過去と現在
意味

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※春川青葉というほぼオリキャラな原作キャラしか出てきません。



「あ」

どちらが先に声を上げたのかは分からない。
目と目が合った時、時が止まったかのような錯覚に陥ったのは、
室内が異様に静かだったからだろうか。
目の前にいる少女、春川青葉はただ真っ直ぐ桜花を見つめ返していた。
少し前まで自分達は戦っていたということが認識できていないのか怯えることなく敵意を向けることはしなかった。
だからといって助けを求めることもなく事実だけを見ているようだった。
桜花はゆっくりと立ち上がった。
その動きから明らかに桜花が負傷していることは分かっただろうが青葉はぴくりとも動かなかった。
黙って桜花を見ているだけで終わる。
そしてそれはこの部屋にいる全員に言える。
室内にいるのは青葉以外に2人いる。
ニュースで帰還者は3人といっていた。
そのうち1人が麟児でもう1人は青葉だ。
もう1人はどちらになるのかは分からないが残りの1人はまだ身元が判明していないということになる。
彼女達は息を殺しながら2人の動向を見守るつもりらしい。
布団からでるつもりはないと青葉同様に動く気配はなかった。
どうやら彼女達は桜花を人質にして脱出する気がないらしい。
何かしらの要因で動けないだけかもしれないがそれは桜花が関わるべきところではない。
桜花は何もなかったかのように部屋から出ようとして気づく。
扉の前にいただけで勝手に開閉した扉が全く動かない。
「開かないよ」
聞こえてきた声は小さいものだったがはっきりと桜花の耳に届いた。
開かない。つまり目の前の少女は部屋から出ようと試みたということだ。
動く気力がないのではない。動く意味がないことを知っていたから桜花を害そうとしなかったということになる。
「確かにいきなり捕虜を軟禁させるなんて話聞いたことないわよね」
外からは自由に入れるけど中からは出られないオートロック式に鍵はトリガーかなにかだろうか。
誰かが部屋を訪れない限り出られないことを知り桜花は小さく溜息をついた。
「お姉さんは何しに来たの?」
一緒に部屋に閉じ込められるという失態を冒しているくらいだ。
自分達を害しにきたわけではないと判断したのか青葉は桜花に話しかける。
桜花は意地悪にも一言だけ返す。
「何しに来たと思う?」
「……分からない」
考えたが何も出てこなかったという答えはある意味正解だといえよう。
何せ桜花が部屋に入ってきたのは事故なのだ。
青葉に危害を加えるつもりも慰めや同情をしに来たのではない。
はっきり言って何もする気がない。
戦争中に一度顔を合わせているからか青葉は桜花が同じ境遇の人間だったということを知っている。
だからなのか目の前にいる今の桜花を敵だとは認識しなかった。
青葉だけが知っている事実。他の2人が知らない事実。
青葉と彼女達の桜花に対する警戒心の違いはそこからきていた。

