ご令嬢シリーズ
ご令嬢は前世の記憶と今の実力派エリートが違う事に気づく


私の名前は唯我アキ。
企業の社長であり、ボーダーのスポンサーの父と、
ボーダーでA級一位のチームに所属する弟を持つ、唯我家の長女。
そんな私には前世の記憶がある…という秘密がありますの。

前世の私の名前も唯我アキ。
現世と酷似している世界である、
ボーダー第七支部で支部長から本部の防衛隊員に降格した唯我正の一人娘でした。
その原因は本部から来た実力派エリート迅遊一による不正摘発!
つまり父の自業自得です。
……そういう経緯がありまして、私は父と弟を監視するかの如く目を光らせ……
その甲斐ありまして、安寧した日々を過ごしておりました。
ええ、今までは。
ある日、弟の尊がボーダーに入隊してから状況が変わりまして…まさか前世でお世話になりました迅遊一と出逢ってしまいましたの。
不安になって父に対して疑惑の目でここ暫く探っておりましたが真っ白。
寧ろ健全な事が分かりまして安心しました!
そして、落ち着いたのはつい最近のお話です。
無駄に焦って損しましたが、男共はこれからこのまま…いい方向に精進していただいて、
私はこのまま迅遊一とは関わらない方向でいきましょう。

「お、唯我姉ー今日も弟の様子見か?」
「あら、太刀川さんごきげんよ…!?」

声を掛けられ振り返ってみたらあら不思議。
どうしてこんなところに迅遊一がいるのでしょう。
一瞬びっくりしましたがとりあえず笑顔を作ります。
何か御用ですか迅遊一。

「何か御用ですか?」
「唯我姉なんか機嫌悪くねぇ?
もしかして今日は生理の…」
「違いますわ!」
「太刀川さんそれセクハラ」

迅遊一が呆れて申しておりますが、残念ながら同意致します。
尊が無神経な隊長の下で働いているなんて…
これ以上尊がおバカになったらどうしてくれるんですかぁ!!

「唯我姉は何を考えているのか分からねぇーな。
っていうかいちいち唯我姉っていうのも面倒だし名前で呼んでもいい?」
「…お好きにどうぞ」
「よーし、…えっと唯我姉名前なんだっけ?」
「アキと申します。太刀川慶さん?」
「お、俺の名前覚えているのか、お前すげーな」
「名前くらい覚えます」
「お、じゃあオレの名前は?」
「当然存じております。遊ぶに一と書いて迅遊一さん」
「漢字まで覚えているのかーお前すげーな」
「え、おれ悠久の悠に一と書いて悠一なんだけど」
「そんなはずは…!?」

前世で父が呪いのように出し続けていた名前。
写真と名前を見せられて特に意識する事もなく覚えましたもの。
つい先日も夢にまででてきて…そんな迅ユウイチの名前を間違えて覚えていたなどありえません!
…そういえば、ここは前世と類似している世界でした。
父が名前も人柄も同じだから迅ユウイチもそうだと思っておりました。
でも父があんな性格でも過ちを犯してはいません。
そういう違いがあるという事はこの迅悠一も私が知る迅遊一と違うという事になるのでは…?
すっかり過去の父の汚点と迅遊一に対しての想いで失念していました。
よくよく見ればあの迅遊一に比べてこちらの迅悠一の方が少し柔らかい感じがします。
…胡散臭さは変わらないですけど。
前世に比べて現世の方はいつも庶民菓子を食べておりますわね。
…立ち食いなんてはしたないですけど。

「なーんだやっぱりお前唯我の姉だな。
抜けてるなー」
「…太刀川さんに言われたくはありませんが…そうですわね。
大変失礼いたしました。迅悠一さん。
次からは間違えないように気をつけますわ」
「おーそうしろそうしろ。こいつこう見えてさびしがり屋だから」
「太刀川さんオレそんなんじゃないから」
「そうか?
じゃ、俺は今から防衛任務だから。
お前の弟連れていくぞ」
「えぇ…是非とも尊の事よろしくお願い致します」

