01

ヴィクトルは一人の女性を見かけた。まるで踊るかのような、足取りでその女性は私についてきて。と言っているようだった。その女性のあとをついていく。
長い黒の髪。歩き、立ち止まる度ふわりと舞うかわいらしいワンピース。歳は10代後半だろうか。
緑ある裏路地の長い階段を彼女は一歩づつ登り、こっち、こっち、と招いているかのように誘導する。
遠いのでよく外見は見えないのだがどこか、勇利に似ているようだ。

かわいらしいワンピースをひらりとさせて、階段のゴール追いかけてたどり着いたそこはアカシアの花びらが舞う、知る人しか知らなさそうな小さなバー。
先程の女性を知りたくてヴィクトルはバーにはいる。"カミラ"という名前のバーだった。
カランコロン、と呼び鈴がなり、あたりを見渡すとまだ昼間なだけあり人はいない。
マスターと先程の女性が一人。

彼女は黒髪の長髪で、背はユーリほど。
彼女はグラスを持っており白ワインを飲んでいた。振り向くとヴィクトルは一瞬にしてその女性の虜。

ダメだとわかっていた。今この娘 を好きになったらいけない。心に決めた人がいるではないか。
彼女は勇利に似ていた。女性じゃなければ全てが勇利だった。
勇利似の女性はにこりと微笑み、ヴィクトルをとなりに座らせた。
勇利が笑う笑みと重なる。

「英語で大丈夫かしら」
女性が言うとヴィクトルは大丈夫と答えた。
どうやら女性はロシア語を喋れないみたいで英語を欲求してくる。この娘は勇利と同じ東洋人なのだろうか?

「貴方、有名なスケーターなんですってね。私の名前はカミラ。このバーと同じ名前よ」
ふふっ、と笑う。これだけ人懐こい娘は男を誘う商売でもしているのだろうか。
ロシアではなにも珍しくないことだ。年間数百人が誘拐されているロシアでは誘拐犯に捨てられた人間が生きるために水商売をやる人間も少なくはない。

外見も全て勇利に似ている彼女は何も頼んでいないのにマスターにお酒を注文する。
「私からのおごりよ」
まさかおごって貰うなんて思わなかったヴィクトルは驚いて見せると娘はくすくすと笑うのだ。
「カミラ、そんなに面白かった?」
そう言うとカミラはええ。と呟いた。
「まさか私を追いかけてくるなんて思わなかったから」
「君がついてきて、と言ってるみたいだったから」
それからカミラとは他愛もない話で盛り上がり時間がすぎるのを忘れていた。久しぶりの感触だった。こんなに女性と話すのが楽しいと思ったことは今まであっただろうか?
勇利に会うために日本へ渡り、勇利のために時間を使っていたあの日々に似ている。
勇利と付き合う前はコジップでよく女性との交際を騒がれていた。寄ってくる女性には適当に返事をし付き合ったりすることも何度かあった。最近はそんな話題もご無沙汰で気が緩んでいたのかもしれない。
ヴィクトルは自ら女性に気を許したのはこれが初めての出来事だった。

ふわりとした水色のワンピースがとてもよく似合う素敵な女性。
もっと早く出会っていればよかったと思ったらいけないのだろうか。

ヴィクトルはまたカミラと会う約束をした。歳は21歳。
まだまだ若く、日本人なためか、童顔。どうやらスマホなどは持っておらず、家はここよりも少し離れた場所にあるという。
カミラのことがもっともっと知りたくて仕方がなかった。勇利には悪いと思っている。だけど、だけど男は一人や二人浮気をするもの。ばれたらばれたで許してもらおう

男には1つや二つ秘密がある。

カミラとは毎日あのバーであう約束をした。会うたびに勇利がくれたリングをはずしていく。スケートの話はカミラが興味ないのかあまりしなかった。
だからなのか、ヴィクトルという人間をただの人間としてみてくれているからなのか、カミラという女性にどんどんと引き込まれていった。これ以上はヤバイしダメだ、とわかっていても、もっと深いところまで入りたくなってもっとこのカミラのことが知りたくなる。勇利が好き、とは別な何か。
カミラが好きだというカクテル"マウントフジ"
をヴィクトルに渡してきた

