端と端
訪れなかった未来にさよならを

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「オープンキャンパスなんて参加しなくてもいいのに」
「自分の志望校なんだから見ておいた方がいいだろう?」
「おれ、近かったらどこでもいいんだけど」
「迅は自分の未来に対して淡泊すぎるぞ」

中学二年生の最後の春休み。
別に蔑ろにするわけではないが高校なんて人生の通過点でしかないと思っている迅は正直学校に興味はないしどうでもいいと思っていた。
それを嵐山に窘められ、高校のオープンキャンパスに無理やり連れてこられた。
嵐山だって弟と妹と離れたくないから近くの学校を志望したというのに……理不尽だなと迅は思う。
それでもこうしてオープンキャンパスに参加したのは嵐山が友達だったからだ。
イマイチ楽しい高校生活というものが想像できない。
それもそのはず未来が見える迅にとって未来というものは想像するものではなく既に確定している事実だ。
中には可能性という名の未確定となるものもあるがそれはほんの些細なこと。
それはその人間の人生の岐路に差し支えがないものだ。
誰もが持っている分岐点。
本人は必死に頭を悩ませて決めるのだろうが、
既に結果が見えている迅にとっては無縁なものだった。
だから嵐山に淡泊だと言われるのだろう。
別に未来に関心がないわけではない。一応思い描いている未来はあるのだがどう言っても嵐山に伝わる未来が見えず迅は苦笑するしかなかった。

「自分の未来……考えていないわけじゃないんだけどな――」

だけど自分の未来についてはどうも想像できない否、どう想像すればいいのか分からなかった。
サイドエフェクトは自分が見た目の前の人間の未来を見るものだ。
自分の未来なんて見えないのが当たり前。皆見えない未来に希望と不安を抱いてより良い未来になるように悩む。
だけど未来が見えることが当たり前の迅にとって自分の未来を考えるなんてどうすればいいのか想像することしかできない。
なんとなく周囲の言葉を聞いて自分の将来について想像してみるがやはり未来は想像するものではない見るものである迅にとってかなりの難題だった。
だからなのだろうか。
自分のことが想像できない迅は周囲の将来の夢に耳を傾ける。
そして迅の中でいきついた回答はより多くの人の未来を守ること。それが迅の夢になった。
多少なりとも自分がボーダーに所属していることが影響しているかもしれない。
自分の師である最上宗一が黒トリガーになってしまったからかもしれない。
目の前の人間の未来が見えないことに恐怖を覚えた。
そんな想いはできるだけしたくない。それは紛れもなく自分の気持ちだ。だから迅のこの願いは思い浮かぶ理想の未来。
それに……己の未来のために頑張って進もうとしている他人の姿を見て迅は思う。
見えた未来を知り判断して動く自分よりも何も知らない未来を目指して進む他人の未来の方が価値があるものだと――。
嵐山は将来の展望がないのかと未来に淡泊だとか言うけど自分はちゃんと未来を考えていると迅は思う。
特にここ最近はそうだ。
街を練り歩いて確定している……数十日後に起こる近界民による大規模侵攻。
まだこの世界には近界民の存在は知られていないし同じくボーダーの存在も公にされていない。
この大規模侵攻は犠牲者を最小限に抑えることも大事だがそれ以上に近界民の存在を世間に認知してもらうのに必要だった。
そして近界民と対等に戦える機関ボーダーの存在を公にし世界中の人に協力や支援を求めるのが目的だ。
今後の近界民との戦闘を対応するために。
だから誰にもいえない。
ボーダーのために民間を犠牲にするのかと抗議が上がりそうだが、何の実績もない得体のしれない組織の言葉を人々は耳を傾けることはしないだろう。
これはボーダーという組織を作る基盤として必要なことだった。
だからといって犠牲者を出したいわけではない。
矛盾しているかもしれないが出来る限り被害を小さくする努力はする。
自分の将来の夢に反しているかもしれないが避けられることのない未来なら覚悟を決めて受け入れるしかない。
だけど諦めたわけではない。
何かを犠牲にするなら未来のために何かを残す。
何かを選ぶなら選ばなかった何かを捨てる覚悟を。
そして選ばなかったものの分まで未来を繋ぐ。
これから起こる大規模侵攻で誰を優先的に助けるかを決めるのも迅の仕事の一つだった。

だからだろうか。

新しい生活を夢見る人の中に、これからの自分に期待している人の中にいるのが憂鬱なのは……。
皆楽しそうに学校の話や部活の話、友達の話をして自分の未来を描いている。
だけどたった一人、迅だけはそれが叶わないことを知っている。

あの人も、この人も、あそこにいる人も……
皆、近界民に襲われる。

他の未来……可能性すら見えないのだからそれはもう確定している。
そしてその先が見えないことから考えると彼等にはその先がないのだろう。
迅の脳裏に最愛の師の姿が浮かぶ。
未来が見えない真黒な世界。
そういう人を何人見ても迅ができることは何もなかった。

