端と端
星は手渡される

しおりを挟む


※迅と嵐山幼馴染設定。


「――にしても懐かしいな。コウモリマンション。
お前よく覚えてたな」
「そういう迅も覚えてたじゃないか」
「そりゃ…警察沙汰になったからな。
あれが嵐山の黒歴史だよな」
「あれは…!
…迅がちゃんと言わなかったからだろ?」
「いや俺言ったよ?
良くないことがあるって」


話は彼等が小学生時代まで溯る。


夜になるとコウモリが出てくる。
その噂からそのマンションはコウモリマンションと呼ばれた。
台風やら何やらで悪天候が続いたせいで外壁の塗装が剥がれてしまい、見た目があまりよろしくない状態だったが、
子供から見ると薄気味悪く感じることもあり、
コウモリマンションという名称は子供達の間で瞬く間に拡がった。
度胸試しに最上階に上り、
コウモリがいるか確認するという遊びが流行ったりしたが、
残念ながら噂が拡がっていた小学生達には門限があり夜に確かめられる者はいなかった。

が、この日。

迅、嵐山の友達の一人が家を抜け出して確かめようと言い出した。
小学生ともなれば、やんちゃなお年頃だ。
家を抜け出す。
夜出歩く。
噂のマンションに行く。
それだけでテンションは上がっていたのに、ただ一人。
いつもは面白そうなことに参加する少年、迅悠一は参加しないと突っぱねた。

「迅にしては珍しいな。どうしたんだ?」
「うん、何か大人たちに見つかって怒られる未来が見えた」
「例の予知?」

トリオンとかサイドエフェクトとかそんな知識はない子供の頃。
迅がもつ未来視のサイドエフェクトの存在は誰も知らない。
周囲の者からしたら迅はかなり勘がいいという認識だった。
迅事態も自分は未来が視えるとは公言しなかったのもある。
…公言しても嘘つきと言われる未来が見えたからというのもあるのだが。
ただ一人。
幼馴染である嵐山だけには本当のことを打ち明けた。
彼は良くも悪くも人の話を信じる。
それは迅の未来視のことも例外ではなかった。

面白そうな話には必ず乗ってくる迅が、
今回の肝試しには参加しないと言っている。
それはもう例の未来を見る力で何か見えたと嵐山が考えるのは至極当然のことだった。

嵐山の言葉で迅は頷く。
どうやら、嵐山達がコウモリマンションに行って補導される未来が見えたらしい。
わざわざ怒られることが分かって行くのは割にあわないと、
小さいながらも主張する迅は子供ながらどこか冷めていたのかもしれない。
その話が本当であれば止めないといけないと嵐山は発案者に言おうとしたが、
それでも彼らが行く未来は確定しているらしい。
止めても無駄だと嵐山に言った。
「特にお前は行かない方がいいよ」
「どうしてだ?」
「どこかに閉じ込められるみたいだから」
「え!?」
それはどういうことだろうか……。
悪い奴に捕まるのか?だったらなおさら友達を止めないといけないと嵐山は息巻くが、
別に何かの事件に巻き込まれるわけではないらしい。
だけど、どうしてそうなったかは分からなかった。
「閉じ込められている様子を見る限り、
嵐山は落ち着いているからそんなんじゃないよ」
「俺は?」
迅の言い方に引っかかった嵐山は聞き返した。
「うん、誰かと一緒にいる」
どうやら顔が見えないらしい。
迅が人を認識できないということは、彼が会ったことのない人だ。
誰かが泣いている。
それを嵐山は慰めている未来が見えた。
知らない誰かのためにそこまでする嵐山を本当お人好しだなと迅は思った。
「とにかくおれは行かない。
お前も行かない方が良いよ」
「…分かった」

それが迅と嵐山が昼間にかわした言葉だった。


そして夜。
迅の言葉を信じて、
肝試しをしようとする友達を止めるために嵐山はコウモリマンション前に来ていた。
止めようという嵐山の言葉にビビってるんだろと友達は取り合おうとはしなかった。
途中で帰って自分だけ助かるのは、
なんだか後味が悪いので、
結局嵐山は彼等に付き合うことにした。

コウモリがいるのは最上階にある部屋。
ただいま改装工事中で立ち入り禁止になっている。
そこにコウモリがいるらしい。
そこまで行って確認するだけだ。
さっさと済ませて帰ってしまおうと彼等はその部屋に向かった。
「あれ、閉まってる」
立ち入り禁止の立札を無視して先に進めば、
部屋には扉。
つい最近取り付けられたらしいそれのせいで部屋に入ることができなかった。
彼等の冒険は呆気なくここで終了した。
「なーんだ、これじゃあ確認できないじゃん」
「つまんねーの」
嵐山はほっと胸を撫で下ろした。
迅の予知が外れるのは珍しいが、
とにかく今回は無事にやり過ごせそうだ。
あとは大人に見つからないように帰るだけだと、嵐山は皆に提案する。

「あれ、何か声が聞こえね?」

ふと、誰かが言い出した。
その声に驚かせようなんてそうはいかないと言い合っていたが、
耳を澄ますと確かに声が聞こえる。
しかも扉の向こうからだ。

コウモリではなく幽霊?

