端と端
未来を夢見る

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戦争の中、命を懸けて共に戦った仲間とは強い絆が生まれることは少なくはない。
少女には仲間であり、友達ができた。
彼女も、少女と同じ世界から連れ去られた人間だった。

ある日のことだった。
戦争で少女達は敵国に侵攻していた。
敵を何人も殺したし、間違いなく勝っていた。
ところが突然、押し返された。
それが誘い込まれたのだと知るのは敗北してからだった。
敵に囲まれた。
逃げ道なんかどこにもない。
一思いに殺されるか、嬲り殺されるかのどちらかだ。
天を仰げば流れ星。
ああ、自分はもうここで終わってしまうのかと思った。
死んだらもう元の世界には帰れない。
呆気ない終わりだ。

「俺は女、子供を殺すのは胸が痛むんだ。
だからお前らにチャンスをやろう」

男は言う。

「俺は強くて使える奴が好きだ。
だから生き残った方を助けてやる」

急に何を言いだすのかと思った。
つまり殺し合えということだ。
今まで共に戦ってきた仲間を、友を――。
そんなこと、できるはずがない。
そう叫べば男はだったら死ねと言い放った。
自分たちを囲んでいた兵たちが一斉に剣を槍を突きつける。

もうダメだと思った。
…しかし、どうやら自分は諦めが悪いらしい。
少女は剣を握りしめる。
敵に向かうその直後背中をバッサリと斬られた。
「ど、うして…」
振り向くと少女を斬ったのは隣にいた友人だ。
友人は震えながら言う。

「私、死にたくないの」

倒れそうになる身体に足を踏ん張らせる。
トリオンが漏出する。
斬りかかってくる友人を剣で流すが間に合いそうになかった。
トリオンが切れ実体に戻ったところを少女は斬られた。


ああ、なんでそんな顔するんだろうと思った。
生きるために選んだのに。
そのために、私を捨てることを選んだのに。
酷い。
好きだったのに。
どうしてそんな顔をするの。
まるで私が酷いみたいだ…。

でも

助かるならそれで良かった。


視界が遠くなる。
もうそろそろ終わりがくる。

目の前に赤色が飛んでくる。
空には流れ星が見える。

どさっと何かが倒れる音が聞こえた。

目線を動かす。
そこには少女を斬った友人が倒れていた。


そこに倒れていたのは自分の母親だった。
少年は母親を見下ろす。
こうなることは分かっていた。

少年には幾つもの未来が見えていた。
今日、未確認生物…後に近界民、トリオン兵と呼ばれるものが現れることも。
それに巻き込まれて、母親が犠牲になることも。
少年にはそれに抗う力は持っていなかったが、
回避する力は持っていた。
それでも少年はその未来に辿りついた。

何度も何度も見たのだ。
自分の母親が死ぬところを。
何度も何度も可能性を探ったのだ。
ここで母親の死を回避しても、再び同じ状況が起こってしまう。
ここで母親の死を回避してしまったら、
今度は母親が連れ去られてしまう。
それは変えることのできない未来なのだ。
鮮明に見えたから分かる。
その先には母親を救出できる未来はない。
あるのは敵として対峙する未来だけ。
自分が死ぬか、敵が死ぬかどちらかしかない。

幾つも未来は分岐しているのに辿りつくのは死だった。

大好きな母親が死ぬのは耐え切れなかった。
母親を生かせば、その先で対峙する。
自分の息子を手に掛けた母親は、
今まで見たことのない顔で絶望する。
大好きな母親にそんな未来を迎えてほしくなかった。
逆に自分が母親を手に掛けることは…ダメだ。耐え切れない。
未来を見るだけで張り裂けそうだった。

自分に力があればなんとかできたのだろうか。
だが、悔いても少年には力がなかった。
今の自分にはどうすることもできない。

だから少年は近界民に殺される母親の未来を選択した。


「母さん、ごめん…」

その未来を選択した自分に後悔する。
他の未来を選択しても少年は自分に後悔する。
未来を守る力を、変える力を持っていない自分に後悔する。
だから力を手に入れよう。
そして、自分の大切なものは守れるように最善を尽くそうと誓った。
何度も何度も未来を視て、よりよい未来を選択する。
少しでも自分の大切なものに明るい未来が訪れるように。


「見えたの…どこまで?」

目の前の彼女が言う。
何を言っているのか意味が分からなかった。
しかしそれは一瞬だった。
次の瞬間、迅の目にはいくつもの未来が見えた。

どこかの未来の彼女は言う。
「もう少し割り切った方がいいんじゃない。
このまま背負い込むと潰れるわよ」

どこかの未来の彼女は言う。
「勝手に見えるのはしょうがないけど、
起こらなかった未来にまで悔いててもしょうがないでしょ?」

どこかの未来の彼女は言う。
「すべての人間の未来に責任を持とうとするなんて馬鹿なんじゃない?
迅の後輩は助かった。
その結果を素直に受け入れるべきよ」

どこかの未来の彼女は言う。
「私は迅の母親も三輪って子の姉も向こう側に連れて行かれず、
死んでよかったと思うけど。
好きな人と殺し合うことなんてできないでしょ?」

どの未来の彼女も迅を責めたりはしなかった。
だけど、最後に見えた未来の彼女は茶化すように笑っていたが、
目はどこか冷たいような哀しいような…
それはその状況を知って、慣れてしまった者の目だ。
迅は分かってしまった。
彼女は親しい人と敵対したことがあるのだと。
そして後悔したことがあるのだと。
戦争に身をおいていたのだから当たり前だろう。
だが、それを自分以外の者が背負うのは嫌だった。
きっと彼女は「それは傲慢だ」と言うだろう。
だけど迅は母親が死ぬ未来を選択してから決めている。
自分の大切な人、目に届く人の未来は守ることを。

目の前にいる桜花が言う。
「体験しなくてもいいことを体験するなんて……」
それは一種の理解だった。
他の未来の彼女の言葉から考えてそう思った。
迅の頭には修や遊真、千佳、玉狛の皆、ボーダーの仲間…
たくさんの人々の顔が浮かぶ。
知らなくてもいいことは知らなくていい。
その通りだと迅は思う。
だから皆が笑いあえる未来を作ろう。

あの時に見た桜花は笑っていた。
穏やかに、優しく、笑っていた。
その未来を信じて迅は未来を見る。

目の前の彼女も守ろうと心に決めた。


20150626


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