言うと太刀川さんが去っていきます。

「…あなたは行かれないので?」
「防衛任務は太刀川隊と他三隊。
オレは今日非番なんだよね」

では何故ここに残るのでしょうか。
…理解できません。

「それに唯我…あぁオレもアキさんって呼んでもいい?
アキさんと話してみたかったんだよね、あ、ぼんち揚げ食う?」
「い、りませんわ」
「遠慮するなんて勿体ない…凄く美味しいのに」
「お気持ちだけで十分ですわ」
「残念だなー」

全然そんな事を感じさせないような言い方の迅悠一に私はどう対応すればいいのか悩んでしまいます。
この迅悠一はあの迅遊一とは違う。
分かってはいますがいきなりそれを受け入れるのはなんといいますか、難しいといいますか…。

「オレ聞きたい事があるんだけど…アキさんってオレに苦手意識持っているよね。
どうして?」
「そんなことはありませんが…」
「うーん、にしては未来が変わらないというか寧ろ図星?」
「何の事かさっぱり…」
「オレ、未来予知のサイドエフェクトを持っているんだよねー」
「未来予知?サイドエフェクト??」
「そう、目の前の人間の断片的な未来が視える。
まぁそれが数分先か数年先なのか選んでみる事が出来ないし、
自分が視たいと思った未来を視る事もできないのが難だけど」

そういえば前回お会いした時に言ってましたわね。
チート能力なんて反則ですわと思って逃げるのに必死で、
その後の鳩の攻撃のせいですっかりと忘れておりました。
そうですね、サイドエフェクト…
前世の頃から私はボーダーという存在は知っておりました。
でも、組織の事やらなんやらはあまり知りませんの。
少なくてもサイドエフェクトなんて言葉はありませんでしたし、
迅遊一が未来予知なんていう能力を持っている事も父から聞いてはおりません。
あの父の事です。
迅遊一について何も言わないはずがないのです。
そう思うと…やっぱりここはあの時とは違いますのね。

「未来予知ということは私の事が分かるのですか?」
「分かってたら聞かないよ。
オレの能力はそんな便利なものじゃないからね」
「……申し訳ありませんでした」
「どうして謝るの?」
「それは…」

太刀川さんがおっしゃていた迅悠一はさびしがり屋というのもあながち間違っていないのかもしれません。
だって今、目の前にある顔は幼い時の尊の顔に似ているんですもの。
私、迅遊一と接触したくなくて避けていましたから…
そのつもりはありませんでしたが傷つけていたのですね。
そう思うとやはり罪悪感がこう胸を締め付けます。

「別にあなたに苦手意識を持っていたわけではありませんわ。
ただ先入観というか…私自身の問題なので」

私って本当に最低ですわね。
でも事情を説明するわけにはいきません。
なんたってこれは他人からすれば夢物語ですから。

「私、今日は父についてきただけで少し散歩していただけですの。
そろそろ戻りませんと…」
「そっか」
「だからその…私何も知ろうとしなかったので、
尊と話し、もう少しボーダーの事を学ぼうと思います。
その時、また参りますので…お会いしたらでいいのですが、
…よろしければお話し致しましょう」

誠心誠意で相手と接する。
大事な事を私が一番忘れておりました。
いきなりは無理なので頭を整理する時間がほしくて…
少し気まずいですがしょうがありません。
これが私の精一杯です。

「それでは、迅さん。ごきげんよう」

ぺこりと私はお辞儀します。

「ああ、またね」

そう言って迅悠一が嬉しそうに笑うので、
私は少し恥ずかしくなります。
次ぎ会う時は…そうですね。
尊の姉として、
尊の上司のお友達にちゃんとお話しできればよいのですが…。
そのためにもまずは私の認識を変えましょう!

「……未来が変わったな」

そう呟いた迅悠一の言葉。
当然だと思いますの。
まずは私が迅悠一をちゃんと見ようと思いましたから。
未来が変わらないと可笑しいですわ。

「それは良かったですわね」

私は微笑んで退場させていただきます。
彼の視る未来が変わったのならそれはつまり変えられないわけがないという事です。
ならば、頑張らなければなりません。
私はもう一度ぺこりとお辞儀して歩きだします。
後ろから庶民菓子の音が雰囲気ぶち壊しで仕方ありませんが気にしません。
……気にしないように頑張りましたのよ?
後で尊には念のために立ち食いしないように注意はしておきましょう。

そう胸に誓いながら――。


20160406


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