皆の中で緊張が走った。
注意深く声を聞いてみると、どうやらそれは泣き声のようだった。
その泣き声を聞いていると、
まるで妹が泣いている気がしてしまい、
思わず嵐山は扉に駆け寄った。
「誰かいるのか?」
その声に反応して泣き声が止む。
中から「扉が閉まって出れなくなっちゃった」と言葉が返ってきた。
助けてと向こうからドンドン扉を叩く音がする。
まるで霊的な何かが作用し、
部屋に入った人間を閉じ込めたかのようだ。
そう思ってしまったのは自分たちが肝試しをしていて、
今が夜で、ここがコウモリマンションだったからかもしれない。
その言葉を聞いて先程まではなかった恐怖が押し寄せてくる。
「か、帰ろうぜ」
誰かが言う。
「でも中に誰かが…」
「さっき試したけど開かなかったじゃん」
「僕たちだけじゃ無理だよ」

ドンドンドンッ

扉を叩く音が強くなる。
それにびっくりして一人がうわーと悲鳴を上げながら走って行った。
つられて一人、また一人と反応する。
あっという間に嵐山だけになった。
扉を叩く音は悲鳴が聞こえたのだろう。
誰も助けてくれないことを悟り、静かになった。
…いや違う。
小さな声で泣き始めた。
子供ながら嵐山はどうすればいいのか迷った。
大人を呼んで来ればなんとかなるかもしれない。
部屋を離れようとしたが、
閉じ込められた子を一人にするのを躊躇ってしまう。
嵐山には双子の弟と妹がいる。
いたずらっ子で泣き虫だけど、「お兄ちゃん」「お兄ちゃん」と言っては、
後をついてくる可愛い双子だ。
急に双子の顔を思い出す。
少しの間でも一人にしておくことなんてできなかった。
「待ってって。今、行くから」
嵐山はきょろきょろ見渡す。
上の方に穴がある。
それは将来窓が設置される予定の穴だった。
小さいけれど通れなくない。
嵐山は近くにある工事の資材を積み重ね、そこまでの道を作る。
なんとか上って身を乗り出せばそこには女の子がいた。
「今行くから離れて」
急に現れた嵐山の顔に女の子はびっくりしたらしい。
泣き声が止んで、彼の言葉に静かに頷いた。
ちょっと高いけど…勇気を振り絞って嵐山は飛び降りる。
上手く着地したが、反動で足がじんじんする。
「もう大丈夫だよ」
嵐山は女の子に言う。
その子は妹よりも大きいけど、自分よりは小さい女の子だった。
「うん…」
よっぽど心細かったのか女の子は嵐山の服を掴む。
その仕草は双子が寂しい時、構って欲しい時にする仕草と同じだった。
「遅くなってごめん」
双子に接するように、嵐山は女の子の頭を撫でる。
「もう大丈夫だから、な?」
「うん…」

話を聞くと、少女も嵐山達と同じで肝試しに来ていたらしい。
コウモリがいないことを皆で確認し、部屋を出ることになった。
少女よりも早く出た友達の誰かがいつもの癖で扉を閉めてしまったことと、
少女がワンテンポ遅れて行動したことが災いを呼び、
部屋を出ようとしたところで運悪く扉が開かなくなってしまったらしい。
開かなくなったという事実に、少女の友達は怖くなったらしい。
少女が中にいることを忘れ、彼女たちは逃げて行った。
そして今に至る。
置いてけぼりにされた少女は暫くは待っていたが、
いつまで経っても誰も来ないので心細くなったらしい。
遂には泣き出してしまったところで、嵐山達が来たというのが事の流れだった。

「怖かったね」
「お兄ちゃんのせいじゃないよ」

嵐山は少女の手を握る。
少女も嵐山の手を握り返す。

嵐山は部屋の中を見渡す。
外とは違って中は道を作るための資材はなかった。
…あったとしても、女の子にそんな危ない真似はさせられないので、
嵐山は大人しく助けが来るのを待つ選択をした。
そんなことしても誰も助けに来てくれないのではないかと、
少女が不安がるのをよそに嵐山の顔は不安を一切含んでいなかった。
「大丈夫。俺の友達が助けを呼んでくれるから」
嵐山は先程まで一緒にいた友達よりも先に迅の顔を思い出していた。
迅は自分が誰かと一緒に閉じ込められている未来を視た。
その未来が変わらなければ、
予知通りになったという事だ。
そうなれば、迅は自分達を助けるために何とかしてくれる。
幼いながらも、二人の間には絆があった。
「座って待っていよう。ほら、見て」
嵐山は自分が入ってきた方とは逆方向にある窓の外を指さす。
そこは既にガラス張りされており、その先に見えるのは星だった。
「この前授業で習ったんだ。
北斗七星探そう」
「北斗七星?」
「そう。こんな感じの星座で…」
言うと嵐山は自分のポケットから取り出し、女の子に手渡した。
渡されたのはストラップで、紐の先端には北斗七星があった。
「一緒に探そう」
「うん」