ぐぅ〜〜。

どこからともなくお腹の鳴る音が聞こえる。
だが誰も反応はしなかった。
部屋を見渡せばベッドサイドにおにぎりが置かれている。
少しかぴかぴしているところから見るとつい最近置かれたものではないことが分かる。
数時間前にボーダーが持ってきた食事に彼女達は手をつけていない。
お腹が空いていないわけではないだろう。
毒が入っている危険性を考えて口にしないのか。
身体は空腹を訴えているのに食べ物に目を向けることも我慢する素振りも見せず無視する彼女達はそもそも食べる気がないのかもしれない。
相手に敵意がない以上、自分の身はほぼ大丈夫だとみた。
誰かが部屋に訪れるまではこの場に留まることしかできない。
その間何をしようかと考えたが何も出てこない。
今の彼女達を観察したところで何もならないことを思うと余計に何もする気がおきない。
無論、するつもりもないのだが……桜花は思っていた。
ならば関わらず一定の距離を保ちながら佇んでいればいいのに残念ながら今の桜花はそこまで体力がない。
立つより座る。座るより寝ている方が身体への負担はない。
流石にこの場で寝る神経の図太さはないのでせめて座ろうと部屋を見渡すがやはり椅子なんてものはない。
桜花は溜息をつくと仕方がないと近くにあったベッドに腰を掛けることにした。
ベッドの使用者は唯一桜花と剣を交え言葉を交わした人間……青葉だ。
桜花にとっては近くにあったから選んだのに過ぎないが座られた青葉にとってはそうではなかった。
何故自分のところに向かって歩いてくるのかも自分のベッドに堂々と座るのかも理解できなかった。
「どうして――」
「特に意味はないわよ」
「え」
「私は座りたいから座っただけ。そこに意味を見出す必要性はないと思うけど、それでもあなたが必要だというなら自分で考えたらいいんじゃない?」
「意味が分からない」
「そうね、私も意味が分からないわ」
話すつもりなんて毛頭なかったのに――……青葉を見ていると苛立ちを覚える。
少女を見ていると知らないふりができずつい動いてしまうのは少女が抱えている何かに桜花は身に覚えがあるからだ。
他人なのに他人ではない。
青葉を見ていると自分がこの世界から姿を消した時のことを思い出す。
あの時の桜花は丁度青葉くらいの年齢だった。
桜花は青葉のベッドサイドに置いてあるおにぎりを見て、そういえば自分も先程手をつけなかったことを思い出す。
今思うと食べなかった行為は馬鹿だとしかいいようがないのだが、仕方がない。あの時はそういう気分だったのだ。
「食べないなら貰うけど?」
桜花は青葉におにぎりを食べていいかと一応聞く。
何の脈絡もない彼女の行動に青葉は頭がついていかない。
ただ聞かれたから無意識に答えた。
「……どうぞ」
「ありがとう」
言うと遠慮なく桜花はおにぎりに噛みついた。
勢いありすぎたのか若干喉に詰まり、慌てて傍に置いてあった水を飲む。
(私の時と違って捕虜の待遇良くない?っというか自由というか――……)
そんなことをぼんやりと思いながら、桜花の自由な行動に青葉は口を挟まずにはいられなかった。
「あなたは何をしに来たんですか?」
「何ってあなた達と同じで部屋に閉じ込められたの。
お腹が空いたから扉が開くまで食べていようと思っただけよ」
「本当に意味がないんだ……」
「当たり前のことに誰も意味なんて知りたがらないしつけたがらないでしょ?
お腹が空いたから食べる。疲れたから休む。眠たいから寝る。
それらに敢えて意味をつけるなら生きるために必要だからよ」
「そんな当たり前なことあたしに許されて……」
「生きるのに誰かの許可が必要なの?」
理解できないと言う桜花の言葉に青葉は衝撃を受ける。
自分も彼女も戦いたくないのに戦いに身を投じた同じ立場の人間だ。
なのに自分の気持ちを解ってくれないことは青葉にとって予想外のものだった。
友達のことを信じると言っていた昔。青葉は何があっても友達は守るんだと信じていた。
なのに自分が誰かを傷つける立場になるなんて思ってもいなかった。
理想とは違う自分になりたくはなかった。
「あたし自分が生きるためにたくさん人を傷つけた!」
それは許されないことだと幼い頃学校で習った。でも現実は学校の授業通りにはできなかった。
生きるために青葉は戦うしかなかった。
戦って人を傷つけることしかできなかったと自分を責める少女。
近界民に攫われなければ優しい女の子でいられただろう。
兵になる道を選ばなければ他人を傷つけることも自分が傷つくこともなかったはずだ。
だけど兵になって戦うことを選んだの青葉だ。
それは少女が生きるために必要なことだった。そう自分が判断して行ったことだ。だから良いのではないかと桜花は思う。
人を傷つけたことを悔やむのは良い。だけど自分が生きていることに対して悔やむのはどうかと桜花は思う。
「自分は生き残るべきではなかったと言いたいの?」
「……」
言葉は何も返ってこない。
ただそれは桜花の逆鱗に触れた。
「千佳が報われないわね」
