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出現したトリオン兵。
ヒュースは巧みに弾道を引いて惑わし、トリオン兵の核を撃ち抜いた。
相手は汎用性、今まで軍で過ごしてきたヒュースが後れをとるような相手ではない。
…かといって油断する事もない。
どんな任務でも真剣に取り組むのはヒュースのいいところだ。
「今日のヒュースはキレがいいな」
「ユーマ、文句でもあるのか」
「文句はないぞ。
…今日はやけに突っかかるな。
何かあったのか?」
「その手には乗らない」
「ヒュースはガードが堅すぎてつまらんな」
「遊真くんとヒュースさん、何かあったの?」
「知らん。ユーマが勝手に絡んでくるだけだ。
理由ならこいつに直接聞け」
「お、言ってもいいのか?
ようたろうから聞いたんだが……」
「ユーマ…!」
「空閑、ヒュース。今は任務中だぞ」
玉狛第二、通称三雲隊。
隊長を務めるのは名前の通り修だ。
射手で戦況に応じ作戦を立て指示を出す司令塔である。
その下に戦闘員は三人いる。
このチームのエースである攻撃手の遊真。
チームの援護を担当する狙撃手の千佳。
ヒュースは万能手として攻撃、時に援護をするバランサーを務めていた。
遊真とヒュース、近界で戦闘経験があるためか、
咄嗟のコンビネーションは意外と上手くいっている。が、
他の事はからっきしで、
口を開けばこんな感じの会話が繰り広げられる。
別に仲が悪いわけではない。
本当に仲が悪ければ口ではなく行動で相手を捩じ伏せる。
…そうしないだけ仲はいいのである。
『北西の方向にトリオン兵反応あり。
監視カメラの映像から近くに民間人もいるみたい…って陽太郎!?』
オペレーターである宇佐美からの通信にヒュース達に緊張が走った。
民間人というだけでも緊急なのに、
それがまさか身内だとは…。
一体陽太郎は何をしているのかと思うが、
門は三門市の立入禁止区域中心にしか開かないとはいえ、
そこから出てきたトリオン兵がどこへ向かうかは分からない。
だからボーダーが防衛任務を行い、
近界民を発見次第速やかに対処するのである。
今回は、トリオン兵が動いたその先に陽太郎がいたのか、
それとも陽太郎を目指してトリオン兵が動いたのかは分からないが、
正直運がないとしか言いようがなかった。
『陽太郎とあと女の子…修くんたちと同じ学校の子も一緒にいるみたい。
できれば遭遇する前に対処をお願い』
「分かりました。皆、行くぞ」
陽太郎と一緒にいる女の子。
修と同じ学校という事は遊真も通っているという事だろう。
先日遊真から三輪先輩という人に会ったという話を聞いたせいだろうか。
その言葉を聞いてヒュースが思いつくのは一人しかいなかった。
無論、思い浮かべる知り合いがその人しかいないだけなのかもしれないが、
一瞬ヒュースは焦ったが、すぐに落ち着かせ、
修の指示に従った。
彩花と陽太郎がトリオン兵に遭遇したのはヒュース達が動き出して数分後だった。
よく知る彩花の近界民の姿が目の前にある。
とりあえず逃げなくてはいけないと陽太郎の手を引っ張る事が出来たのは、
判断としても動きとしても悪くはなかったのかもしれない。
ただ連れているのが自分よりも小さい子供だから逃げる速度には限りがあるし、
追ってきているのは最早人でさえない。
迫りくる刃に思わず目を瞑ってしまう。
「……っ!!」
バタッと少し大きな音が聞こえた。
それにびくっと彩花の肩が反応する。
いつまでもこない衝撃に勇気を出して目を開いてみれば、
そこには真っ二つになったトリオン兵の姿があった。
「ようたろう、大丈夫か?」
「ユーマ!来るのがおそいぞー!」
地団太を踏みながら講義する陽太郎。
そして次々とくるボーダー隊員に彩花は息を飲む。
「何故、ここにいる」
「ヒュース君……」
安堵の表情を浮かべたヒュースが言葉を発するのと同時に目が冷たくなる。
一瞬怯むが、最後に見たあの顔に比べれば大丈夫だ。
それは最初にヒュースの表情を見たからかもしれない。
拒絶されているわけではない事が分かった。
それだけでも彩花は勇気を出して言える。
「私、ヒュース君に逢いたくて……」
「あのー大丈夫です…むぐっ!」
「オサム、ここは空気を読むところだぞ」
遊真が修の口を塞ぎ少し離れる。
どうやら気を利かせているつもりらしい。
修もなんだかよく分からないが彼女はヒュースに用があり、
遊真が二人と話す機会を与えようとしている事だけは分かった。
ヒュースに民間人の知り合いがいるという事実に驚いたが、
ならば、それだけ仲がいい間柄に違いないと思った修は、
民間人の安全確保を優先にする事にした。
「引き続き担当エリアを巡回する。
ヒュースはその人を安全なとこまで誘導してくれ」
「何故オレが…」
「ヒュース、隊長命令はきかないといけないぞ」
「……了解した。行くぞ」
「え、うん」
ヒュースが歩き出す。
それに慌てて彩花はついていく。
二人が行くので当然のように陽太郎もついていこうとするのを、
遊真は陽太郎の首根っこを掴んで引き留めた。
「離せユーマ。
ふたりにはおれがいないとだめなのだ…!」
「ようたろうはヒュースの先輩なんだろ?