嵐山は当時の記憶を頼りに迅に話していた。
「そんな感じで迅が来るのを待ってた」
その話を聞いて迅は苦笑する。
「お前、昔から本当にマイペースだよな。
そこがいいところではあるけどさ…」


迅は語る。

嵐山達が助けが来るのを忘れるくらい話に夢中になっていた時、
迅達は大変だったのだ。
嵐山の親から迅の家に電話がかかってきて「准がいないんだけど、どこに行ったか知らない?」から始まった。
迅が見た未来はあれから変わっておらず、
なおかつ、嵐山の親からそんな連絡が入ればどこにいるのか想像するのは簡単だった。
迅の言葉で彼の親がマンションに行くことになった。
そして、そこに訪れてみれば、
既にマンションに住んでいる住人から「子供の声がする」と通報していたらしい。
警察が既に嵐山達を保護していた。
事情説明とともに、親に、警察に説教を喰らったのは苦い思い出だった。

「本当、やんちゃだったよなー」

本当に大変だった。
もう悪いことはしない。
嵐山は規則正しい生活をおくると胸に刻んだ。

「本当、あれは嵐山にとって唯一の黒歴史なんじゃないの?」
「そうでもないぞ?
意外と楽しかった記憶があるし」
こういう発言をするのがやんちゃな証拠だ。
嵐山はやんちゃ小僧だったと言っても誰も信じないのだろうが。
迅がそんな事を考えているなんて知るはずもなく、
それに…と嵐山は言葉を続けた。
「護れるものは護らないといけないなと思ったきっかけでもあるし」
弟、妹、家族、友人は勿論。
自分が護れる人が他にもいるなら護りたい。
これは嵐山のボーダーに入隊した原点である。
そういえばあれから嵐山のブラコン、シスコンに拍車が掛かったのだと…迅は思い出す。
「世の中上手くできてるよね」
「??」
迅の言葉の意味が分からず、嵐山は首を傾げた。


「お、桜花!」

迅の声を聞いて、目の前にいた桜花は露骨に嫌そうな顔をした。
Uターンしようとした彼女を逃がさず、
迅は言葉を振る。
「そういえば、桜花もよく覚えていたよね」
「何の話」
「ほらーコウモリマンションだよ」
「あぁ…」
その言葉を桜花も嵐山も覚えていたから、
彼女がこちら側の人間であり、自分たちと同世代だということが分かったのだ。
桜花の予想よりは遅いが、
彼等からするとそのおかげで彼女に対する処遇が早く決まったと思っている。
「よく覚えてたよね」
「他に覚えていることがなかっただけよ。
特に何もない平凡な町だったし」
ここでの思い出なんてそれくらいしかないと言おうとして桜花は黙った。
それよりも懐かしいなと言う嵐山と迅の顔を見て、
本当に同世代なんだなと思うと、
少しだけ自分もこの世界の住人だったことを思い出す。
「そうそう、それで嵐山がそのマンションにさー」
「うわー!迅、それ以上何も言うな!!」
「えーさっきまでは話してたでしょ」
「…お前、話を拡めたいだけだろ?」
「何の」
「昔、嵐山がやんちゃだったってはな…」
「迅っ!!」
言い合う二人を見てこれが同い年かーと桜花は内心溜息をついた。
今、目の前にいる二人は普通の青年で、
戦闘員には全く見えない。
もしかしたら自分もずっとここにいればこんな感じになるのだろうかと想像しては、
そんな夢を想像するのは無意味だと、振り払った。

――それに、あの時の自分はとても非力な人間だった。

残っている記憶を手繰りよせる。
目の前の嵐山が恥ずかしいからやめろと言っている中、
桜花もコウモリマンションには恥ずかしい思い出しかない。
「桜花も聞きたいよね?嵐山のやんちゃ話」
「面倒だからいらないわ」
「え、それ酷くないか」
自分には興味がないと言われしゅんとする嵐山を見て、
ほら、面倒だと桜花は睨んだ。
因みに睨んだ相手はこうなることが分かっていて話を振った迅だ。
「悪いけど私今からランク戦だから」
「誰とやるんだ!?」
「さぁ?ポイント稼ぎたいからとりあえず訓練生の誰か、ね。
この間アンタのとこにやられて稼ぎ直さないといけないのよ!」
「おかげでいい訓練になったって。
嬉しそうだったぞ、遊真」
「…ムカつくわね」
桜花の機嫌は悪くなった。
自分は強くはないが、
あの時みたいに無条件に泣いたり、助けに来るのを待つような弱さはもうない。

――もっと強くなってみせる。

桜花はまっすぐ目的の場所へと歩いていった。
それを見送ってまたひと反乱あるなと
迅と嵐山は二人で顔見合わせて苦笑した。


少女の記憶の断片にはコウモリマンションがあった。
閉じ込められ、友達には置いてけぼりにされ、
どうすればいいのか分からないと泣きながら、誰かがくるのを待っていた。
「遅くなってごめん」
助けに来てくれたのは自分と同じくらいの少年だった――。


20150530


| | 次 >>