荒船哲次
たった一人の弟子でいい


「テツ」
「アキさん、お久しぶりです」
「久しぶり。
相変わらず狙撃手してるんだ」
「……悪いですか」
「悪いわよ。
折角、孤月を仕込んだのにあっという間にマスタークラスになって狙撃手に転向するんだもん」
「……まだ根に持っているんですか」
「一生持つわよ!
初めての弟子だから凄く嬉しくて張り切ったのに…!
私の純情返してよ!」

何も知らない人間が聞いたら勘違いされそうな事を口走られ、
荒船は慌てて自分の手を押しやり彼女の口を塞いだ。
彼女の名は神威アキ。
孤月をメイントリガーとして扱う攻撃手で、
荒船が攻撃手をしていた時期の師匠である。
口を塞がれたアキは自力でそれを解くと「何するのよ」と噛みつく。
荒船にとっては予想通りの反応である。

「アキさんが変な事言うからですよ」
「本当の事でしょ」

何か間違えた事言いましたかー?と高圧的な態度をとる彼女は見たまんまの人物だ。
そして、アキが口を開くと碌な事が起きないという実績も持つ。
彼がアキに弟子入りした時もそうだった。



荒船は木崎のように完璧万能手を目指しており、それをマニュアル化してボーダーの隊員育成を行うという目標を掲げている。
だから誰かに弟子入りするのは考えてもいなかった。
分からない事があったらその時に教えを乞うスタンスだ。
たまたまランク戦で見たアキが、
自分の理想とする剣捌きをしたために声を掛けたのが荒船の分岐点だったのだろう。
教えて下さい=弟子入り志願と受け取ったアキはそれはもう喜んだ。
何でこんなに喜んでいるのか荒船には謎だったし、
ランク戦で見る雰囲気と全く違って驚いたものだ。
一瞬、この人に聞くのは間違えたか…と思ったが、
ここまで聞いたらさっさと教わる方が収束するだろう。
ただ問題なのは理論派である荒船とは違い、
アキは感覚派だった。

「荒船君の疑問には剣でしか応えられないから、頑張ってね」

漫画でいうと台詞の最後にハートマークがつきそうな勢いである。
しかし現実はそんな事はなく、
荒船は問答無用でブースに投げ込まれた。
試合が始まってしまえば先ほどの人間と同一人物か疑いたくなる程の変貌っぷりに驚いて一戦は負けてしまった。
次の試合は心して掛かったがそれでも荒々しく時折流れるような綺麗な剣捌きに敗れ、
この日、荒船はこの動きの理論を構築できなかった。
また後日お願いしますと言ったところで…荒船の分岐点その二である。
アキが嬉しそうに「初弟子だ〜」と言い歩き回り、
いつの間にか周囲には荒船がアキに弟子入りした事になっていた。
否定しようとしたら東から「荒船の理論を持って落ち着いた行動を彼奴に教えてやってくれ」と言われてしまえば断れなくなった。
これではどちらが年上で、師匠なのか分からない。
そんな経緯で不本意ながらアキに弟子入りする事になった荒船だが、
なんだかんだで上手く続いたものだ。
最初に荒船の目標を伝えているため、
それに関してはアキも駄々をこねなかった。
ただニッコリと笑って「私に勝ってから言いなさいよね!」と、
孤月でバッサリ一刀両断した。
性格は少し滅茶苦茶なとこがあるが、剣に対しては真っ直ぐだ。
理論なんて分からないアキは剣で語ってくる。
それに対し自分で分析して構築していくのはなんだかんだで楽しい。
マスタークラスになって、アキから一本取れるようになった時は感慨深いものがあった。
「あ〜あ、遂にテツも卒業か…」と唇を尖らせなんでもなさそうな顔をされた時は、
流石の荒船もギョッとした。
その後に思わず「俺の理論が正しいか確認してませんから」と返した荒船を見て、
荒船の頭を無理矢理わしゃわしゃ撫で回すアキはよっぽど嬉しかったに違いない。

「テツの弟子は出来の悪い子ならいいな〜。
その間にもっと強くなって、テツを負かす。
理論の構築なんてさせないんだから!」

そう宣言したアキの願いは叶わず、
荒船には村上という有望な弟子ができて、
あっという間に狙撃手に転向してしまったわけだが。



「あれから弟子取ろうとしたんだけど誰も続かなくてすごーくツマンナイんだよね」
「……」
「テツが余所見している間に私、強くなってるよ」
「…………」
「早く銃手もマスターして、また弟子入りしてよ。
アンタの今の理論じゃ私にはもう勝てないよ?」

あの時と同じように高圧的なのは変わらない。
なのに寂しいと言っているように聞こえるのは気のせいだろうか。
少しだけ…少しだけだが、
それが可愛らしく見えるのは気のせいだろうか。
いや、気のせいだと荒船は信じたかった。

「アキさん、誘ってます?」
「うん。誘ってる誘ってる!」

荒船はキャップを被りなおす。
それを見てアキは笑顔になる。

「神威アキの弟子枠はたった一つしかないからね。
早くしないとなくなっちゃうよ」

その言葉に荒船は盛大なため息をついた。
この人の言葉は文字通りなんだろう。
そう思った時に爆弾が投下された。

「……今なら特典で、恋人の座もついてきます」

頬を赤くしながら逃げていくアキに思わず口が開いてしまう。
我に返った荒船は急いでアキを追いかけた。


20160321


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