二宮匡貴
きっかけに続く


酔いつぶれた二宮君を部屋に送り届けてから
三日経った。
私が彼を好きだと気付いて三日――…
翌日は休日で、翌々日は二宮君がボーダーで会う事がなかった。
どんな顔して会えばいいのか分からなかった私はこの期間で心落ち着かせる事ができると思っていた。
だけど、恋っていうのは厄介だった。
それを見に染みて体感するなんて、思ってもいなかった。
二宮君に会っていない間、
気付けば二宮君の事考えているし、
大学でも無意識に二宮君の姿を探すし……恋に落ちたら何も手につかなくなるのが分かる。
でも実際問題そういうわけにはいかないので授業は集中した。
ここで堕落したら二宮君に嫌われそうだから。
そう考えてしまう辺り、私は二宮君を想っている。
少し前の事が気まずくて会いたくない、でも会いたい――…
ぐるぐる回る気持ちに酔いそう。


いつもの講義の時間。
教室に入った瞬間に分かる。
二宮君はいない。
それにほっとしたような、がっかりしたような訳の分からないあの感覚に襲われる。

「神威」

ふと呼ばれて、私の心臓が飛び跳ねた。
二宮君の声だ。
今までどう返事をしていたのか思い出せない。
久しぶり、具合はどう、元気出た……どの言葉も何か違う気がして……、
私はいつも通りに振り返った。

「隣座る?」
「あぁ」

久しぶりの二宮君。
なんだかいつもと違う気がするのはやはり私が彼に恋心を抱いたからなのか。
ドキドキしている私を知らず、二宮君が言葉を続けた。

「この間の事だが――」
「この間?」

ドキッと胸が更に高鳴る。
二宮君は覚えているのだろうか。

「一緒に飲みに行ってから記憶がない。
あの後…気付いたら家にいた……」

バツが悪そうに言う二宮君。
何かあったかと聞きたいのかな。
醜態を晒したことかな、それとも違う何か……。
頭の中でぐるぐるいろんな事を考えたけど何を言えばいいのか分からない。
それより先に口にしたのは二宮君で「何か変な事言わなかったか?」だった。
変な事も何も二宮君は酔いつぶれていただけだ。
そんなに心配するという事はボーダーの事だろうか。
私は関係者ではないから確かに心配するのも分かる。
彼が気にするのはボーダーの事で、
私の事は気にしていない事が分かってしまった。
……近くにいたいと思うのに、
そう言われると部外者だからとはっきり線を引かれた気分になる。
なんでだろう。
当たり前の事なのに、傷ついた気分になるのは――…。
そこで少し気付く。
私は何か期待していたんだ。
自分の気持ちが変わったのと同じように、
二宮君も何か変わっていればいいなとかそんな自分勝手な気持ち。
自分から何か行動したわけじゃないから変わるはずがない。
それなのに馬鹿みたい。
二宮君は酔いつぶれただけなのに。
勝手に自覚してドキドキしたのは自分なのに。

「何も聞いてないよ。
寧ろ二宮君が私に何か話せって言って私にずっと喋らせてたでしょ。
その後はタクシー拾って帰って行ったからその後は知らないよ」

だから私もそれに合わせる。
こんなの今までやってきたことだ。
だから大丈夫。

言うと丁度、講師が入室して来た。
眉間に皺を寄せる二宮君の姿を、
私は見なかったフリをした。
今まで通りの自分に戻る。
大丈夫、私は二宮君の友達だから。
講義の間、心の中でずっと言い聞かせた。






あれから何度か神威と会う。
だが、最近アイツの様子が少しおかしい。
何か取り繕うようなそんな態度は、
初めて会った時とどこか似ている。
無性にイライラした。

「なにか言いたい事があるなら言え」
「何を?」

首を傾げる神威の表情は本物だ。
嘘ではない。
だが、「最近、俺に対してよそよそしい」と続けた言葉にあからさまに反応する。
本人は何もないフリをしているつもりかもしれないが、
ただ合わせるだけの反応は、見る人間が見れば分かる。

「そんな事ないと思うけど」
「気持ち悪いその上辺面で誤魔化されると思っているのか」
「……何かあったとしてもこんなとこで言えないよ」
「は?」

大学の廊下。
世間話をするくらいなんともないはずだ。
何か重大なことをしたか?
思い返すが、そんな失態を犯した覚えは全くない。
久々に神威と目が合う。
神威は一瞬呆け、意を決したのか…そのまま俺に言い放った。

「二宮君の馬鹿!」

訳の分からないその言葉に俺は追いかける事も忘れてその場に佇んだ。

「は?」

本当に意味が分からない。
それからおもむろに俺を避ける態度を取り始めた神威に、
俺は暫く頭を抱えることになった。


20160317


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