桜花は言葉を吐き捨てるように言う。
「千佳ちゃん?」
「そうよ、あなたが消えてからもずっと想い続けていたのよ。
あなたを助けるためだけに剣をとることを決めて……あなたと敵対しても助けたいという気持ちを捨てなかった。
私は斬ってしまった方がいいって言ったけどあの子はそうはしなかった。
あなたが今生きているのは千佳が頑張ったからよ。
こっちからしたら願ってもいない余計なことだけど、少なくてもあなたに生きててほしいと願っている人がいる。
それだけで自分の生には意味がある。生きてていい理由になるんじゃないの?
……そう思えないなら仕方がないわ。自害するか恨みを晴らしに行くことね」
尤もらしいことを言っているようで最後に余計な一言を付け加える桜花はやはりいつも通りの彼女だった。
マイペースにも程がある。
しかし桜花にとってはそれだけで良かった。
知ったのは物凄く最近のことだ。
向こう側にいる時は悔しさのあまりに生にしがみついていた。
帰りたいと願って生きていた。
親しくなった人とまた逢いたいと思って生きていた。
それだけでも桜花が生き残るための力になった。
でも一番心に刺さったのは自分に生きていて欲しいと願ってくれた人。
自分が生きていると信じて戦い続けてきた人達の言葉だ。
正直らしくないと思う。
だけど自分の心はそれに激しく反応してしまったのだから仕方がない。
「少なくても千佳の名前に反応するくらいなんだからあなたは逢いたかったんじゃないの?」
逢うためには生き続けるしかない。
それはとてもシンプルで当たり前のことだ。
言葉にすると何を言っているんだという気持ちにしかならないのかもしれないが事実そうであった。
人を傷つけてまでどうして自分は生き続けるのだろうと考えることがあった。
死んだら楽になれると考えたことがあった。
だけど青葉は死ぬことは選ばなかった。
理由は単純だ。
死んだら逢えなくなるのが嫌だった。
そう思うくらい自分は生に固執している。桜花の言葉を聞いてあらためて気づいた。
「正直あなたがこれからどうするのか私には関係ない。
何を選ぶもあなたの自由よ。少なくてもこの国は緩いから選択する自由くらいはくれるでしょ」
それも生きているからこそできる選択だと桜花は言う。
彼女の言葉を聞いて青葉が溜めていた何かが溢れるのが分かった。
「戦うのが怖くて生きるのが怖くなって……でも死ぬのも怖かった。
あたし……生きてていいのかな」
「生きたいなら生きればいいんじゃないの」
青葉の苦悩に対して桜花はあっさりと答えた。
彼女の言葉を聞いて青葉は胸から込み上げてくる何かを感じた。
それはどんどん溢れてくる。胸がどんどん熱くなる。
別に泣きたかったわけではない。なのに溢れてくる。
止まらない涙はどうすることもできず、青葉は素直に泣いた。
(え、これどうしよう……)
まさか青葉が泣き始めると思っていなかった桜花は内心焦った。
流石におどおどすることはなかったが、かといって泣いている人間を慰める技量は全くない。
こういう時子供をどうやってあやすのか――と得意そうな人間を思い浮かべては自分には真似できないことを悟る。
何が正解なのかは分からない。
ただ黙っている方が居心地が悪いと感じた。
どうすればいいのかと、ない頭をフルに動かして桜花は言葉を見つけていく。
「そうねまずは千佳と話すとこから始めたら?
その後は中学生?だから学校へ行けばいいんじゃない?
学校生活なんてこの国特有だし、戦争よりは楽しいでしょ。
あとはパンケーキ食べたり遊んだり……向こうへ行ってやれなかったこといっぱいやればいいのよ」
自分はできなかったけど。
不意に浮かんできた言葉を桜花は呑み込んだ。
打ち消すように桜花は次の言葉を発して誤魔化す。
「剣を掴まなくてもいい。自分の意志……夢?を掴めばいい。
兵になることを一度選んだあなたなら選ぶ力は持っているし、ここまで生き延びたあなたなら何を選んでも戦える力を持っている。でしょ?」
青葉は答えない。代わりにぐぅーとお腹が鳴る音が聞こえた。
これは誰のお腹から鳴ったのか……と探る必要はない。
桜花は誰のお腹が鳴ったのか分かっている。
「お腹が空くのは生きている者の特権ね。あなたや周囲がどう思おうともあなたの身体は生きたいと言っている。
今はそれに耳を傾けるだけでもいいんじゃない。
腹は減っては戦はできないし、とりあえず食べる?」
1つ食べちゃったけどとバツが悪そうに言う桜花の言葉を最後まで聞くことなく青葉はおにぎりを取る。
「……美味しい――……」
泣きながらも必死に食べる姿を見ながら桜花はしれっと皿の隅に置いてあるたくあんに手をつけた。
鼻を啜る音とぼりぼりとたくあんを食べる音が部屋中に響き渡る。
しんみりとした湿った雰囲気はそこにはない。
ただあるのは生きようとする者が自分の意志で選択しようとする小さくも力強い何かであった。


20170814


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