端と端
私のポラリス

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「立てる?」

暗闇の中で声が聞こえる……。
青葉は恐る恐る目を開けた。
日が暮れて既にそこも真っ暗だったが目の前に差し出された手だけは見えた。
青葉は無意識にその手を掴んだ。

青葉は今戦場の中にいた。
初陣だった。
近界民に攫われて闘うことを選んだ青葉は自分で道を決めてから戦闘訓練は受けていた。
厳しくて辛くて恐くて訓練にはいい思い出はなにもない。だけど実際の戦場はそれ以上だった。
震え上がる身体を上手く動かせずどうやってやり過ごしたのかは覚えていない。
換装が解けているとこを見ると恐らく自分はやられたらしい。
でも生きている……それが良かったのか悪かったのかは分からない。
「この子は大丈夫ね」
手を差し伸べてくれた少女が言う。
自分より少し年上のお姉さんだ。
こっちに来るまでは中学生だったらしい。
あと3年くらい経てば自分もそうなる予定だった。
「そっちは?」
「意識はあるけど次は無理かもね」
「……それはアイツらが決めることね。
戦争の勝敗はついたけどまだここは戦場だから……とりあえずここから離れるわよ。
合流ポイントに戻ろう」
初陣だから分からないのか。
それとも自分がまだ幼いからか……。
青葉には少女達が何を話しているのか分からなかった。
「行くわよ」
ただその言葉だけに従う。
青葉は立ち上がり、一歩歩いた。
それを見て少女は嬉しいような哀しいような……でも少しホッとしたようななんともいえない顔をしていた。
彼女の表情の意味は青葉には分からなかったけどただ自分が掴んだその手を振り解かれなかったことに安堵した。
それよりも握り返してくれた事が嬉しかった。
それだけはよく覚えている。

少女達は青葉よりも年上で青葉よりも早く戦闘訓練を終え、戦争も経験している。
今回はまだ3回目らしいがそれでも初めての自分と比べるとその差は明らかだった。
空気が重い。
呼吸の仕方を忘れそうになる。足が上手く動かせなくて迷えば歩けなくなりそうだ。
それでも青葉が歩みを止めなかったのは自分の目の前を歩く少女の背中があったから。
少女の背中だけを見て青葉はついていく。
手を引かれるそれに従ってついていく。

「休憩を取ろう」

背後から声が聞こえた。
歩けなくなった子供を見兼ねて言う彼女に少女はため息混じりに頷いた。
同時に離された手が少し寂しかった……。
「私、ちょっと周り見てくるから」
後はよろしくと少女は彼女に言う。
あっという間に消えた少女の背中に少し不安が過る。
「星が……」
誰かが呟いた。
皆、空を見上げる。
「そういえば桜花がさー……」
少女の名前を口にしたのはいつも彼女とチームを組んでいる人だ。
お姉さんと同い年で、共に訓練をしたからか彼女達は仲がいいし、捕虜仲間の中で二人は出来が良かった。
大体少女が斬り込みに行き、彼女がそれをサポートする形で戦場を駆け巡っていた。
それは上手く作動していて今回は彼女達の連係のおかげで自分達が生き残ることができたと青葉が知ったのはもう少し経験を積んでからだ。
……そんな彼女が思い出し笑いをする。
「こうやって空を見上げていたんだよねー癖だって言って。よく北極星探したな〜」
明るい声で話しているのに懐かしむかのような口ぶりに少女はもう探すことをやめてしまったようだ。
どうしてなのだろう。
「北極星って何?」
その質問に彼女は少し考える素振りを見せ何でもないように言う。
「凄く明るく光る不動の星かな。北の空にあるんだって」
「不動?」
「動かないように見えるから不動の星。
昔の人?はそれを目印にして航海したんだって」
北の空とか、そこを中心にして他の星が回って見えるとか、よく分からない。
ただ目印にして人は歩き進んでいたのだという事だけ分かった。
なら、それを目印にしたらいつか元の世界に帰れるのだろうか。
自分より年上の彼女なら答えてくれるだろうか。
そう思って青葉が口にしようとした時だった。
少女が戻ってきた。
「あっちは大丈夫そうだった。
動けるなら行こう」
青葉の疑問は言葉にならなかった。
変な空気を感じて少女は訝しげな顔をする。
「何かあったの?」
「お姉さんは星が好きなの?」
その言葉でなんとなく何が話されていたのか察したらしい。
自身の相棒に「変なことしゃべらないでよ」と少女は睨みを効かせた。
「別に王子様の話はしてないよ」
「だからそんなんじゃないって言ってるでしょ!?」
王子様?さっきまで星の話をしていたはずなのに……何の話だろう。
青葉は首を傾げた。
「お姉さん」
「星は好きじゃない。だからもう見ない。この話はもう終わり」
「どうして?」
好きなものを好きじゃないという心理が青葉には理解できない。
今まで好きで見ていた星を見なくなってしまった理由が分からない。
単純に不思議に思って聞いただけだった。
だけど返ってきた言葉は青葉の想像したものとは違った。

