
決して悪意があるわけでもないし、真摯に言ってくれるそれに誠意さえ感じられる。
それに私は今までの自分の人との付き合い方に、
真面目に向き合っていなかったんだなと感じ、反省した。
だからすぐに体当たりするかのようにぶつかり合うような付き合いができるわけでもなかったけど……。
ただ、二宮君といるのはいろいろ考えさせられる事があって、
新しい発見とか、自分ももう少しこうありたいとか思えるようになって、
正直、女友達と一緒にいるよりは、
二宮君と一緒にいる方が実になるなるし、なんだか楽だった。
あの時までは――。
珍しく飲みに行かないかと誘われて居酒屋に行った。
あの時の二宮君は少し様子がおかしかった。
例えば自分で誘っておきながら、私に何か話せと命令したり。
例えばいつもよりお酒のピッチが速かったり。
極めつけは酔いつぶれるまで飲み続けた事だ。
いつもなら酔うまで飲まないのに、
何かあったんだと察すのは簡単だった。
本当は何があったのか話を聞いた方が良かったんじゃないのかと急に不安が襲う。
このままにしてはいけないと思ってとりあえずお勘定して、
タクシーを拾って家まで送って愕然とする。
二宮君は見た目通り住んでいるところもいいところで、
セキュリティーマンションだった。
カードキーを通せばいいタイプだったのは救いだった。
酔っ払い相手に申し訳ないけど、
どこにあるか分からないカードキーを探し出す。
見つけ出して(服のポッケとかじゃなくて良かった!)エントランスを通り、
無事に部屋まで辿りついた。
プライベート空間に上がられるのは嫌だろうなと思ったけど、
酔っ払いを玄関に投げ捨てるわけにもいかないので、
罪悪感いっぱいになりながら、部屋に上がった。
シックで上品さが漂う部屋は家主の性格が表れていた。
正直ここまで運ぶのは体力の限界だった。
ベッドまで連れて行こうとして一緒に倒れてしまった。
「二宮君、ごめん、重い!」
覆いかぶさっている二宮君から抜け出して、
揺さぶってみるが起きる気配はない。
仕方がないから二宮君を部屋まで引きずってベッドの中に入れる。
私ここまでよく頑張った。
絶対、明日は筋肉痛だよ。
そんな事を考えながら二宮君を見る。
こんな二宮君は初めて見た。
二宮君は人に厳しいけど自分にも厳しい人だ。
完璧主義なところもある。
だから人に弱みを見せようとしないし、見た事もない。
弱音を吐かない、吐く必要がないくらい強い人だと思っていたけど本当は吐ける場所がないだけなのかもしれない。
ふとそんな事を思ったら胸がぎゅっと痛くなった。
「二宮君、私は――」
私は言葉を呑み込んだ。
きっと二宮君は弱っている自分の姿を誰にも見られたくないはずだ。
なら私は見なかった事にしないといけない。
そう思って私は部屋から出て行った。
心臓はばくばく大きな音をたてる。
「私は――…」
――貴方の弱音が吐ける場所になれますか?
そう思ってしまうくらい、
私は二宮君の事が好きなんだって気付いてしまった。
20151109
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