おれは君を見殺しにする。
おれは君を助けない。
だからせめて誰かを……誰かを助けたい。

助けることで次に繋がる……つまりボーダーとして戦力になりうる人を見つけ出す。
それが唯一見捨てる人たちへの手向けになれば――なんて、自己満足して自分を正当化する。
どんよりとした何かに押し潰されてしまいそうだ。

「迅!!」

嵐山の声が聞こえて迅は我に返った。
しかし目の前の出来事に対処することはできなかった。

「え?」
「わっ!?」

誰かとぶつかった。
「ごめんなさい…!」
声がする方を見ると三門市立第二中学校の女子生徒が尻餅をついていた。
慌てて起こそうと迅は手を差し伸ばした。
「こっちこそごめん、考え事をしてて…大じょう…!?」
迅は自分の目が捕えた未来に息を呑んだ。
大規模侵攻で被害に遭う……それは三門市にいる限り皆そうだった。
目の前の彼女から見えたのは近界民に攫われるところ。場所は駅前の商店街だ。
近界民に攫われるということはトリオン量が多いということだ。
迅の中でボーダーのために助けた方が良いのかと反射的に考えてしまう。
彼女を助けた未来。
それが可能性としてあったのかぼんやりと助かった時の道筋が見える。

迅が見た彼女を助けた未来。
彼女はこの学校にいる。
次に会うのは入学式の時、しかも教室の中。
びっくりする彼女の姿が見える。
恐らく「あの時の――」そんな風に話しているのだろう。
自分はどうやらこの学校に受験合格していることを知る。
そして彼女と同じクラスになるのだということも。
ボーダーに入隊する姿は見えないからどうなるのか分からないがいい友達にはなれそうだと思った。
そして広がる未来の波紋。
彼女が助かる未来が確定すると影響を受ける未来があると知らせていた。

「迅、大丈夫か?」

嵐山が迅の目の前に入ってくる。
商店街――。
先程彼女から見た未来と同じだった。
彼女が近界民に攫われる場所に嵐山もいる。
その事実だけで身体が冷たくなるのが分かる。
今まで嵐山を見ても彼からそういう未来は見えなかった。
つまりこれが一つの未来を選んだ結果なのだろう。
彼女を助けるかどうかで変わる未来。
本来なら彼女には温かな日常と楽しい未来が存在するはずだ。
だけど彼女を助けることで大事な友達がいなくなるなんて迅は嫌だった。
悩む必要なんてない。
こんなにも選ぶべきはどちらなのかはっきりしていた。
迅は思わず差し出した手を引っ込めた。

「君も怪我はないか?」

駆け寄ってきた嵐山は彼女に手を差し伸ばす。
彼女はびっくりしたのか目を丸くして「大丈夫」とだけ答えた。
そして嵐山の手を取るか悩んで、自分で立ち上がることを選んだ。
「……私よりそっちの君は大丈夫なの?」
二人の視線が迅に注ぐ。
見知らぬ人からみても顔色が悪かったようだ、
心配してくれた二人に迅はへらりと笑って見せた。
「大丈夫だよ。それより気をつけた方がいいよ」
「?」
「桜花――!急にいなくなって捜したよ」
「あ、ごめん」
「ってこの人たち誰!?」
「さあ?……来年一緒になるかもしれない人?」
「そうだな、お互い頑張ろう!」
嵐山の言葉を聞いて彼女の友人が頬を少し赤らめて元気よく返事をする。
友人は彼女の手を引っ張って行くのに対し、彼女は「痛い」「どうしたの」と連呼していた。
「こういう出会いがあると高校生活も楽しみだろ?」
何も知らない嵐山が迅に言う。
「来年、会えるといいよな!」
「そうだといいな」
嵐山に返事をしながらどの口が言うんだと迅は思った。
迅は来年、少女と会えないことを知っている。

迅は少女を助けない。

そう決めた時、目の前の嵐山がボーダーの隊服に身を包む姿が見えた。
今まで可能性として薄っすらと見えていた未来ではあった。
それが今、確定した。
要因は間違いなく彼女の安否だった。
大規模侵攻で二人がどのように巻き込まれるかは見えていない迅には詳しいことは分からない。
ただ友達としていうなら迅は嵐山にボーダーになってほしくなかった。
同じ戦場に立って欲しくはなかった。
だけどその願いは生きていることが前提だ。
この世界にいることが前提だった。
その前提が崩れるくらいなら迅は自分の願いをなかったことにした。

嵐山が楽しそうに未来の話をしている。
その隣で笑いながらも、
迅は会う人会う人の顔を見て別れを告げていた。




それから数ヶ月後……
三門市の空に門が開いた。


全てが終わった瓦礫の上で迅は空を見上げる。

「名前、なんて言ってたかな――……」

オープンキャンパスで出逢った彼女は門の向こうへ連れて行かれこの世界から消えただろう。
ここまでくる未来の通過点でしかなかった彼女。
そしてその他の人達に向かって迅は静かに黙祷を捧げた。

「さよなら、クラスメイトになる予定だった君――……」


20170924


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