辻新之助
無自覚な彼女の場合


窓から外を眺める。
それは登校するのが早いアキにとって日常化したものだった。
校門から校舎まで歩いてくる生徒を眺めて知っている人を探すのは結構楽しい。
この前は熊谷を見つけ、昨日は遅刻ギリギリに走ってきた米屋を見た。
ボーダーの人間を見つけやすいのは一緒にいる時間が他の人間よりも多いからだろう。
部活をしている人間も同じ感覚なのではないだろうかとアキは思う。
ただボーダーは部活と違って命を懸けているので、
単純に和気あいあいとしているだけではないが…。

(あ、辻くんだ)

辻が一人で歩いている。
その後ろから男子生徒がちょっかいを出していた。
辻は迷惑そうにするどころかスルーしているところを見ると、
それなりに仲はいいのかもしれない。
そんな事を考えていたら、
突然、辻の隣にいた男子生徒と目が合った。
…気がした。
その後特に何もなかったから気のせいだったかなとそれはそこで終わった。

はずだった。



「君、名前なんて言うの」
「えっと…誰ですか?」

その男子生徒に声を掛けられアキは首を傾げていた。
なんで見ず知らずの…いや、見た事はあるが、
特に何もしていないし関わり合いなんてなかったはずだが、
どうして名前を聞かれているのか理解できなかった。
少し警戒心を持っているのが伝わったらしい。
男子生徒はごめんごめんと軽く謝る。
「俺、犬飼澄晴っていうんだけど、君は?」
含みのあるような言い方にアキは何か引っ掛かりを覚えたが、
向こうが名乗ったのでこちらも名乗るのが礼儀かと思い、
とりあえず名乗って置く。
「神威アキです」
「神威ちゃんね。
君、よく辻ちゃんを見ているけど、何、好きなの?」
「え?」
確かにこの間、学校で辻を見かけたがそれ以外にアキが辻を見ていた覚えがあまりない。
照れる事も慌てる事もしなかったアキの様子を見て犬飼は内心つまんないな…とか思っていた。
いい玩具が見つかったかと思ったがそうはならないらしい。
犬飼の態度が急に素っ気なくなったことにアキは戸惑う。
今、何が起こっているのか理解できなかったのは決してアキが鈍いからだとかそんな事は関係ないはずだ。
まずは疑問をぶつけてみるところからだ。
「私、辻くんをよく見ているんですか?」
「あれ自覚ないの?
学校とかボーダーの時とか」
「ボーダーの時?」
話に聞くと犬飼が任務等の用事で辻を呼びに行く時、
大体二人は近くにいるらしい。
一緒にいるなら仲良しかなーと思うが、
そうは思えない微妙な距離。
ボーダーなんて顔見知りは多いし、
戦場に身を置いていると目敏くなるらしい。
よく見るなこの人……から始まり、
どこで見たか、誰といたかと考えて辻の近くにいると思い至ったらしい。
その時にアキが辻に視線を向けている現場を目撃してからは、そう結論付けたのだ。
逆にアキといえば、話を聞く限り合同訓練の事を言っているのだと察しがついた。
確かにチームを組んだり、接点を持つのはその時が多い。
それに攻撃手の戦闘は見ているだけでも勉強になる。
「辻くんの剣の構えとかかっこよくて好きですけど」
あんな風に瞬時に判断して迷わず剣を振れればと思う。
周りのフォローをしつつも、一歩踏み込んだところで斬り合える技量を持っている辻は、
アキの理想であった。
でもそれは辻に限った事ではない。
他の攻撃手も自分にはないものを持っているし、
自分では思いつかなかった方法で攻めていく。
それはとても刺激になって、自分も真似してみようとか、
自分がやりやすいようにもう少し工夫して…とか考えたりする。
しかし、犬飼の話を聞く限り訓練外でもよく見ている感じだ。
そんな記憶は残念ながらアキには心当たりがない。
唸っているアキを尻目に犬飼は何とも言えない表情になっていた。

「犬飼先輩、何してるんですか」

辻が冷めた目で犬飼を見ていた。
いつもより機嫌が悪い。
そう感じたのは同じ隊に所属する犬飼だけだろう。
「何って別にただ神威ちゃんと話していただけだよ。
それなのに、俺がとって食ったみたいにさー辻ちゃん酷くない?」
「時間になっても集合場所にいない先輩に言われたくないです」
「だって暇だからさー」
「だからってウロチョロしないで下さい。子供じゃあるまいし」
「はいはい」
これではどちらが先輩か分からない。
ちぇ…と舌打ちをしながら犬飼は急に思いついたかのように言う。
「あ、そうだ。神威ちゃんが辻ちゃんの剣、好きだって。良かったね」
「は?」
辻の顔を見て犬飼はこれまた微妙な反応が返ってきたと内心ため息をついた。
逆にアキは辻の反応を見て焦る。
辻はポーカーフェイスなとこがある。
そんな彼の嫌悪感を抱いていますよと分かりやすいくらい出ている態度をあまり見ない。アキは不快にさせてしまった……と反省する。
「あ、違うの…いや、違わなくて!その、ね。
辻くんに言われた通りその人の動きを見てたら皆自分の持ち味を持っていて、
そういうのいいな…って思ったから……
勝手に辻くん目標にしてます」
謝ろうと思ったが、でも謝るのも変な感じがして正直に話してみた。
逆に辻は納得したらしい。
なるほどと頷いたところを見て、
アキはほっと胸を撫でおろした。
「剣が好きって初めて言われた」
「ーー!」
少し目元が柔らかくなった辻の顔にアキは思わず目を見開いた。
それ程凄い事を言ったかといえばそうではないはずだ。
そんな二人のやりとりを見ていて犬飼は呟いた。

「君たち、怖いよね……」

勿論それはこの二人に理解される事はなかった。


20151123


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