どう言う意味合いでこのカクテルなのだろう。
"もしも願いが叶うなら"と言った意味合いが込められている。
不思議そうにカクテルを持ち、眺めているとカミラはふふ、と微笑んだ。

「ねえ、ヴィクトル。今何を考えているのかしら」

それはこちらの台詞だ。不思議な女性だった。

彼女と出会い、半年が過ぎた頃
月夜のスケートリンク上にいた。個人でヴィクトルだけがいつでも入ることが許されているホームリンク
昼間さんざん滑ったのでスケートがやりたいわけでもなかったがカミラがスケート場にいきたいといいだしたので連れてきただけだ。スケートリンクを前にしてカミラ距離が近くなりみつめあうと抱き合いゆっくりと熱いキスをした
「っ、あ、はっ、ンッ」
「ヴィ、ク、トル…うっあっ…」
息の仕方もしらない彼女はゆっくりと息をすって、と手助けしてやる。とろんとした表情にヴィクトルはごくりと唾液を飲んだ。彼女の大したでかいとも言えない胸が上下に揺れる

「やめて!」
彼女はどん!と肩を押し倒す。早く欲しい彼女の全てが早く欲しいと思ってしまった。早とちりか。ガチな恋愛をしたことがないヴィクトルはため息をつく。ギルオギーのことを言えた立場じゃない。
これでは丸で恋愛童貞だ。勇利をどうやって落としたかなんて思い出せない。
あのときは夢中で必死だった。お互いのスケートという共通点があったから。
勇利が欲しくて欲しくて仕方がなくて。
勇利を手に入れたのは偶然のようなものだ。
いや、必然か?

勇利は手を差し伸べれば離れていきそうになり繋ぎ止めたくなる。誰のものにもしたくなくなる。自分だけをみていて欲しくなる。

カミラはそんな勇利に似ていた。スケートを知らない彼女だからこそ、ヴィクトル・ニキフォロフを知らない彼女だからこそ惹かれてゆく。ヴィクトルという人間を知らないからこそ、どんどんハマっていく。勇利はヴィクトルという人間を最初から知っていて大ファンだった。決定的に違うのはヴィクトル・ニキフォロフを知らないというのとスケートを知らないと言うもの。

だが彼女はスケート場で貸出ししているスケート靴を借りてそれを履こうとする。

ヴィクトルはキョトンとした。スケートを知らないんじゃないのか?彼女は嘘をついたのか?
「どうしたの?」
「君が滑るの?」
「そうだよ」
「だってスケートは知らないって」
「知らないなんて言ってないよ?君のことを知らないと言っただけ。英語って難しいね」
彼女は日本語で
「慣れない靴は履きづらかぁ」
と呟く。勇利がよく使う帯だ。
そんなことを言ったってヴィクトル・ニキフォロフを知らないでスケートを知っている人間はどこにいるだろう。スケートに興味あればヴィクトル・ニキフォロフの名前はすぐに届く。それだけ有名になってしまったのだ。
日本人である彼女。日本人という素顔を隠しているようだが日本語をしゃべるだけでバレバレだ。おそらく、あのバーと同じ名前というのは嘘でカミラという名前は偽名だろう。偽名を使ってまでヴィクトルに近づこうとした理由はなにか?

もしも願いが叶うなら

あのカクテルに込められた意味と関係している?
どうしても考えてしまう。コジップにハメラレタだけか?
どくん、どくんと胸が波打つ。

上着のからCDをとりだすとそれをCDプレーヤーに持っていかず、ヴィクトルに渡した。
ヴィクトルはそのCDをかける
彼女がリンクの真ん中に行き、よし!と気合いを入れた

曲が流れた この曲は嫌でも知っている
なぜこの曲を選んだ?銀盤で彼女がくるくると回る、踊る。
なんだこれは。勇利が演技をする解釈とは全然違う。
曲を貶している?
ぶわり、と込み上げてくるものがあった。こんなの、違う、と。
演技はすごい、だが、ただ、ただ気持ち悪い。
吐き気がした。
曲がおわり、は、とする。彼女がリンクからあがってきて、結んでいたポニーテールをするり、とほどいた。

頭に血が登り、思わず彼女を叩こうとした手が彼女によりガシリ、と捕まえられ振り落とせなかった。
「お願いやめて」
曲を侮辱している。どうしてこの曲を選んだんだ。
彼女に聞きたい



まえつぎ
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