たまには後輩の姿を見守るのも先輩の役目だぞ」
「うむ。なら、しかたがないな」
「空閑、一体何の話をしているのだ?」
「近界民の理解者が増えるかもしれないっていう話だ」
遊真のドヤ顔に妙な説得力を感じ、修は黙るしかなかった。
「何故来た?」
隊長の指示に従い、民間人である彩花を送り届ける事になったヒュース。
そしてお言葉に甘えて…というよりは、
ボーダーの仕事を増やしてしまった張本人とでもいうのだが、
仕事内容になってしまった彩花は大人しくヒュースの後についていた。
あれだけ気持ちに任せて動いていたのに、
その勢いが消された今、何て声をかければいいのかタイミングを見失っていた。
だけどヒュースの方から声を掛けてくれたのだ。
気まずいながらも少しだけ嬉しさが混じる。
「さっきも言った通りだよ。
私、ヒュース君に逢いたかったの」
「ここは立入禁止区域だ。
近界民は集中してこのエリアに出現する。
危険だから入るなというのが玄界のルールだろ」
「だって待っててもヒュース君はもう来ないでしょ?」
「っ……オレが近界民だと知ってもあそこでオレを待っていたのか」
「そうだよ」
「ようたろうだけじゃなく…」
「そうだよ、二人を待ってた」
確かにヒュースはこちら側の世界に攻めてきたのかもしれない。
でも近界民は侵略者で悪い奴だなんて簡単に言えなくなってしまった。
それは彩花がその現場を見ていないからそんな事言えるだけかもしれない。
だけど、彩花にとって世間一般の話よりも、実際に本人と接しているのだ。
ほんの些細な時間ではあったが、今まで一緒に過ごしてきた。
ヒュースが近界民だからといって気持ちは変わらない。
「近界民だって知ってびっくりしたよ?
でもそれ以上にあの時、ヒュース君の顔を見て怖くなったの。
私傷つけちゃったんだって…」
「……」
「ずっと考えてた、どうしようって。
私、ヒュース君に逢いたくてしょうがなかったの。
…私は、ヒュース君が好きだよ」
「なっ…!」
「陽太郎君も大好きなの。
二人と一緒にお話ししたり、私が作ってくれたお菓子を食べてくれて、
美味しいって言ってくれるのが凄く嬉しかったの。
私、三人でいる時間が凄く好き。
だからこれからもずっと一緒にいたいの!」
「………………」
まさかの斜め上の告白にヒュースは黙るしかなかった。
彼女の中でヒュースと陽太郎がセットだと思われていた事もそうだが、
まさか彼女の中で陽太郎>ヒュースという想いがあるのも初めて知ったわけである。
そして何が言いたいのかというと、
彼女の行動や言動で一喜一憂する自分がいる事に気付いた事である。
もう言い逃れができない。
ヒュースが彼女に抱いている想いを自覚した。
「ちっ」
どこの世界、社会でも先輩というものは立ちはだかる壁であるらしい。
「ヒュース君?」
ヒュースが舌打ちしたため彩花は首を傾げた。
理解できないのだろうが、理解して欲しくないとヒュースは思った。
何せ今、自分が自覚したばかりである。
気持ちの整理をさせて欲しい。
彩花が不安そうな顔をしているのを見て、
そういえば彼女に返事をしていなかった事に気づく。
ヒュースは彩花の目の前に手を伸ばした。
「?」
「送っていく」
「え、でも…」
「送ると言っている」
「は、はい…!」
民間人を安全なところまで送り届けるのはボーダーの任務の一つ。
だからといって、手を繋ぐ必要はないはずだ。
そう思った彩花だが、
ヒュースに催促され、慌ててヒュースの手を握った。
「明日からまた行く」
「!!」
握り返された手。
ヒュースの言葉に嬉しくて彩花は彼の顔を見た。
ほんのりと頬が少し赤い。
それを見て彩花の胸が熱くなる。
勇気を出して良かった。
彩花は思った。
人の間にある境界線。
それを感じて凄く寂しかった。
だけどそれを越える事はできるのだ。
自分の勇気と、自分の手を握るこの手があれば……。
一歩
一歩
踏み出す。
境界の先へ――。
20160626
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