「誰も助けになんか来てくれないわよ」

少女の言葉が胸に突き刺さる。

誰も助けに来てくれない。

そんなの青葉も知っていた。
助けて欲しい時、誰も助けてくれなかった。
だから青葉はここにいる。
だから少女もここにいるのだ。
言っている意味は分かる。
都合がいい助けなんてくるとは限らないしあてにするだけ無駄だと言っている少女の言葉の意味は分かる。
だけど……
「お姉さんは助けてくれました」
青葉の言葉に少女は目を丸くした。
「こんなの助けたことにはならないわよ」
踵を返し先に進む少女の後を青葉は急いでついていく。
歩く速度は速いけど決して追いつけない速さではない。
後ろに青葉がいる気配を感じて少女は言う。
「見ているだけじゃ意味がないのよ」
「さっきの星の話?」
少女は返事をしなかった。
ただただ、言葉だけを綴っていく。
「思っているだけでもダメ。
待っているだけでもダメなのよ。
自分で考えて動かないと何も変わらないって分かった。
だから私は強くなることを選んだの」

この世界に来る前に何かに怯えていた友達のことを思い出す。
誰にも信じてもらえないと自分に相談してくれた友達の言葉を聞いて自分は友達を信じるって言った。
そして何があっても守ろうと思った。
何故だか分からない。
少女の言葉を聞いて青葉はその時の自分の気持ちを思い出した。
それだけ少女の言葉には自分の心を揺さぶる何かを感じた。
「あいたいな――」
そう呟いた青葉に少女は答えた。
「だったら生き残ればいいのよ」
諦めろと言われるかと思った。そんな夢抱くだけ無駄だと言われるかと思った。
だけどそうではない。
少女がトリガーを握りしめるのを見た。
トリガーの先端につけられているストラップが目に留まる。
少女がこちら側に来た時に身につけていたものだろう。
星を好きでないと言った少女。星を見るのを止めてしまった少女。
だけど少女は諦めたわけではないのだと青葉は思った。
少女は生き残るためには強くなるしかないと考えたのだろう。
愚直かもしれないが青葉もそう思った。
「わたしも強くなりたい」
少女は何も答えなかった。




それから数か月後。
少女が戦時中、消息不明になったことが伝えられる。
持ち場は違えど同じ戦争に参加していた青葉は少女が戦っていたと思われる場所まで足を運んだ。
あるのは壊された建物と死骸。
そこに少女の姿は確認ができなかった。
「あ」
青葉は見覚えがあるものを目にした。
青葉はそれを拾い上げる。
金属板には何か絵が刻み込まれている。
それが少女が身につけていたストラップの先であったのを思い出した。
姿のない少女が生きているのか死んでいるのか分からない。
正直に言えばショックだった。
この世界に来て慕いたい人ができたのも、目指すものもできたのに……胸が締め付けられた。
だけど青葉が生き残っていたから少女のストラップの欠片を見つけたのだ。
青葉は拾い上げたストラップの先を握りしめる。

――生き残ればいいのよ。

あの時告げた少女の言葉を思い出す。
逢いたければ生き残ればいい。確かに少女はそう言っていた。
だから青葉は自分の胸に誓う。
生き残るためにできるのは1つだけだった。


20170903


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